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3 美貌の画家(4)

 エドアルドは目ざとくその変化を捉え、わざとらしく驚いたそぶりを見せて眉を上げた。 「ほう、きみはそんな顔もするのか。…すまないな、アンドレア。俺は躾のなっていない男でね。気を悪くしたのなら許してくれたまえ。――もっとも、そのルックスは計算ずくとまでは言わないが、きみほどの芸術家なら、自分が他人にどう見られるかくらい百も承知なんだろう?」  だから、その美しい容姿にはかなりの自信があるんだろう――――?  言外の意味をきちんと理解したらしき男は、外した視線をきつくエドアルドへと戻した。 傷つけられて怒気さえ含んだそれは、さっきよりもいっそう美しい。それは思いがけなく、エドアルドの(かん)に障った。  ガナーと離れたばかりの今、エドアルドは誰彼かまわず突っかかりたい気分だった。そのうえ、サンティの見る者を圧する美しさは、その完璧さゆえにそれだけで誘惑を受けているような気分になる。  だが、サンティにしてみればいわれのない非難だ。 (さすがに最悪な挨拶だな)  依頼主としてまったくなっていない自分に呆れ、醜悪な笑いが口元から洩れた。  不意に物音がして、翼廊奥のドアから、上背のあるひょろりとした修道士が大きな荷物を抱えて入ってきた。そのドアの向こうには、狭いポーチをはさんで修道院に通じる回廊がある。 修道士は彼らがよくやる挨拶の仕方で片足を後ろに引き、腰を低くしてエドアルドに一礼した。この古臭い挨拶一つからして、中世に生きている奴らとしかエドアルドには感じられない。 「失礼いたします、エドアルド様」  修道士はそつなくエドアルドの名を口にしたが、かたやエドアルドのほうは相手の名前が出てこない。バルトロ司祭はいつも何人かの修道士達をひき連れているが、灰色の僧服に全身を包んだ彼らは誰もが同じに見えた。 修道士はエドアルドの困惑を察してか、自分から名乗る。 「ニコロ・スフォルツァと申します。バルトロ院長よりサンティ様の身の回りの世話をするよう申しつかっております。わたくしとサンティ様は歳が同じだということで…、気兼ねなくなんでも仰せになっていただければとの、お心遣いでございます」  語る間にも、ちらちらと、サンティに視線をやっている。その頬は薔薇のように赤い。それを指摘するのも野暮だと思い、エドアルドは気付かないふりをして返答した。 「そうか。よろしく頼む。なにしろ壁画を描いてくださる当家の大事なお客様だ。丁重にお世話してくれ」 「はい。承知しております。今、彼の寝具を修道院からお持ちしたところです」  へりくだった声でそう言って、会堂の隅に設置した折りたたみ式の簡易ベッドの上に荷物を置く。  エドアルドは確認のためにサンティを見やった。 「本当にこんなところで寝起きするつもりなのか?」 「ここがいいんですよ」  サンティはにべもなく答え、視線を側めた。その理由をあなたになど分かってもらう必要はない、とでも言いたげな冷ややかな仕草だった。 「サンティ様は本当に素晴らしい才能をお持ちです。エドアルド様」  寝具を整えたスフォルツァが不意に声をかける。 「こんな壁画のわずかな残痕から、以前、何が描かれていたのか言い当てられたのです」  スフォルツァの発する感嘆に、サンティが彼に軽く視線を送る。スフォルツァの薔薇色が首元まで広がった。 「そうなのか?」  エドアルドが訊ねると、サンティはエドアルドを見あげ、当然とばかりに答えた。 「分かります」  そして一回り、壁面を見回した。 「この空間にいれば、ずっと昔、ここで描いた画家の考えたことが分かります。僕もきっとそうするでしょう。同じ思いで、同じものを描きたくなる。そうしなければならない気持ちになるんです。数百年の時間を越えて、我々の思いが繋がるのですから」 「へえ。そういうものなのかな」  超常現象のいっさいを信じないエドアルドには理解不能だったが、サンティは満足げに腕を組む。 「右は『降誕』。左は『マグダラのマリアとの再会』。正面は『受難』です。それらが描かれていたはずです。他には考えられない」  彼の美しい唇から流れ出る一つ一つの言葉が、さながら水中に沈みゆく宝石のようにエドアルドの心の深淵へ落ちてゆく。初めて目にするような鮮やかな輝きをもって…。  興奮したスフォルツァが声を高くして言葉を繋いだ。 「そのことを司祭にご報告にあがりましたら、司祭が古い資料を出してこられまして。調べてみたら、そのとおりだったんです!」 「――題材はそれでよろしいでしょうか、エドアルド?」  サンティは、エドアルドの提言通り、ファースト・ネームで呼んできた。落ち着いた響きの快い声だった。  森深くから見あげる夜空に似た、濃紺の瞳だ。そこから放たれる月光に包まれ、エドアルドはこれまで覚えたことのない種類の酔いを感じた。魔法にかかるとは、こんな気分なのではないかと思われた。 「ああ、よろしく頼む」  サンティが艶然とほほえむ。 (これが、キリストの花嫁か――――)  再度、バルトロの言葉を思い出し、エドアルドは胸のむかつきを覚えた。  変な気分だった。  葡萄を食べた後に似ている。  口にしているときは美味なのに、喉に流し込んだ跡は苦々しい触感が膜を張るように口に残る。  サンティが再び正面の壁を見あげる。 「お任せください。いい絵が描けそうです」  この横顔に惹かれない者などいるだろうか――――。  不意にそんなことを考えた自分に嫌気がさした。  気付くと、スフォルツァはまだ頬に紅をさしたまま、サンティをじっと見つめている。まるで誘惑の罠にかかったように、恥じることも忘れた賛嘆のまなざしだった。

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