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第17話 俺の居場所
話し終えて、俺は深く息を吐いた。
「俺はさ、自分がどれほど恵まれたΩか、改めて思い知らされたんだ」
事実、俺は恵まれていたのだろう。
積極的に知ろうとしなくても、Ωに対する世間の認識や扱いは自然と耳に届いた。Ω性の子供達が家庭で置かれている環境も。
知ってるからこそ、自分は恵まれていたのだと言える。家族はΩに生まれた俺を厭うことなく、慈しみ、愛し、大切に育ててくれたから。たとえ、学校ではイジメの対象だったとしても……。
そして俺は知った。知ってしまった。
Ω性の子供達の、俺が知るよりももっとずっと過酷な『現実』を——。
生後すぐに施設の前に置き去り。食事をまともに与えられずに放置される育児放棄 。暴言による精神的虐待。暴力による肉体的虐待。そして、α性やβ性の子供よりも明らかに多いのが性的虐待——。
バース性を問わず、施設に保護される理由は様々だが、Ω性の子供は親族による虐待が最も多い。そして、虐待から漸く解放されて保護された子供達は、どの子も等しく心も体も傷付いていた。心を閉ざし、微かな物音にさえ怯え、他の子が悪戯をして叱られているのを見て、自分は何もしていないのに泣きながら謝る……。情緒は常に不安定。定期的にカウンセリングを受けながら感情の起伏と必死に向き合う子供達に、職員はただ寄り添う。
情緒が安定しないのは入所したばかりの子だけじゃない。施設内では子供らしさを取り戻した子でも『施設育ちのΩ』というだけで、学校でのイジメや周囲からの心無い言葉に傷付き泣きながら帰宅する。そんな子供達にも、同様に心のケアは必要だった。
特別な事は何もしなくていい。ただ寄り添い、大好きだと……大切だと……君は決して要らない存在ではないのだと、そう伝えてあげる事——。
施設職員の仕事を勧められた時に聞いた仕事内容の一つの『子供達に寄り添う』の意味を、俺は働き始めてから改めて、身に沁みて知ったのだった。
「俺はさ、Ωだって理由で虐められるのに納得出来なくて、言われたら言い返すし、やられたらやり返してた。けど、それは俺がβの家族に愛されて育てられたからであって、Ωでも渚は渚だから……って俺の存在を肯定してくれる家族がいたからで、生まれた時から疎まれて、蔑まれて、存在を否定されながら育った子は、卑屈になるし、自分の存在意義さえ分からなくなる。まだ幼い子供なのに、自分が生きている事すら罪だと、自分で自分の存在を否定する子もいるんだ」
「……っ……」
大和が息を飲むのが分かった。
Ωの俺だってその現実を知った時はかなり衝撃を受けたんだから、あまりΩと関わった事がないという大和なら、尚更だろうか。
子供のバース性は生まれてからじゃないと調べられない。けれど、子供はギャンブルの対象じゃない。産んでから、αだから大切に育てΩだから育児放棄するなんて、赦されない。そんな人間は子を産む資格なんてない。
大体、俺の様に先祖返りでβ夫婦から生まれたのならともかく、そんなのはごく稀だし、夫婦のどちらかがΩなら、確率はどうであれΩが生まれる可能性はあるというのに……。
子供の可愛さと尊さにバース性は無関係だ。α性の子もβ性の子もΩ性の子も、みんな大切で尊い命だ。昔の人が言っていた『子は宝』。俺もそう思う。
そんな大切な宝を俺は育てている。
自分の子供ではないけれど、十八歳になれば一人の例外なく施設から巣立っていくけれど、それでも……それまでは俺の子供なのだ。
「大和、どうして第二性なんてもんがあるんだろうな。そんなものがあるから、ただ生まれただけなのに疎まれなければいけないんだろう? ただ生きるのに資格が要るか? 幸せになるのに必要な権利って? 誰かの許しがないと生きる事すら罪なんだろうか……」
俺自身、ずっと自問自答し続けている。
Ωの何がいけないのだろう? 存在自体が罪とは誰が決めたのか……。
現在も理不尽に迫害されるΩがいる一方で、Ω保護法が施行された事で救われるΩが増えたのも事実。
その救われたΩのほんの一部だろうけれど、俺はそんな救われた子供達に『寄り添う』仕事を任せてもらえたんだ。それは、自身に与えられた『使命』だとさえ思っている。
だから……。
「……ごめん、大和。もう、戻れないよ……。俺は俺を必要としてくれる居場所を見つけたから」
「…………。……俺は?」
大和が呟いた。
「……え?」
「……俺は渚の居場所にはなれないのか?」
「…………」
「六年前、俺は渚と共に生きる未来を思い描いてた。まだ交際を始めたばかりだったけど、俺達は確かに愛し合っていて、渚も少しは俺との将来を考えてくれていると信じて疑いもしていなかった。結局は俺の独り善がりだったようだけど」
「…………」
『俺もずっと一緒にいたかったよ……。大和との将来、少しは夢に見てたんだ』と言えたら、どんなにいいだろう……?
けれど、今更な言葉に何の意味があるのだろうか。
もう戻る気はない…戻れないなら、突き放すしかないじゃないか……。
運命はなんて残酷なんだろう……。
今まで一度だって会わなかったのに、どうして今になって再会させたんだ。愛する人を自らの言葉で突き放す舞台なんて要らなかったのに……。
身勝手な言い分だって事くらい解ってるさ。いきなり消えたのだって、決して良策なんかじゃなかったって事も。でも、このままずっと会わずにいれば、いつかは思い出になっていたかも知れないだろ? 苦い思い出だったとしてもさ。
それなのに、思い出になる前に再び出逢ってしまったら、愛を再認識させられるだけじゃないか!
ほら、実際にその通りなったんだから……。
でも……それでも……もう戻れないんだよ……。
「……ごめんなさい」
「謝ってほしいんじゃない。謝るくらいなら、俺の傍にいて欲しい」
「……出来ない。ごめん……」
「っ……! どうしてっ! 今でも愛してるっていったじゃないか! 俺だって愛してる! 折角また会えたのに、また離れるなんて出来ない! またいなくなるなんて許さない! 俺が渚の居場所になれないなら、渚を俺の居場所にしてくれよ!」
「大和……。どうしてそんなに……」
こんなに激高するなんて思わなかった。俺達の交際期間はたったの数ヶ月だ。離れていたこの六年間のほうが、ずっとずっと長い。それなのに、なぜこんなに俺に執着するのか。大和なら、恋人くらいすぐに出来るだろうに。
本気でそう思う俺だったが、次の瞬間、大和が告げた言葉に言葉を失った。
「俺と渚は『運命の番』だから」——
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