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第20話 「俺は『運命』は感じなかった」

「渚は何も感じなかったか? 初めて会った時」  問われ、俺は即答出来なかった。どう答えればいいのか、分からなかった。 「俺はすぐに解ったよ。この子は俺の『運命』だって。本能が揺さぶられるんだ。全身が震える。頭の中で本能が囁くんだよ。運命だ、番え……って。でも同時に理性も囁く。本能に流されるな……って。頭の中では正に本能と理性のせめぎ合い。 理性が勝ったのは、俺の意識が理性寄りだったからかな。本能に流されて求めて番になっても心までは手に入らない。待っているのは悲惨な末路だけ——」 「……悲惨な末路……」  解る気がした。恐らく、運命と体を重ねて番えばαもΩも理性が戻る。運命の相手とは体の相性が良いと聞いた事がある。だから、行為の最中は相手の事しか考えられないくらい激しく求め合っても、体が満たされれば心が落ち着き、戻った理性で自身の現状を理解して絶望する。  常から運命に憧れて運命との出逢いを求めていた者同士なら良いだろう。けれど、片方……もしくは互いに番っていなくとも恋人や伴侶がいたΩには絶望しか残されていない。何人とでも番えるαはいいが、Ωは生涯たった一人としか番えないばかりか、番としか性行為が出来ないから、現実、愛する人との別れが待っている。  あとは、互いに独り身だけれど初対面の知らない相手と番ってしまい戸惑ったとしても、そこから互いを知ろうと恋人になったとする。だが、Ωには発情期があるから、互いの気持ちが曖昧なまま体だけを求める事に耐えられなくなり、他に行けるαはまだしも、番しか頼れないΩは心身共に病んでいく。そんな番の存在が疎ましくなったαは逃げ、独り残されたΩは……。  番契約から始まる関係で上手くいくケースなんか、ほとんど無い。  どの選択をしても、相手が運命でも運命じゃなくても、初対面で番にされてしまったΩには悲惨な末路が待っている。  この辺の知識は俺と大和に相違ない筈だ。  Ω保護法施行前までは学校、第二性それぞれの性教育にかなり偏りがあったらしいけど、保護法が施行されてからは性教育の教科書は全国で統一し、小学四年生から習う第二性の性教育に於いて、全ての子供が同じ教育を受けた筈だ。年齢と共に内容はより具体的なものに変わるけれど、それでも同じ学年の子供は同じ内容を教わる。発情期や番には直接的には関係ないβでさえも……だ。  目線を下げ、自分が知る知識について考えていた俺は、ゆっくりと目線を大和に戻した。 「あの日、俺はα用の抑制剤を服用していた。面接にはΩ性の従業員も立ち合うって聞いてたから。なのに、面接する部屋に足を踏み入れた瞬間——」  一度、言葉を区切った大和が、改めて俺を正面から見据えた。その強い眼差しから目が逸らせない。 「強いフェロモンの香りに、目眩がした。決して不快な匂いじゃない。強烈に惹きつけられる甘い匂い……。あんなに惹かれるΩの匂いは初めてだった。事前に服用した抑制剤が意味を為さない。本能で『運命』だと理解した」 「…………」  抑制剤を服用していても判る強烈なΩフェロモン。それが『運命』ゆえだと言われれば、十分納得出来るかもしれないけれど……。 「俺は……。分からない……」    俺は大和からそっと視線を逸らした。  正直に言えば、大和が部屋に入って来た瞬間、いい匂いがした。柑橘系の爽やかな匂い。今でも覚えている。匂いを嗅いだ瞬間に感じた心がざわつく感覚も。だけど、それで運命を感じたかと問われれば、本当に『分からない』んだ。  大和が感じたような本能が囁いてくる感じはしなかった。都市伝説で聞く、雷で打たれた様な衝撃も。だから、αフェロモンをまともに感じた事がない俺は、Ωだからαフェロモンを強く感じたんだと思った。一緒に働く様になってからも、カフェの客や町中ですれ違うαより、大和からは心地良いフェロモンを感じていたけれど、大和も言った様に、理性を失うという事もなく、俺が『運命』を感じる事はなかった。ただ、発情期に独りで家に籠り自分で慰めている時は、何故か大和の姿が浮かんだ。が、それすらも俺は、「発情期のΩがαを求めるのは仕方ない。大和が俺に好意を隠さずにぶつけてくるから…俺自身が大和の好意を頭の中では嬉しく思ってるから……」と、結論付けていた。発情期のΩがαを求めるのは『本能』だと——。  やはり俺が『運命』を感じる事はなかった。 「俺が大和に運命を感じた事はない」 「っ……!」  顔を逸らしたまま、それでもはっきりと言い切った俺。大和が息を飲んだのが気配で判る。 「俺は大和の『Ω』にはなれない」  俺はあえて『Ω』という言葉を使った。  本当は解ってるんだ。大和は俺を『俺』として愛してくれてるって事は。Ωじゃない『御崎渚』という一人の人間として見て、今でも愛してくれてるって。最初はΩのフェロモンに惹かれたのだとしても、大和は一度も『αとΩ』の関わりを臭わせたりしなかった。初めから、一ヶ瀬大和として俺……御崎渚を視界に映して、接してくれた。絶対に「Ωだから」とは言わなかった。だから、あんなにαには関わらずに生きていこうと決意していた俺も、大和を信じたし愛した。  けれど今、大和は『運命』という言葉を使った。俺はそう呼べる程のものは感じなかったけれど、大和が感じたのなら俺は大和の『運命』なんだろう。『運命』と『番』というワードは否が応でもαとΩの関係を感じさせるもので、大和はそれを理解した上で言葉にした。……するしかなかったのだと思う。

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