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3 美貌の画家(6)

「あれは美術館か? 俺達は学芸員か?」  ロレンツォが落ち着き払って答える。 「美術館かと問われれば、オステア教会は似たようなものでしょう。近隣の住民のみならず、観光客でさえ新しい壁画を楽しみにしております。我々は学芸員ではありませんが、歴史ある慣習を後世に繋ぐ責任があります。イギリスで言うところの『持てる者の義務(ノーブル・オブリゲーション)』というものでございます」 「お前のイギリス贔屓は分かったから、いちいち嫌味ったらしく説明してくれなくていい。で、用件はなんだ?」 「今日明日の予定で、サンティの所属する工房の職人数名が修道院に滞在します。礼拝堂内に足場を組むために、大量の木材を積んでトリノから来るそうです」  用件の内容を聞いて、さらに気分が悪くなった。 「わざわざトリノから? 勘弁してくれ…。足場くらい、このあたりの大工に頼めば済むことだろう」 「工房にとって、サンティは稼ぎ頭ですからな。万が一にも足場が崩れて、サンティに何かがおきてはならないということで、自分達で準備したいのでしょう」 「大袈裟だな。まるでお姫様扱いだ。俺はそんな奴らのために挨拶になぞ行かないぞ」 「それはバルトロ司祭に任せましょう。もう一つ報告がございます。壁画制作代金の件です。財務のテオに以前お知らせにあがらせましたように、近日中に振込みを行います」 「制作代金? どういうことだ」  エドアルドのきょとんとした反応に、ロレンツォの顔が青ざめる。 「エドアルド様……まさかご存じないなどとはおっしゃらないでください。数日前、工房からの見積もり額をエドアルド様に伝えるよう、テオに申しつけたのですが」 「いや。知らんな」 「なんと。テオはどうやら確認を怠ったとみえますな。こんな大事なことを」  忌々しげな顔つきになって、テオは厳しく叱りつけておきます、と付け加える。 「壁画代はタダのようなものだと司祭から聞いているぞ。寝床と、食事だけで良いそうだ」  エドアルドが教えるとロレンツォがあからさまに呆れた顔をする。 「まさか。ありえませんでしょう。天下のアンドレア・サンティですよ。司祭はサンティの申し分のみをお知らせしたまででは? 工房からは三十万ユーロの請求が来ております」  エドアルドはヒューと口笛を鳴らした。 「これはまた大きく出たな」 「巨大な壁画三作です。安いくらいだと私は思いますが?」  気安く言う。誰の金だと思っているのか。 「それだけ値打ちのある画家なのでしょう。今を誇る天才画家ですから」  落ち着き払ってロレンツォが続ける。  天才画家。  エドアルドはあらためてサンティへの周囲の賞辞を脳裏で繰り返した。  トリノ屈指の大工房の稼ぎ頭。  三十万ユーロの壁画の製作者。  それらはまるで、サンティ自身とは別世界の話題のようだ。  なぜなら、彼の佇まいは森深くの湖面のように静かで、瞳はどこまでも無垢な憂いを帯びているのだから。  あの印象的な初対面以来、時折、サンティとは食卓をはさんで二人きりで夕食を共にすることがある。  別に二人きりになりたくて他の者を追い出しているわけではなく、もともと一人でとっていた食事に、客人としてもてなしているに過ぎない。  初対面こそ最悪だったが、食事で会話を重ねるごとに、サンティとの距離は少しずつ縮まっているように感じる。  会話中、サンティは遠慮がちにほほえむ。  その奥ゆかしい微笑は貝殻に立つヴィーナスよりも物憂げで、モナ・リザよりも美しい。細身の体は卓上数本のろうそくの瞬きの向こうで、手を伸ばせば難なく手折ることができそうなほど儚げだ。  彼は上品な食事の仕方をする。  ワインの名産地トリノの出身にふさわしく、ワインの銘柄と年代を当てるのが巧い。  美術にしか興味がないのだろうと勝手に思い込んでいたが、読書家で教養があり、新聞には毎日必ず目を通すという。  暗算が速いのにも驚いた。それを褒めると「絵画は数学です」と顔色一つ変えずに言い切った。  サンティとの会話は知的で愉しい。  服装は小洒落た白のシャツに暗色のスラックスが多く、ハイブランドのカナーリを自然な感じで着こなす。  彼を手もとに置いていられるならば、壁画代の三十万ユーロなど安いものに思える。しかし、それはどこかガナーへの背信のようで、軽い後ろめたさも感じていた。

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