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第27話 意思と覚悟

「妊娠五週……ですか」  施設長が呟いた。  昼前に施設に帰って来た俺は、昼食後に「お話があります」と施設長に言い、今、庭の片隅の例の東屋に居る。  俺は今日病院で妊娠を告げられた事を話した。それを聞いた施設長が一瞬眉を顰めた後の、冒頭の呟きである。 「誰の子……と聞くまでもないですね」 「……はい。『彼』の子供です」  俺がはっきりと答えると、施設長は「はぁ……」と溜め息を吐いた。  浅はかで考え無しの俺に呆れたのだろうか…。そうだとしても、俺には申し開きのしようもない。 「どうしてなのか……と貴方を責めても仕方ないのでしょう。ですから、単刀直入に訊きます。貴方はどうしたいですか?」 「……俺は……産みたいです……」  病院では言えなかった事が、時間が経って少し落ち着いたからか、すんなりと言えた。  妊娠を告げられて驚いたし、一瞬戸惑ったのは事実だ。けれど「要らない子じゃない」と言った気持ちも本当。堕胎するかと問われて、有り得ないと思った。「産みます」とすぐに答えたかったけれど、Ωが一人で子供を産み育てるのは簡単な事じゃないと言われ、安易に産む選択をした結果、不幸になるのは子供…という現実を突きつけられて、産むとは言えなかった。  それでもやっぱり産みたいと、産むと決めたのは、タクシーの中でだった。流産した子の代わりなんかじゃない。新たな命だ。産んであげたい。……ううん。会いたいんだ。  施設長に決意を語った俺に、 「Ωが一人で子供を育てる事の大変さを理解していますか?」    医師に言われた事を改めて問われた。  理解……はきっと出来てない。大変だろう事は解るけれど、Ωに限らず一人親は誰でも大変なのではないだろうか。それでも、ちゃんと育てている人は沢山いる。俺にだって出来ない筈はない。何より、お腹の命が愛おしくて堪らない。その気持ちが大切なのではないかと思うけれど……。  でも、医師も施設長も『Ωが……』と言う。何故?  その疑問の答えは、施設長の「少し私の過去の話を聞いて頂けますか」という言葉から理解する事になる。 「もう三十年近く前になりますか。私には番がいました」  俺から視線を逸らし、何処か遠くを見つめながら語り始めた施設長。  番が《《いた》》? 過去形という事は……。  施設で働く職員達は皆、大なり小なり事情があってシェルターに来た人達だとは聞いた事がある。俺だってそうだ。けれど、番がいたのなら何故……。勿論、番がいたからといって幸せになれるとは限らないけれど。 「彼とは三年の交際を経て番になり、結婚しました。彼の両親も弟もαでしたが、当時にしては珍しくΩ性への偏見がなく、嫁として温かく迎え入れてもらいました。すぐに長男が生まれ、私は幸せなΩでした」  《《でした》》? また過去形……。  俺の心を読んだかの様に施設長は微笑んで俺を一瞥した後、再び遠くを見つめた。その横顔はとても儚げで……。 「息子が三歳になる少し前、夫が亡くなりました」 「え……」 「仕事の営業周りの出先での交通事故。巻き込まれた何人もの人が亡くなったり怪我をして、連日テレビで報道されたのですけど、貴方が小さい頃の事ですからね。夫は即死。言葉を交わす事すら出来ず……。私は番を失くしたショックで倒れ、丸二日意識が戻らず、その間は義母が息子を見てくれ、義弟が通夜と葬儀の段取りをしながら、私が目覚めるのを待ってくれていましたが、正直、通夜と葬儀の事はあまり記憶にありません。まさしく、抜け殻の様でした。漸く現実を受け止め泣けたのは、火葬場で夫に最期の別れを告げる時です。沢山の人が見ている前で、私は冷たくなった夫の唇に口付け、さよならをしました。身を裂かれる様な辛さでしたが、息子に「ママ、パパねんねした」と無邪気に言われ、 息子の為に強くならねば……と」 「…………」 「息子の為に強くなりたかった。夫の分まで自分が愛して守るのだと決意しました。けれど、Ωの自分が一人で子供を育てる事の難しさを知ったのは、夫が亡くなった二ヶ月後の発情期の時です」  一旦言葉を区切り、軽く深呼吸する施設長。まるで気持ちを落ち着ける様に。その仕草を見て、ここからが本題なんだ…と俺は居住まいを正した。 「夫の実家は旧家で、発情期に夫夫で籠もる為に義母が敷地内に建ててくれた離れに、結婚以来初めて一人で籠もりました。番のいない発情期。一人で乗り切るしかありません。発情期の熱を早く軽く鎮めるのには、αとの性行為が一番です。けれど、番を失くした私には、熱を鎮めてくれるαはいない。番が死亡した場合、番契約は強制解除されますが、Ωは新たな番を持つ事も他のαとの性行為も出来ません。ひたすら自分で自分を慰める日々。飲食もまともに出来ず、一人で耐えました。息子の世話をする余裕などなく、義母と義弟が世話をしてくれました。息子の事を考える余裕すらありませんでした。夫が遺してくれた大切な……愛する我が子なのに、息子は今どうしているのか、母が恋しくて泣いてはいないか、そう気を回す余裕すらなかったのです」  もう一度、深く深呼吸をする施設長。  俺には、何となく彼が言わんとする事が見え始めていた。 「私は家を出る事にしました。番契約が解除されても新たな番を持つ事が出来ないのに、番のいない状態に戻りΩフェロモンは他のαにも判る様になったのです。だから、私が籠もっている間は私の事を気にしつつも離れには近付けなかった、と義母と義弟に言われたのも後押しとなりました。もう此処には居られない……と。  三歳の息子を置いて出ました。発情期には子供の世話が出来ない上に子供を思う余裕さえない自分には育てられないと思いましたから。それに、働く事さえままならないのです。義母も義弟も「この家で育てればいい」と言ってくれましたが、義母も義弟もα、幼い息子もα、当時は独身だった義弟も、いずれ結婚するでしょう。相手の性がαであれΩであれ。あの家で私は重荷だったのです。息子の事をお願いして家を出ました。そして、当時出来たばかりだった、貴方と同じシェルターに身を寄せ、程なくして完成したこの養護施設で働く事にしたのです」 「…………」  あまりにも……あまりにも重い施設長の過去……。  恐らく、そうして子供を泣く泣く手放すΩの一人親は少なくないのだろう。親の発情期には放置され、まともに働けない親の巻き添えで日々の暮らしさえままならない。結局、不幸になるのは親のエゴで生まれた子供……。  そっか。番も伴侶もいないΩが親になるなんて、独り善がりのエゴに過ぎないのか……。  でも…それでも俺は——。  俺はお腹を守る様に、両手で包み込む。  そんな俺を見つめながら、施設長が追い打ちをかける様に言った。 「決めるのは貴方です。私は息子を手放しましたが、それは私に覚悟が足りなかったからです。貴方は貴方の意思で決めれば良い。私の過去は、こういう例もあるという一例に過ぎません。一般論を語るより実例のほうが解り易いと思ったからです。ただ、脅す訳ではないですが、もし産むのなら、身の振り方を考えなければなりません」 「……え?」 「お忘れですか? 採用の契約時に説明されたでしょう? 子持ちの人は此処では働けません」 「……あ……」  就職時の説明を思い出す。確かに言われた。自分の子供がいる人は除外……だと。 「此処は辞めなければいけませんが、出産まではシェルターに身を寄せるといいでしょう。ですが、その後は? 追い出される事はありませんが、子供の事を考えれば、ずっとシェルターに居続ける事は出来ないでしょう」 「…………」  施設長が俺の両手を取った。  優しく握り込む。  温かい……。 「私には出産を奨める事は出来ませんし、しませんが、貴方が『そう』決めたのなら止めはしません。貴方の人生です。貴方の御心のままに」    施設長は俺の気持ちを解ってくれていた。  俺が《《そう》》したいと思っている事を。彼は自分の過去を話す事で、俺の意思と覚悟を計っていたのだ。こういう現実もある事を知っても尚、望むのか……と。  俺が考える為に与えられた期間は一週間。だけど、俺の気持ちは既に固まっていた。一週間の受診でしっかりと医師に伝えよう。  だが、一週間を待たず、事態は動き始める——。

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