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第24話 発情期
大和の元から逃げるように「さよなら」を告げて去ってから数時間後、俺は住み込み先の養護施設ではなく、施設の最寄り駅前のホテルの一室にいた。
大和の家を出て駅に向かった俺は、帰る為に電車に乗ったのだけれど……。
窓の外をぼんやりと眺めながら、ふと、気付いた。このままでは帰れない事に。
何故なら、αフェロモンを纏っているから。
握手やハグくらいなら、表面に軽く付くくらいだから、どうしても気になるようなら香水などで誤魔化せば良い。でも、俺は大和と……αと性行為をした。中にしっかり出された記憶もある。つまり、外だけでなく中にもがっつりαフェロモンが塗り込まれているのだ。そんな状態で、Ωの子供達の所には帰れない。
駅のホームを出てすぐ、俺は施設長に電話を掛け、帰るのが一日遅れた事を詫びてから指示を仰いだ。詳しい話は帰ってからする事にして、掻い摘んで状況を説明すると、ホテルで一泊してから帰って来るよう指示された。それも、施設の方ではなくシェルターの方にである。何にせよ、丸一日あればαフェロモンもある程度抜けるだろうから、と。子供達を送り出したらシェルターに行くから、そこで詳しい話を聞かせてほしい、と施設長は言った。
そんな訳で、俺は今ホテルにいる。
ホテルの部屋に入り俺がまず初めにしたのは、風呂に入ること。
昨夜か今朝方かは判らないが、意識を飛ばす様に寝た俺の体を綺麗にしたのは大和だろう。あまり考えたくないが、胎内の精液を掻き出して濡らしたタオルで拭いてくれたのだと思う。流石に、風呂まで運ばれれば、いくらなんでも目は覚める。感覚にしても、二人分の体液のベタつきはないものの、風呂に入った後のサッパリ感もなかったから。
風呂に入った俺は、これでもかというくらい念入りに体を洗った。後ろも指を突っ込んで、少しでも残滓が残らない様に念入りに。
風呂から上がった後は、ルームサービスを利用して早めの夕食を済ませ、翌日に備えて早々に寝た。
そして翌朝。
俺は自らの体の異変に気が付いた。
体が熱い。何とか体を起こそうと身動ぎした時……。
「……んぁ……っ……」
僅かな衣擦れで、ぞくりと体が震えた。それでもなんとか体を起こしベッドから下りようとしたら……。
ドスン……
「いっ……た……。んっ……」
足に力が入らず、ベッドから落ちた。落ちた衝撃による軽い痛みと同時に感じる、ぞくぞくする感覚。イヤというほど覚えのある感覚だった。
「発情 ……。でも、なんで……」
発情期の症状だった。
けれど「なんで?」という疑問が浮かぶ。
何故なら、俺の前回の発情期は一ヶ月前に終わったばかりだったから。
元々は二ヶ月に一度だった俺の発情期。多少前後にズレる事はあっても、概ね安定していた。
だけど、流産してから暫くは発情期が来なかった。期間はなんと約三年。
就職前健診で一応、Ω専門科の医師に相談してみた。流産した場合、一時的に発情期が止まる事があるらしい。妊娠出産で暫く止まるのと同じ様に。大体は半年以内には再開するらしいけれど。俺がうっかり、発情期が来ないならラッキー的な発言をしたら、がっつり叱られた。発情期は確かに煩わしいものではあるけれど、Ωにはあって当然のもの。女性に毎月生理がある様に。それが来ないという事は、心身のいずれかに不調を抱えているのかも知れないという事。甘く見てはいけないよ、と。
それからは定期的に診察と面談を受け、時には発情を誘発する薬を使ったりしながら……。
発情期が再開したのは流産をしてから実に三年後。でも、再開はしたものの周期は今だに安定しない。以前の様に二ヶ月に一回来る事はなく、三ヶ月から長くて半年来ない事もある。ちなみに、一ヶ月で来た事は初めての発情期から一度もない。
どちらにしろ、今は「なんで?」などと考えても仕方ない。現に発情期が来たのだから。
手を伸ばし、ベッド脇のチェストの上から携帯電話を取ると、震える手で施設長に電話を掛けた。
それからの事は発情で頭がぼんやりしていたせいか、あまりよく憶えていない。
後で聞いた話によれば、施設長からの電話を受けたシェルターのβ職員さんと、ずっと親身になってくれていた役所の番持ちΩの職員さんがホテルまで迎えに来てくれて、予期せぬ発情期に意識が混濁していた俺に緊急用の抑制剤を打ち、ホテルスタッフの誘導で裏口から出てシェルターまで俺を連れてきてくれたらしい。
気が付いたら俺は、シェルターの一室のベッドの中だった。
シェルター内には各居住部屋の他に、入所者の発情期の時に過ごす為の防音防臭設備の整った部屋が数部屋ある。その部屋の一つだった。シェルターにいる間に一度も発情期が来なかった俺は利用した事はなかったが、発情期の人の世話をする為に何度か入った事があったから、すぐに判った。
まさか今になって自分が利用させてもらう事になるとは思わなかったけれど、俺が目覚めた時に傍にいてくれた施設長は、
「話は発情期が終わってからにしましょうね。終わるまではこの部屋で。辛いでしょうが頑張りましょう。毎日、様子を見に来ますからね」
そう言って、優しく頭を撫でてくれた。まるで施設の子供達にする時の様に……。
その優しさに、俺は静かに涙を流した。
施設長が帰って間もなく、抑制剤が切れた俺は本格的な発情期に入った。毎度の事だけれど、Ωが独りで過ごす発情期はひたすら自慰行為に耽るしかない。寝食もまともに出来ず、身体を侵す熱を発散させる為に自身を慰めるだけ。その間、飲料水や簡単に食べられる食事を用意したり、清潔を保つ為の清拭を手伝ってくれるのは、入所しているΩの人達。俺がかつてしていた事と同じだった。
変わらない助け合いの気持ちに感謝しながら、俺は発情期を過ごした——。
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