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第4話 初めての恋 (回想)
恋愛のアプローチは大和から——。
大和は『一目惚れ』だと言った。最初はただそれだけ。告白はされたが、返事を求められる事も交際を申し込まれる事もなかった。だから俺も『何も』言わなかった。もし交際を申し込まれたとしても、この時は断っていたと思う。俺は元々、αの新しいバイトとは必要以上に距離を詰めるつもりはなかったから。彼は仕事仲間で、それ以上でもそれ以下でもない。請われたから名字ではなく名前で呼び合ってはいたが、それだけだった…のに、大和から距離を詰めてきたのには、ただただ戸惑ったのを憶えている。
流石に仕事中は仕事に集中して私語を口にしたりはしないが、挨拶から始まり、休憩時間には必ず声を掛けてくる。適当にあしらっても、仕事が同じ日はいつもだ。俺の態度がどれだけ素っ気なくても、いつも笑顔で。しかも最初の告白以来、告白めいた事は何も言わなくても、その言動から『好き』が駄々漏れだし、一番戸惑ったのは、変化しつつある自分の気持ち。応える気はなくて素っ気なくしてたのに、いつの間にか、大和の『好き好きアピール』が嫌ではなくなっていたのだから。
少しずつだが、心の距離は確実に縮まりつつあったと思う。
そんな時だった。俺達の距離を一気に縮めるきっかけになった『それ』があったのは……。
大和がバイトを始めてから半月くらい経った頃。
その日の午後、大和の友人だという四人の男女がカフェに来た。もちろん、客として。大和の友人でもいつも通りの接客をするだけだ、と、注文を聞く為にテーブルに近付いた俺の腕を、友人の一人の男が掴んだ。
そして、一言……。
「お前、Ωだろ?」
俺は固まった。
接客中だから首輪はつけていなかった。抑制剤は欠かさず服用しているし、発情期でもない。それなのに俺がΩだと見抜いたということは……。
(こいつ、αか……)
なぜ分かるかって?
それは、番のいないΩの平時でも微量に漏れ出るフェロモンを感じ取れるのがαだけだからだ。
「可愛い顔してんね。ねぇ、どうしてこんなとこで働いてんの? Ωなんだから、もっと稼げるとこ、あるでしょ。俺、αだからさ、どう?」
男はニヤニヤしながら俺の体を舐めるように見ていた。要約すると、金は払うから二人きりになれる所に行こう…早い話『売春』を持ち掛けているのだ。夜の飲み屋やバーならともかく、真っ昼間のカフェで。当然、他にも客はいる。巻き込まれないように傍観を決め込んでいるようだが。
俺は動けなくなっていた。掴まれた腕を振り解く事も出来ず、立ち尽くす。同じテーブルに着く他の面子も、「やめなよ」と言いながらも本気で止める気はないらしい。他の三人はβのようだ。
どうする事も出来ずに男と睨み合っていると、不意に横から伸びてきた手が、俺の腕を掴んでいた男の手を叩き落とした。伸びてきた手の主は大和だった。店内の異変に気付き、厨房から出て来てくれたのだ。
大和はまず、俺に迫っていた男を店外に放り出し、あとの三人も同様に外に連れて行った。
✩ ✩ ✩
〈 side 大和 〉
俺は店の外に放り出した『自称・友人』だという4人を無言で睨み付けた。
「…………」
自分で言うのもなんだが、俺のα性はかなり強い。声を荒げなくとも威圧で相手を萎縮させるくらいには。だから、普段はあまり気を昂らせず心を落ち着かせて生活している。親に幼少期からそう言われて育ったからだが、元来の性分か、今までは他人に対して『嫌い』だとか『許せない』というような負の感情を抱いた事が無かったから困る事も無かった。
けれど、今は激しい嫌悪感と許せない感情を抑える事が出来ないのだ。
そもそも、こいつらは『友人』なんかじゃない。勝手に近寄ってきて勝手に話し掛けてきて、俺が適当に返事をしつつ拒絶しないから『勘違い』しているのだろう。きっぱりと拒絶しなかった俺にも問題があるのだろうが、今更言っても仕方がない。
「お前らは友人でもなんでもない。勘違いすんな」
威圧を放ったまま声を低くして告げる。
「二度と来るな」
俺は店内に戻った。
✩ ✩ ✩
自由になってもその場から動けなかった俺。それからの事はあまり憶えていない。気が付けば、俺は厨房の片隅で椅子に座っていて、大和が心配そうに俺の顔を見つめていた。
俺と視線が合うと、大和は俺を抱き締め、耳元で「ごめん」と呟いた。
俺は困惑した。何で大和が謝んの。大和は悪くない。助けてくれたじゃん。大和は自分の友人がした事だから代わりに謝ってくれたんだろうけど、そんなのおかしいだろ。
だから俺は大和の肩に顔を埋めて「助けてくれて、ありがと」と言った。大和は返事をする代わりに、ぎゅうっと抱き締めてくれた時、俺の心は温かな『何か』で満たされた。
御崎 渚、十九歳。恋に落ちた瞬間——。
けど、恋心を自覚したとはいえ、大和の気持ちを知りながらそれまで散々、告白に対してお断りの返事をしてきた手前、すぐに告白するのは躊躇われた。まずは……と、これまた散々断ってきたデートのお誘いを俺の方からした時の大和の嬉しそうな表情にときめいてしまったのは仕方がないと思う。
正直に言おう。
結果として俺から大和に告白する事はなかった。二度目のデートの帰り、大和から改めて告白してくれたから。
もちろん、俺の返事は『イエス』。
こうして俺達の交際が始まった。
大和と恋人になってから俺の世界は変わった。
家族を亡くして独りになり、家と職場を往復するだけの毎日。独りの夜を過ごして、朝、仕事に行く。Ωゆえに極力人との付き合いを避けてきた俺には友人と呼べる相手はいない。だから休日は家で過ごす事が常だったが、大和は休日の度にデートに連れ出してくれた。仕事中は互いに私情は挟まないようにしていたが、毎晩『おやすみ』の電話をくれた。
楽しかった。幸せだった。独りだった頃の寂しさを忘れさせてくれた、愛おしい日々―。
だったのに……。
『あの日』『あの瞬間』、幸せで、愛しくて、宝物のようなかけがえのない日々は、突然、終わりを告げた——。
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