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第16話 Ω男子専門児童養護施設③(回想)

 疑問を持つ瞬間は幾つもあったのだ。  持ち物を提示された時もそうだが、「迎えに来る」と言われた時。何時に来るとも連絡をくれとも言われなかった。『迎え』が今日ではないと知っていたからではないのか?  そもそも、あくまで俺は『見学』に来た筈だ。子供達の居る日を選んだのだから多少の子供達との触れ合いは予想の範疇だったけれど、施設内と子供達の様子を見学させてもらって、可能なら少しだけ子供達と遊ばせてもらって……と、そんなつもりだった俺。  でも実際にはどうだろう。自主的に子供達と一緒に職員さんの家事の手伝いなんかしちゃったし、年甲斐もなく子供達と目一杯遊んだし、ご飯も一緒に食べて勉強も見てやって……。見学の予定が職場体験……もとい、実習のよう。  それに気付いた時にはお泊り決定になってるし、なんなら、すっかり俺に懐いてくれた下の子供達が一緒に寝るって言って、俺の両腕にぶら下がってたよ。  こうして意図せずしてお泊り確定して用意された空き部屋で寝かせてもらった俺の両隣には、子供が二人ずつ寝ていた。流石に大きい子達は自室で寝たが、下の四人は俺と寝ると言って譲らなかった。たった一日でえらく懐かれてしまったが、悪い気はしない。  六畳の広さに布団三枚。五人は流石に少し手狭だったけれど、子供達の安らかな寝息と温もりは、泣きたくなるくらいに温かいし、寝顔は天使だった。 真相を知ったのは翌朝の事。 朝食が終わる時間を見計ったかのように『約束通り』俺を迎えに来た役所の職員さん。  彼の第一声が『楽しかった?』だった。  詳しく聞けば、はなから見学ではなく体験をさせるつもりだったとか。しかも、施設長と二人で示し合わせた企みだとか…。間違う事なき知能犯! あと二人の職員と子供達は知らなかったらしい。  すっかりしてやられたわけだが、不思議と腹は立たなかった。それは『楽しかった』からに他ならない。  見学を申し出た当初は、見学させてもらった上で『やはり自信がない』と言って断ろうと思っていた。  それが、一日体験した現在はどうだろう。 「此処で働きたい!」と、素直にそう思っている自分がいた。  自信云々で言えば、責任を伴う『子育て』には不安があるけれど、多分ずっと不安は消えないだろうけれど、「もっと子供達と一緒にいたい。『本当の親』にはなれないけれど、『親代わり』として愛してあげたい。いつか子供達が巣立っていく時、自分は愛されていたんだと思ってもらえるように」と、そう思ったんだ。  もしかしなくても役所の職員さんと施設長は、子供達との触れ合いを体験させれば、俺が此処で働きたいと言うと確信していたのではないだろうか? だとすれば、とんだ策士だ。そして俺は、そんな策にまんまと嵌まった獲物。 騙された……と思わなくもないが、腹は立たなかった。だって、結果的に就職を決意するに至ったし、俺自身は微塵も後悔なんかしてないのだから。 役所に出勤する前の時間を使って迎えに来てくれた職員さんと一緒に施設を後にした俺は、シェルターに帰り着くのを待たず、帰りの車内で施設で働く意思を職員さんに伝えた。 ハンドルを握りながら正面を向いたままで満足そうに頷いてくれた職員さんの行動は、やはり早かった。 就職前の健康診断(体が資本の仕事だからな)から始まり、体験という名の面接は既に終了&合格していたから、就職に必要な手続きを済ませ、あれよあれよという間に出勤初日を迎えていた。 泊り掛けの体験から僅か四日後の事だった。 勤務初日は週の真ん中…つまり平日。シェルターに置いていた着替えなどの私物をキャリーケースに詰め、子供達がまだ学校に行っている午後イチで、住み込み勤務地になる施設に居を移した俺(流石に成人した大人が初出勤に付き添いは不要、と一人だ。当たり前だけど) 改めての挨拶をして、与えられた二階の個室に荷物を置いて、早速仕事を……とやる気だけは満々だった俺に、施設長が『待った』をかけた。先に話しておきたい事がある、と――。 『自身の幸せを諦めてはいけない』――。 見学に来た時に最初に通された東屋に再び誘われた俺に、「就職を決断してくれてありがとう」と先に言ってから、施設長が言った言葉だ。 此処は子供達を慈しみ育み育てる場所だけれど、その代償に職員に自己犠牲を強いている訳ではない。誰にだって幸せになる資格はあるのだから、と。 まだ二十歳の俺。Ωの俺。番のいない俺。 住み込みとはいえ、外に出る機会など幾らでもあるだろう。外に出れば様々な出会いがある。独りで生きていく決意をしたところで、他人と全く関わらずに生きていく事など不可能。 俺は見学に来た時に、結婚するつもりも、ましてや番を持つつもりもない事を告げている。ずっと親身にしてくれている役所の職員さんにも。それを知っている上での施設長の言葉。 『私も含め、他の二人も既に番がいるけれど、それぞれの事情から此処に居る。番契約の解除は緩やかな殺人行為と同義だから解除はされていないけれど、今更番と共に在る事は不可能だし、Ωは新たに番を持つ事は出来ない。でもね、傍から見れば不幸に見えるかも知れないけれど、可愛い子供達に囲まれて此処で暮らす今は幸せだし、私達は自身の幸せを諦めてはいないんだよ。君の事情は知ってるし、無理強いは出来ない。それでも、言わせてほしい。番や結婚だけがΩの幸せじゃないんだよ。君はまだ二十歳だ。この先、何か夢中になれるものが出来るかも知れない。未来は誰にも分からない。人生がどう転ぶかなんて誰にも分からないんだ。今はまず、私達や子供達と一緒に日々の幸せを噛み締めよう。そしてもし君自身を夢中にさせるものが出来た時は、遠慮なく言ってほしい。誰だって別れは哀しいけれど、此処を去る事に罪悪感を持つ必要はないのだから』と——。 あまりに温かい施設長の言葉に、俺は泣きたくなった。否、泣いていた。 流産して、愛する人を失って(実際は自分の意思で離れたのだが)、自分には幸せになる資格なんて無いと思っていた。幸せになってはいけない…と。 泣きながら俺は頷いていた。 愛する人の……大和の傍にはもう戻れないけれど、大和以外の誰かを選ぶなんて有り得ないけれど、それでも自身の幸せの為に足掻いてみよう、と—ー。 この時の俺は、それから数年後、大和と再会する未来だけは想定していなかった——。

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