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第47話 静養生活の終わり
「渚、街に戻ろうと思う」
俺達が静養生活を始めて間もなく三ヶ月を迎える頃、遊歩道を手を繋いで歩いている時に大和が言った。
「え?」
俺にとっては寝耳に水な話だった。
俺だってずっと此処で生活するつもりなんてなかったけれど、まだ三ヶ月だし、もう少し後でいいかな…と。出産までには……とは思ってたけれど。
大和は散歩中はそれ以上は何も言わず、家に着いてから改めて話をした。
街に帰る事を考え始めたのは、一ヶ月程前からだという。きっかけは朝陽が子供達を連れて遊びに来た事らしい。
朝陽は初めて来た日から、週に一度の頻度で訪ねて来てくれた。身重だから頻繁には来られないけど…と言っていた。初回から数えて三回目の来訪時、朝陽は二人の子供を連れて来た。葵斗君と彩良ちゃんだと紹介された。大和の甥と姪になる。二人は朝陽そっくりだった。パパの遺伝子どこ!?、っていうくらい。可愛かった。すぐに懐いてくれた。生まれた時から常に沢山の人に囲まれているからか、人見知りはしないという。「誰にでも愛嬌振り撒くから誘拐されないか心配なんだけどね」とは朝陽の弁。確かにこれだけ可愛いと心配にもなるよなぁ、と俺も思った。
子供の成長は早い。夏に会ったきりだという甥と姪の成長に、大和は目を細めた。「大きくなったなぁ」と嬉しそうに子供達を抱き上げる姿は、自然と『良いパパ像』を思い起こさせる。我が子達も可愛がるだろう。葵斗君と彩良ちゃんも、そんな大和に懐いていた。俺も抱っこしたりしたかったけど、二人は最初にご挨拶と軽いハグをしてくれただけで傍に来てくれない。お話してくれるし、笑顔を向けてくれるから、嫌われてはいないと思うんだけど…。大和と子供達が戯れる様子を、俺と朝陽は少し離れた所に座って眺めていた。羨ましそうな視線を三人に向ける俺に気付いた朝陽が、
「大和叔父ちゃまのお嫁さんのお腹にはママと同じで赤ちゃんがいるから、優しくしてあげてね」
と、此処に来る前にに子供達に話したという。だから俺に近寄るのを躊躇っているのだ、と。
「子供って、本人が頭では解ってても、加減が難しいから。小さくても結構、力あるし」
朝陽の体験談なんだろう。朝陽には、歳の離れた双子の弟妹がいると言っていたから。
すると朝陽が、彩良ちゃんを呼んだ。小さな体を抱き上げ、俺のお腹を圧迫しないように気を遣いながら膝に彩良ちゃんを乗せてくれた。俺は小さな体を軽く抱き締め、頬擦りした。柔らかいほっぺだった。赤ちゃんから卒業したばかりの幼子は、心なしか甘い匂いがした。俺は、ますます子供達に会うのが楽しみになった。
二時間ほどで、朝陽達は帰って行った。
一気に家の中が静かになった。
葵斗君と彩良ちゃんは大和にとっても宝物だという。「勿論、生まれてくる自分の子供達が一番だけど」と慌てて付け足す大和が面白い。俺は気にしてないよ。我が子が一番なのは当然だよね。それ大前提の上で、『子供は宝』だし、血の繋がった甥や姪なら尚更だよね。俺だって、施設の子供達は大切で可愛い宝物だったもの。
葵斗君と彩良ちゃんの事を話している内に、「子供達が生まれたら……」という話に花が咲いた。まずは無事に出産するのが最優先だけど、生まれたら『あれしたい、これもしたい』。夢は膨らんだ。双子だから大変だろうけれど、その分「喜びも幸せも二倍になるね」と、話は尽きる事がない。
その日からだという。大和が『考え』始めたのは。
結婚、出産、子育て、仕事……。
それらを考えた時、「このままでいいのか……」と。
まもなく帰国する大和のご両親に挨拶したら、入籍する予定の俺達。入籍したら次は出産が控えている。予定日は八月末頃だけど、双子だから一ヶ月前後早く生まれる可能性があるらしい。ただ、此処から病院までは車で一時間程かかる。子育てにしても、保育園や学校の事を考えれば、此処では不便だ。それに、自分の子供を育てるのに、いつまでも無職で兄に養ってもらうのも違うだろう。
それらを考えた結果、街に家を借りてそちらで暮らさないか、という結論に至ったらしい。
「渚の気持ちを聞きたい。此処はそもそも渚への償いとして用意された家で、生活費も渚が受け取るべき慰謝料だから。俺も世話になってるけど」
「俺は……」
そもそも慰謝料なんて要らなかった。なのに、お兄様が譲らないから、それなら…と言って用意してもらったんだ。大和にも俺にも、静かな場所でゆっくり休み、互いと向き合う時間が必要だと思ったから。だから、大和が「街に戻りたい」と言うなら、俺に反論はない。確かに此処は少し不便だ。心を癒すには良い所だけれど、子育てしながら生活するのには向かないと思う。大和が危惧した通り、病院まで遠いのも、出産間近には不安だ。
俺の気持ちも伝えると、大和は「仕事も決まりそうなんだ」と言った。
「前に勤めてたとこ、オーナーが休職扱いにしてくれてるって兄さんから聞いたけど、昨日電話して正式に辞表を受理してもらったんだ。実は、専門学校時代の先輩が去年の春にレストラン開店してて、ずっと誘われてたんだけど、断ってたんだ。渚を捜す為に駅前のカフェを選んだから。一度断ったから図々しいとは思ったんだけど、連絡してみたら、いつでも待ってるって言ってくれてて」
「そっか。大和、色々考えてたんだね」
「……ごめんね。渚、俺の為にこの場所を選んでくれたのに、勝手な事言って……」
「ううん。気にしないで。あの時は、大和には少し街の喧騒から離れた静かな環境が必要だと思ったから。俺も少し休みたかったし。大和が前向きに決めたのなら、そういうタイミングなんだよ、きっと。
街に戻ったら大和のアパートに住むの?」
「あそこは兄さんに解約してもらった。単身者用だからな」
確かに、俺達二人ならともかく、双子の子育てには向かないよな。「じゃあ住む所はこれから探すの?」と訊けば、「もう目星は付けてる。ネットで内見出来るから渚に見てもらって、渚が気にいれば本契約しようと思う。今、仮契約してるから。後で見せる。実際に見たいなら、内見の予約取るよ」
なんかもう、色々決めてるし……。そういえば大和はこういうとこ、あったよなぁ……と思う俺。でも、イヤじゃないんだよな。これも惚れた弱み?
そうそう。「街で暮らすなら折角用意してもらったこの家はどうしよう?」と言った俺に、大和が笑顔で言う。
「大丈夫だよ。此処、ウチが所有する別荘の一つだから、これからは別荘として利用すれば良いよ」
と。
………………
なんだかなぁ……。
そりゃあ『一ケ瀬家』ですもの。別荘の一つや二つは持ってるでしょうよ。けどさぁ、大和も知ってたんなら教えてくれてもよくない? 示談とはいえ、家買わせた事、気にしてたんだよ。家って安い買い物じゃない。しかも此処、別荘地だよ。なのに、もともと所有していたものとは……。
そりゃあ、感謝はしているけれども……?
それから約一ヶ月後、四ヶ月に及ぶ静養生活に終わりを告げ、街に戻る事になったのである。
二週間……は流石に無理だったけど。
でも、便利な世の中だよね。ネットで家探せるし、内見出来るし、家具家電も買えるし…。身重の俺には有り難い。あ、内装だけはお兄様にお願いしたよ。家具家電の設置が済んでないと住めないからね。結局、ネットで内見して決めたんだ。部屋だけじゃなくて、マンションの周囲も見せてもらったんだけど、凄い良い所!
この四ヶ月で大和のαフェロモンは戻らなかった。けど、生涯の愛を誓い合った俺達は、前を向いて共に歩んでいく。
今はそれで良い。だって俺は、αだから好きになったんじゃない。大和だから愛しているのだから――。
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