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第25話 運命の誘引

 俺の発情期は五日で落ち着いた。  通常、発情期は一週間続くが、一週間丸々性欲に支配される訳ではなく、強い性衝動は四、五日で落ち着き、普通の生活に戻る。ただ、フェロモンが完全に落ち着くまでの一、二日は身の安全の為に外出は控えたほうがいいとされ、それが『発情期は一週間』という認識に繋がるのである。  施設長の来訪を告げられた俺は、身支度を済ませ、五日振りに部屋から出た。βとΩしかいないシェルターだから、出歩いても問題はない。  目指す先は『相談室』。シェルターの入所者が職員さんに悩みや希望等を相談する為の部屋だけれど、俺がかつてこのシェルターに入所していた事と、今でも時折顔を出し、雑用等の手伝いをしている事から、特別に利用許可を頂いた。流石に、ずっと欲を発散し続けた部屋では、居た堪れないから……。 「体調はどうですか?」  俺が向かいの椅子に座るのを待ってから、施設長が口を開いた。俺は頷く。 「はい。ありがとうございます。ご心配とご迷惑をおかけしました。体調は良いです」 「顔色も良くなりましたね。あと二日、念の為、こちらに滞在して下さい」 「……はい。あの、子供達は……」    子供達の事は気になっていた。思い込みではなく、子供達に懐かれているという自信はある。不測の事態にただでさえ帰る予定が遅れたのに、予測外の発情期で更に遅れてしまった。子供達が気掛かりだった。俺の帰りを待っているのではないか、と。いつもの発情期は施設内の自室に籠もって過ごし、一日一回短時間でも子供達に顔を見せていた。けれど、今回はαと交わった後の発情期だった為、シェルターで過ごすしかなかった。 「元気に過ごしていますよ。一時は『なぎ先生はいつ帰って来るの?』と寂しそうにしていましたが、突然の発情期でシェルターに居る事を説明したら、『いい子で待ってるから』だそうです」 「……っ……」  健気な子供達の言葉に涙が溢れそうになり、俺は慌てて服の袖で目元を拭う。 「では、なぎ先生、本題に入りますが、話してくれますね? 『何が』あったのかを」 「……はい」 「先に断っておきます。これはプライベートな事です。本来は他人に語る必要はない事なのです。私も個人的には人様の交友関係に口出しなどしたくないのです。けれど、貴方はご自分のは理解していますね?」 「……はい。理解しています……」  頷き、俺は帰省先での事を話した。  かつての恋人と再会した事。彼は今でも俺を想い、俺の身を案じ、俺が帰って来るのを待ち続けていてくれた事。『六年前の真実』を話した俺に、戻って来てほしいと言ってくれた事。変わらず愛を囁いてくれる彼に身を委ねた事。自分達が『運命の番』だと言う事実。彼からのプロポーズ。心は揺れた。けれど、六年掛けて手に入れた『居場所』を捨ててまで彼と生きる事が選べず、六年前とは違い、今度ははっきりと別れの言葉を告げた事——。  俺の話が終わっても、施設長はすぐには何も言わなかった。俺も何も言わなかった。  長くも短くも感じられる沈黙の後——。 「『運命』の誘引……」  考える仕草をしていた施設長が、呟く様に言った。 「……え?」  不意の言葉に小さく声を上げる俺。 「確かに貴方は毎年に出発していましたね。私も今話を聞いて思い出しましたが。それが、今年は何故か午前……に出発した」 「はい」 「どうしてでしょう? 理由は? 墓参りの他に予定でもあったのでしょうか?」  問いに、俺は首を横に振る。 「分かりません。ただ、何故だかは分からないんですけど、気が付いたら出発してて……。いつも出発は午後だったから自分でも不思議でしたけど、もう施設を出て駅に向かっていたので、そのまま行ったんです」  自分でも疑問には思ったけれど、今更戻るのも変だし、どうせ午後には出る予定だったのだからと、そのまま駅に向かったのである。 「そうですか。貴方達が運命の番なら、やはり『運命の誘引』……つまり、今回は再会するべく運命に引き寄せられた……と考えるべきでしょうか。些か不可思議ではありますが、二人は運命。再会すべくして再会した、と考えるのが自然に思います」 「運命に引き寄せられて……。で……でも、六年です。運命に誘導されるなら今までだって幾らでも……。どうして今更……」 「それは分かりませんが、今年再会する事に意味があるのでしょうか」 「…………」    俺はただ、唖然とした。  施設長の仮説が正しいのだとしたら、本当にどうして今更なのか。六年だ。決して短くはない時間。誘引されるならもっと早く……せめて故郷を離れて一、二年くらいなら、まだ……。  もし『運命』がそうさせたのなら、運命はなんて残酷なんだろう。  六年はやはり長過ぎた。俺は大和を受け入れず、更に深く傷付けただけだった。どうせ再会させるのなら、どうしてもっと早く……。  運命相手とはいえ、完全な責任転嫁だ。早いとか遅いとかの問題じゃない。黙って消えた時点で既に大和を傷付けている事も痛いくらい理解している。もっと早くに……とは思ったけれど、今でなければ……これ以上更に遅くなる、もしくは生あるうちに再会しなければ、大和はきっとずっと俺を捜し、待ち続けただろう。それは確信だった、  六年経った今、再会を果たし、想いをぶつけ合い、大和は納得出来ない様だったけれど、俺が今度ははっきりと『さよなら』を告げた事で、時間は少し必要かも知れないけれど、前を向いて自分の人生を歩いてくれる。  俺はそう信じていた——。

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