1 / 10
第1話 臭すぎる発酵樽と、荒野の旅が始まった
「なぁ、バルド。モミモの匂いどうにかなんないか?」
蓮は嗅ぎ慣れない発酵臭に運転しながら不満を漏らす。
「蓋はちゃんと閉めたんだけどな。まだ匂うか?蓮の鼻は獣人並みだな」
「お前の手だよ!」
「あぁ、さっき揉んだからな。そうか、悪い」
バルドは手を擦り合わせながら、モミモの感触を思い出し、ニヤニヤと笑っていた。
「何思い出してんだ……」
蓮はバルドの伸びた鼻の下をビシッと叩いた。
「危ない!前見て運転してくれ!」
「こんな荒野に道なんてあるかよ!どこで間違えたんだ!俺は野宿なんて嫌だからな!」
蓮の言う通り、道もない荒野を赤いオープンカーは走っていた。
助手席のバルドナビはまた、己の勘で道を案内してくれた。
もう、地図を見たってどこだか分からない。
引き返す判断をするにも遅すぎた。
「おい、蓮。あれはシャバタンじゃないか?皮を剥いた中身が美味いんだ。少し採って行こう」
「うるせぇ!俺は早くこの赤い土から離れたいんだ!」
「どこまで続くか分からない場所なら、食料は貴重だろ。久しぶりに食べたいし、あっち行ってくれ」
バルドの言うことはもっともだ。
今日中に街に着ける保証は無い。
だったら、食料の確保はした方がいいが、こんなサバイバルな状況になったのはバルドのせいだろう。
蓮はイライラをハンドルとアクセルに込めて、シャバタンに向かって急ハンドルをきった。
キュルキュルとタイヤが鳴って、砂埃が上がる。
「蓮!安全運転!」
「周りは見てる!何もない!」
「いや、シャバタンある!ぶつかる!」
シャバタンの目の前で急ブレーキを踏まれ、バルドはまた、ヘッドレストに頭をぶつけた。
目の前にはシャバタンの棘、刺さる寸前だった。
「あ、あぶ……」
焦った顔のバルドを見て、蓮は満足そうに笑った。
「バルドを懲らしめるには助手席に乗せるのがいいな」
「ば、バカか蓮!シャバタンの棘には毒があるんだぞ!」
「そんなことはわかってる。だから寸前で止めただろ」
「わ、わざと……?すごいなっ!さすがだ!」
「………………」
手放しで褒められると、居心地が悪い。
蓮は車を少しバックさせてから、エンジンを切った。
運転席から降りて大きく伸びをする。
何も無い荒野だが、空気は悪くない。
バルドも車を降りると、早速シャバタンを採取し始めた。
「果肉は冷たいし、水分もある。荒野の命綱だな。長旅にはもってこいだ」
「長旅なんかにしないぞ」
蓮は呆れて言うが、もう陽は地平線に近くなっている。
しかし、どこを見ても人の姿も街もない。
野宿を覚悟しなければならないかと、諦めのため息をついた。
「なぁ、モミモにシャバタンを漬けるのはどうだ?」
「さぁな」
「よし!やってみるか」
バルドは嬉々としながらモミモの樽を開ける。
ふわりと香る発酵臭から逃げるように、蓮は近くの岩陰へ向かった。
空気はいいが、日差しは強い。
オープンカーで快適に走ってはきたが、蓮の肌には日差しが強すぎた。
籠るような熱を逃したくて、日陰に腰を下ろす。
目の前には、枯れているような低い木が数本。
こんな環境では大きな葉は広げられないのだろう。
よって日陰もできない。
小さな岩陰には、日差しに弱そうな小さな花が咲いていた。
「こんな環境で大変だな」
きっと、どこからか種が飛んで来たが、運よく岩陰に落ちて発芽してしまったが為に過酷な環境で花を咲かせるしかないのだろう。
何となく、昔の自分を思い出し、蓮は苦笑した。
「きっと、ここで咲く意味はあるぞ」
小さな白い花は可憐で、見ているだけで自然に笑みが溢れた。
そっと手を伸ばして愛でようとしたら、ピクリと花が動いた……。
ーガキンー
花の花芯が開き、まるで魔獣の牙のようなものが現れ、蓮の手に噛みつこうとした。
「うおっ!何だこいつ!」
蓮はすんでのところで手を引っ込めたが、安心する暇もなく、花が動き出す。
「嘘だろっ!」
慌てて立ち上がり、離れようとしたが、花の速度は速い。
「バ、バルドっ!!」
シャバタンのところまで走ると、蓮の声にバルドが振り向いた。
手にはモミモがびっしり付いている。
「くさっ!!」
発酵臭に顔を歪めるが、花に齧られるよりはと蓮はバルドの後ろへ隠れた。
「どうした?何かいたのか?」
「花が、襲ってくる!」
「ん?どこだ?」
「あれだ!」
バルドの背中から顔を出して花を探すと、小さな白い花は口元を歪めて悶えている。
「何だ、この花のことか?」
「モミモの匂いか……」
「ん?」
「そいつ、モミモの匂い嫌いなんだ。きっと」
「おー!危険な植物避けにも使えるのか。すごいなモミモ!」
バルドは手についたモミモを太陽に翳して、崇めるように笑った。
「助かったか……いや、でも臭いからな……」
蓮は窮地を脱したが、やはりモミモの匂いは受け入れられなかった。
ともだちにシェアしよう!

