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第33話 「おめでとうございます」

「……ん……」    薄っすらと瞼を開けると、白い天井が見えた。 「気が付かれましたか?」 「……っ……」  ゆっくりと声のした方を向けば、白衣を着た男性が椅子に座って微笑んでいた。医師……だろうか。 「気分は悪くないですか? 痛い所は?」 「……ないです」  首を緩く振りながら答える声は、少し掠れていた。  医師が俺の上体を少し持ち上げて支え、水差しから水を飲ませ、ゆっくりと再びベッドに下ろしてくれる。 「ありがとうございます」 「御崎さん、貴方は意識を失われて倒れたのですが、ご自分の身に起こった事は憶えていますか?」 「…………」   何があったか……。 『君は大和のα性を否定したのか』  あの時のお兄様の言葉を思い出す。  そして、αの威圧を浴びたんだ。お兄様の怒りの威圧を……。   憶えているか?、に対して、俺は小さく首肯した。 「赤ちゃんは無事ですからね」 「赤ちゃん……。……っ!」  俺は布団の上からお腹に触れた。  あの時、俺、咄嗟にお腹を押さえて……。  正直、俺は自分が妊娠している事を忘れていた。大和の事が心配で、大和に早く会いたくて……。  けれど、正面からαの威圧を受けて「やばい!」と思った瞬間、赤ちゃんの事を思い出して守ろうとした。お腹の中の胎児を守るなんて出来る訳がないのに……。それは我が子を守ろうとする母親の本能なのか……。  (この子はきっとαだ……)  そう思った。 「申し遅れましたが、私はバース専門医Ω科の丹羽(にわ)と言います。ちなみに番持ちのΩです」  改めて名乗ってくれる丹羽先生。 「横になったままで失礼します。御崎渚です」 「構いませんよ」と先生が優しく笑う。 「では、順を追って話しますね。 意識不明の貴方がΩ科に運ばれて来たのが今から二時間程前です。先に謝って置きます。勝手に貴方の鞄を検めさせていただきました。診察前に、貴方の使用している抑制剤の種類、既往歴、血液型などを確認したかったものですから。すみません」 「いえ……」  見られて困る物は入ってないし、必要な事なら全く気にしない。 「その時にエコー写真を見つけたんです」    確か、保険証と一緒に挟んでいたんだったな。 「それで、これも確認の為に内診をさせていただきました。寝ている間に…なんて不快ですよね」 「大丈夫です。必要な事ですから」 「ありがとうございます。 私の診断は妊娠六週。間違いないですか?」  六週——。  最初の診断は五週で、五日経ってるから…。 「間違いないと思います」 「双子ちゃんですね」 「………。……えっ?」 「え……?」  俺が驚きに声を上げると、先生も声を上げる。 「ご存知なかった? 説明はなかったですか? エコー写真を見る限り双子だと判るのですが」 「…………」  多分、わざと伝えなかったんだ。言われなければ、写真の豆粒の様な影だけで素人の俺が双子だなんて気付く訳がない。伝えなかったのは、俺の意思が明白ではなかったからだろう。 「多分、教えてもらえなかったのは、俺が戸惑っていたからだと思います。予想外の妊娠で……。俺、未婚だし、番もいないから…」 「迷っているのですか?」    ううん。産む意思は変わらない。 「俺、産みたいんです。けど、返事する前にΩが一人で産み育てる事の難しさとか、産みたいからという理由だけで産んでも子供が不幸になるとか言われて……。お世話になってるとこの人にも同じ事言われて……」  思い出しただけで悲しくなった。静かに涙を流す俺の目元を、先生が柔らかいタオルで優しく拭ってくれる。  悲しかった。俺の子供は誰にも祝福されない。産んであげたいのに、産んで幸せにしてあげたいのに、周囲はそれを否定する。信頼している人でさえ……。  (君は……君達は双子だったのかぁ……。産みたいよ。産んであげたいよ。君達に会いたい……)  お腹を擦りながら心の中で語りかける。  最初に双子だと教えられなかったのは、双子だと知れば絶対に産む選択をすると思ったからだろうか。一人でも二人でも命の重さは同じ筈だけど、双子だと知れば堕胎をためらうとでも……。俺に堕胎の意思はなかったけれど、医師の口振りからは堕胎を薦めている様に聞こえた。  六年世話になった医師で、それなりに信頼していたのに……。医師としては、産んで不幸にするのなら産まない選択もある、と言いたかったのかも知れないけれど、決めるのは母親であり医師じゃない。  信頼が音を立てて崩れていく……。 「辛かったですね」  先生が頭を撫でてくれる。  うん。辛かった。誰も「産んでいいよ」って言ってくれなかった。 「……産みたい。産んであげたい……。赤ちゃんに会いたい……。どうして誰も喜んでくれないの? 『産んでいいよ』って言ってくれないの……」  止まりかけた涙が再び溢れる。 「産んでいいよ」 「 ……え……」 「産みましょう。これは提案ですが、私に手伝わせてくれませんか? こちらに来てもらう事になります。今までの生活とは少なからず変わるでしょう。その変化を受け入れる覚悟が必要なのは確かです。それでも産みたいのなら、赤ちゃんに会いたいのなら、此処で産みませんか? 貴方が決断してくれるなら、私は…私達Ω科、そして産科の医師は、妊娠出産を全力でサポートします」 「……どうしてそこまで……」 「全ての命が尊いものだからです。胎児も『命』です。母親の意思を差し置いて、医師や周りが出産の有無を決めていいものではありません。確かにやむを得ず産まない選択をしたお母さんもいるでしょう。それはその人の選択であり、否定していいものではありません。それと同じで、産む選択をしたお母さんを否定せず、安心して妊娠から出産まで過ごせるようにサポートするのが医師です。不安を煽るなんて間違っている。そもそも、シングルマザーが非難される世の中がおかしいんですよ。 私達は全てのお母さんと赤ちゃんの味方です。ですから御崎さん、此処で産みましょう」 「……ありがとう……ございます……」  お礼を言うのがやっとだった。だって、涙が止まらないんだ。嬉しくて……。  どのみち、産むなら施設は辞めなければならない。行く所なんてないから、シェルターに戻るしかないけれど、それには少なからず抵抗があった。様々な事情を抱えて避難してくるΩ達。そんな人達が周りに居る中での出産育児。気を遣うのは目に見えている。そんなストレスの中で妊娠期を過ごし、出産し、育児をするなんて、考えるだけでストレスだった。 「私達は命を守る選択をしてくれた貴方に、尊敬の意を表します。 妊娠、おめでとうございます」 「っ……! ありがとうございます!」    初めて「おめでとう」って言ってもらえた。  そうだ。妊娠はおめでたい事。命は尊いものなんだ。  子供達、安心して生まれておいで。君達の事は絶対に守るからね。  だって俺は『お母さん』だから——  俺はもう一度、自分のお腹を撫でた—ー。

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