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3 美貌の画家(5)

「ローマで暗躍しているコジモ・ファミリーのボス、マッシモが死んだようです」  朝の挨拶に部下のルカを伴って現れたロレンツォが開口一番に切り出したのは、きな臭いニュースだった。   エドアルドは眉間を寄せて訝しんだ。 「死んだよう? はっきりしない言い方だな、どういうことだ」  鋭利な顔立ちをした三十代前半のルカは、繊細な作りの眼鏡のブリッジを指で軽く押さえた。  彼を筆頭に有能な若手からなる諜報部は、ジブリオ財閥において情報収集を一手に取り仕切る一軍だ。エドアルドとガナーの逢引きすら、彼らの手にかかれば睦言一つも隠し通すことはできない。  ルカは真剣な面持ちで「申し訳ありません」と前置きしたあとで、報告を継ぐ。 「おっしゃるとおりです。一刻も早い事態の把握に努めております。とにかく、かなり内密に処理されているようで、詳細な情報がなかなか外部に漏れてきません。ただ、マッシモについては、これまで病気や通院の気配はまったくありませんでした。先週末には元気にウィーンでオペラを鑑賞していたほどで…。あまりに急なことで、殺された可能性が濃厚です。警察にはまだ動きがありません」 「マッシモに後継者は?」 「十歳年下の弟がいます。あと養子が一人。この二、三日、その養子が行方不明です。死んだという知らせはありませんが、生きている確証もありません。養子はマッシモの死についてなんらかの事情を知っている可能性が高いと思われます。内部抗争の事態になれば、それに乗じて他の組織が浮き足立ち、さらに大きな組織同士の抗争になりかねません」  ルカは淡々と述べるが、エドアルドは胸中、穏やかではいられない。 「迷惑な話だ。彼らの暴走は市場経済にダイレクトに影響する」  かつての大貴族であったジブリオ家は長年、イタリア半島有数の資産家として、それこそルネサンスからの数百年間にわたって、陰になり日向になり国内外の数多くの企業と連携し、イタリア経済を支えてきた。  そのような歴史の中で、マフィアの動き一つで株価の急落や大変動が起き、大損害を蒙った苦い経験が何度もある。  ただでさえ現在のイタリア経済は虫の息なのだ。マフィアの内輪もめでいたずらに刺激をしてほしくないというのが、正直なところだった。 「何か動きがあれば、また知らせてくれ」 「はい」  一礼してルカが出て行く。 「どう思う?」  エドアルドが尋ねると、ロレンツォは注意深く言葉を選ぶようにして答える。 「殺しでしょう…。問題は誰が殺ったか――――単純に考えれば、マッシモの弟、マッティオ・コジモの線が濃厚です。ただし、養子の存在というのも気になります」 「彼が生きていれば跡目争いは必至だ」 「おっしゃるとおりです。現在のイタリア市場は脆弱を極めています。彼らに下手に騒がれれば、市場もただでは済みますまい。悪い芽は小さいうちに摘みとらねばなりませんな。まずは、マッティオに釘を刺しておきましょう、行き過ぎた騒乱はコジモ・ファミリーのためにならない、と。まあ、それを承知しているからこそ、こうも内密に動いているのでしょうが」 「ああ。だが釘はさしたほうがいい」 「はい。どうぞエドアルド様も油断なさらないよう。我々は、彼らに敵対視されていますから」  敵対視されるのは、致し方なかった。  彼らが影とすれば、こちらは光。影は光がなければ存在し得ないが、かといって光に喰われるのは我慢ならないというところだ。 「ところで」  声の調子を変えて、ロレンツォが続ける。 「壁画の件ですが」 「…またか」  目を天井に向けて、エドアルドは唸った。 「壁画、壁画、壁画――――。いい加減、うんざりなんだが」  エドアルドは、朝食に出されたカフェラテを片手に窓際へ寄った。  城壁の向こうに輝く陽光の下で、蜂蜜色をした教会堂が老練の魅力を誇るように聳立(しょうりつ)している。

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