50 / 59
第48話 前を向いて歩こう〈 side大和 〉
人はそれを『子供返り』と表した。
あの頃の俺は本当に心が弱ってて、思春期さながらの子供の様に拗ねて、雄大兄さんや門脇に当たって……。それでも二人は俺に寄り添ってくれたのに、それすらも煩わしくて、放っておいてほしくて……。
雄大兄さんが渚を捜してくれた。俺の所に連れて来てくれた。もう二度と会えない…もう戻って来る事はないんだ……って思ってた渚が目の前にいる。弱った俺の体を抱き締めてくれてる。確かに感じる温もりに涙が溢れた。子供の様に泣きじゃくった。
結婚なんて望まないから……番になんてならなくても構わないから……傍にいてほしいと懇願した。もう何処にも行かないで……と願った。
渚が頷いてくれた。ずっと傍にいる…って言ってキスしてくれた。嬉しかった。
渚を捜し出す為に、兄さんがΩ保護法違反を犯したと知った。俺の為に……。兄さんが犯罪者になってしまう。
けれど、渚は兄さんを『赦して』くれた。俺を想っての事だから…と。罪は罪だから償わなければならない、という兄さんに示談を提案し、俺と二人で静かにのんびり暮らす為の家を希望した。
結局、『俺の為』だった。
渚も兄さんも門脇も、俺の為に考えて動いてくれたのに、俺は彼らに何を返してやれるのだろう?
俺からαフェロモンが消えた。渚からΩフェロモンが匂わなくなってしまった。体が回復しても治らなければ心因性のものだろう、と医師に言われた。この時の俺はβと同じだった。けど、それでも良いと思ってた。αでなければ番になれない。渚と一緒にいてもΩフェロモンに充てられて無理矢理『番う』事もない。
夫夫でも番でもなく、『大和と渚』でいられる。
本気でそう思った――。
別荘地での静養生活初日、渚に「話がある」と言われた。何を言われるんだろう?と少し身構えてしまった俺に渚が、「赤ちゃんが出来ました」と言った。俺の子で双子だって!
俺は勢いで『プロポーズ』していた。番にはなれなくてもいいから結婚したい。家族になりたい!って。
そしたら渚、「番にはしてくれないの?」って……。
俺、αフェロモンも出ないよ。渚の匂い、判んないんだよ。フェロモンが出ないと番えない……。
絶望する俺に「運命の俺がずっと傍でΩフェロモン浴びせるから、一緒に取り戻そう」って渚は言う。渚が『運命』を認めてくれた。フェロモンが戻るなら、俺は渚と番いたい!
嬉しくてぼろぼろと泣く俺に「泣き虫だなぁ」と渚。そういう渚も涙ぐんでたけれど……。
そして新生活か始まったけれど、俺は片時も渚と離れずに過ごした。常に渚を目で追い、付いて歩き、座っている時は渚のどこかに触れていないと落ち着かない。僅かの間でも渚の姿が見えないと、不安が募った。ずっと傍にいるって言ってくれたのに、信じているのに、信じている心とは裏腹に不安にもなる、思い通りにならない自分の心が情けなく、渚に申し訳なかった。それでも渚は突き放す事なく、俺の気が済むなら……と好きにさせてくれた。毎日の日課の散歩も、ずっと手を繋いで歩いた。唯一、トイレに付いて行くのだけは全力で拒否されたから、我慢して『待て』をしたけれど。
二週間くらい経つと、自分の気持ちの変化に気付く。渚がいなくなる……っていう強迫観念みたいな不安が少しずつ和らぎ、渚の為に何かしたくなった。そして俺が選んだのは『料理』。俺の本職。俺が無気力過ぎてずっと渚がご飯を作ってくれてたから、「これからは俺が作るから」と言えば、渚は一瞬驚いた顔をしてから嬉しそうな顔になり、頷いてくれた。最初の数日は一緒にキッチンに立ち、やがて俺が『食事当番』になった。
一ヶ月が過ぎた頃、朝陽が突撃して来た。朝陽は雄大兄さんの奥さん。俺が入院していた事と退院して別荘地で恋人と一緒に静養生活をしている事を昨夜一度に聞いて、喧嘩したんだって。朝陽は兄さんの奥さんだけど、俺の同級生で親友でもあるんだ。凄く心配してくれて、元気そうで良かった…と言ってくれた。驚いたのは、朝陽も妊娠していた事。二十五歳だよ? 結婚五年で三人目。兄さん、頑張るなぁ、と思った。アラフォーなのに。
渚ともすぐに打ち解けていた。
それからは週に一度の頻度で遊びに来てくれる様になった朝陽は、三回目の訪問の時に子供達を連れて来た。長男の葵斗と長女の彩良。五歳と三歳だ。俺は夏に会ったきり。二人共、大きくなっていた。子供の成長って本当に早いもんな。俺の子供達もあっという間に大きくなるんだろうなぁ。
街に戻ろう――。
もう十分に休んだ。体力と筋力も戻った。フェロモンは変わらず戻らないし、渚のフェロモンも変わらず判らないけれど、いつまでも休んでいられない。
渚は「焦らなくても良い」って言うけれど、焦ってる訳じゃないんだ。……いや、少しは焦りもあるけれど。
いつまでも兄さんに養ってもらう訳にはいかない。家を借りて、仕事を探して……。子供達が生まれるまでに生活の基盤を調えたい。俺は父親だから。
だから、街に戻ろう。子供達の事を考えたら、そのほうが良いと思うんだ。実は、仕事のアテは既にある。
渚に俺の気持ちや考えを伝えたら賛成してくれた。
ごめんな。勝手に決めた事。 それでもいつも、俺の意思を尊重してくれてありがとな。
俺、此処に来てからずっと渚に甘えっぱなしで、何も言わずに甘やかしてくれる渚にもっと甘えてさ。
『子供返り』って言われても仕方ないな、俺。自分でもそう思うよ。
俺、頑張るから。渚、ずっと傍で見ててくれな。
いつもありがとう。これからもよろしく。
愛してる――
こうして俺と渚の静養生活は幕を閉じた――。
ともだちにシェアしよう!

