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第26話 二度目の妊娠

 発情期の一週間を終え、シェルターから施設に帰った俺は、子供達に「遅くなってごめんね」と謝ってから、一人一人を抱き締めた。子供達の暖かなお日様の様な匂いを胸一杯に吸い込むと、心が落ち着く。やはり自分の『居場所』は此処なのだ、と——。  そうして、俺は『日常』に戻った。  それでも暫くは、一日の仕事を終えた夜に自室に戻り一人になると、最後に見た力なく項垂れる大和の姿を思い出しては息苦しくなる事もあったけれど、日々を忙しく、子供達の笑顔に囲まれて過ごす内に、少しずつ癒やされていった。きっと彼を忘れる事はないけれど、この場所で生きていくんだと改めて決意して……。  だけど……。 『運命』はまたしても俺に試練を与える——。  大和と訣別して施設に帰った一ヶ月後、三ヶ月に一度の定期検診にかかりつけ病院のΩ科を受診した俺は……。 「妊娠していますね」  担当医師に、そう告げられたのである。 「……え?」 「大きさからすると、五週……でしょうか。逆算すると約一ヶ月前ですね。心当たりは?」  淡々と言う医師の言葉に思考が追い付かない。  妊娠? 誰が? 俺が?  心当たり……。  ……など、一人しかいないじゃないか。  でも、あの時はまだ…。だけど俺は一度、発情期以外で妊娠してるし……。  頭の中はごちゃごちゃしていたけれど、一ヶ月前にαと性行為をした事と、その時は発情期ではなく、翌々日に発情期がきた事を、何とか医師に言った。その一ヶ月前に発情期があった事も忘れずに伝えた。 「間違いなく、その時に受胎したのでしょう」 「えっ? でっ……でも俺、まだ発情期じゃなくてっ……」 「胎内に排出された精子の寿命は『三日』です」 「……え?」 「発情期が来たのは、性行為をしてから一日は経っていた。それは間違いないですね?」 「……はい」 「Ωは発情期に入ると排卵する……というのも知っていますね?」 「……はい」 「では、解りますね? 貴方が発情期に入った時、まだ精子は胎内で生きていた。胎内に精子を抱えた状態で貴方は発情期に入り、排卵。そして、貴方の卵子と生きていた精子が受精。その後、着床、妊娠に至る訳です」 「……受精……着床……。でっ……でもすぐに掻き出して……」 「子宮内に侵入した精子は掻き出せません」 「…………」 「妊娠を希望されない場合は、発情期周期三日前からの避妊が必要です。周期が安定しない場合や、今回の貴方の様に予期しない発情期に見舞われる場合に備え、常日頃からの避妊が大切なのです」 「…………」  返す言葉も無かった。そんな俺に、医師は更に問いかける。 「堕胎をご希望ですか?」 「……え……」  堕胎……中絶……子供を堕ろす……。 「先程から、貴方はまるで妊娠を認めたくない様に見えます。予想外の、望まない妊娠なのでしょうか?」  咄嗟にお腹に手を当てる。  予想外の妊娠ではあった。そもそもあの時は、妊娠するかも…なんて考えていなかった。「中に出して」と自分から口にした記憶もある。  でも、だからといって要らない訳じゃ……。 「男性体の堕胎は体への負担が大きいのです。初期での処置になります。どちらにしろ、今日は処置出来ませんので、あまり時間はありませんが、日を改めて堕胎処置の予定を……」 「要らない子じゃありません!」    医師の言葉を遮り、叫んでいた。  お腹に当てた手で、お腹部分の服を握り締める。  そして返ってきたのは、医師の冷静な言葉。 「当たり前です」 「え……」 「この世に要らない命など無いのですよ。胎児だって母親のお腹に芽吹いた瞬間から、大切な命なんです。けれど、望まない妊娠出産の果てに不幸になるのは生まれた子供です。理由が何であれ、親は自分で選択して出産します。ですが、子供は親を選べません。幸せも不幸も、その尊い命の行方さえも『親次第』です」 「…………」 「だから、あえて問うのです。両親が揃っているから必ずしも幸せになるとは限りませんし、片親でも大切に育てている方もいますが、未婚の、番もいないΩが一人で子供を育てるのは、簡単ではありません。当たり前ですが、産んで終わりではないのです。まずは産む意思があるかどうか、そして次は大切に育てる意思と覚悟。この二つを問うのです」 「…………」 「産みますか? 堕胎なさいますか?」   今一度問われ、俺は………。 「俺は……」 「今、この場で直ぐに決断しなさいというのは、流石に無理がありますね。では、今日の所は一度お帰りになって、考えてみて下さい。期間は一週間。先程も言いましたが、男性体の堕胎は女性より体への負担が大きく、初期にしか出来ません。一週間後に予約を入れておきますので、それまでに決めておいて下さい」 「……はい」  一週間後の予約を取り、お礼を言って診察室を出る。  会計を済ませて病院を出た俺は、通りに出てタクシーを拾って乗り込んだ。いつもなら節約の為に最寄りのバス停まで行ってバスで帰るけれど、今はあまり人混みにいたくはなかった。  運転手に行き先を告げ、後部座席の背もたれに背中を預けた俺は、膝の上の手元に視線を落とす。  手には、先程病院で貰ったエコー写真。  映るのは胎児を示す丸い影。  その影が以前妊娠した時に貰ったエコー写真に映るものと『違う』事に、この時の俺は気が付かなかった——。

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