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第3話 「大嫌い!」……でも本当は……

「はっ……はっ……はっ……!」    俺は走った。何処へ向かって走っているのか自分でも分からない。ただ我武者羅に、闇雲に走った。片手にボストンバッグを持っているせいで全力では走れない。それでも走った。背後から聞こえてくる「渚っ……!」と叫ぶ声を振り切るように……。だが、元より体力に自信はなく、加えて運動不足のせいか脚はすぐに悲鳴を上げた。そもそも、典型的なαらしい文武両道な大和の脚から逃げ切るなど、ハナから不可能だっただろうが……。  (……も……無理……)  俺は逃げるのを諦め、タイミングよく目に入った公園に駆け込んだ。近くにあった鉄棒に掴まり、しゃがみ込んで呼吸を調えるように何度も深呼吸を繰り返す。 「はあ……はあ……はあ……」  間を置かずに追いついた大和が、俺のすぐ近くで足を止めた。俺とは対照的に大和は息一つ乱していないようだ。顔を上げられずにいると、脳天に大和の視線が突き刺さる。堪えられない。 「……なんでっ! どうしてっ……追いかけて来るんだよっ……!」  顔を上げて俺は叫んだ。 「渚が逃げるからだろっ……!」  負けじと大和が叫び返す。  逃げるから追いかける。確かに人間の本能かも知れないが、大和の『追いかける』がそうではない事くらい解っていた。解っているから俺は逃げた。 「渚、今まで何処にいたんだよ!? 今、何処にいるんだよ…。突然、何も言わずにいなくなってっ……。俺がどれだけ心配したとっ……」 「…………」  俺は唇を噛み締めながら大和を見上げていた。  何も答えない俺と視線を合わせる為に腰を落とした大和が、俺の手を取って優しく包み込むように握る。 「……会いたかった。元気そうで良かった……」  優しく微笑みながら大和が呟いた瞬間、俺は大和の手を思い切り振り払った。 「離せよっ……! 大和には……関係ないっ……!」 「なっ……! 関係なくはないだろっ……!  この六年間、俺がどれだけ心配したとっ……!」 「そっ……そんなのは知らないよ! 勝手に心配してただけだろ! 六年前に別れたんだから、俺の事なんか放っておけよっ……!」 「はっ……!? ……何だよ、それは……。何なんだよ、それはっ…! 俺は別れたつもりなんてないっ……!」 「ろっ……六年も音信不通だったら、もう自然消滅と同じだろ!  この通り俺は元気だよ! 黙って消えたりして……悪かったよ……。許してほしいとは言えないし、言わない。一生許さなくたっていい……。……けど、もう終わりにしたい……」  俺達はしばらく無言で見つめ合い、やがて大和がぽつりと呟いた。 「……嫌いって……言えよ……」 「……え?」 「そんなに別れたいのなら、俺の事なんか嫌いって言えよっ!」 「き……嫌い。……大和なんか……大っ嫌いだっ!」  嘘……。…大好き……。…愛してる……。  ……でも、言えない……。  心が悲鳴を挙げ、『嫌いだ』と叫びながら、涙が溢れて止まらない。泣いたら大和に信じてもらえない。『嫌い』だって——。   ✩ ✩ ✩ 〈 side 大和 〉 「……渚……」  俺を睨みつけて『嫌い』と叫びながら涙を流す渚を、ただ見つめた。  自分が無理矢理言わせた言葉が渚の本心ではない事くらい解っていた。言わせてしまった後悔に、酷く心が軋んだ。  まるでそんな二人の心を表したかのように、晴天だった空が曇り、やがてポツポツと雨が降り出した——。  

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