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第1話
額に突き付けた銃口を気にも留めず、男が澪 を見上げた。怯えるでも煽るでもない、まるで色のないガラス玉のような目だ。
「俺は医者だからさ。こういうの、慣れてないんだよね。投降してくれない?」
「投降するような悪事は働いていない。怪病を診る医師に免許が存在するか?」
「……ないね」
男が鬱陶しそうに銃を手で払った。
「お前、俺と同じで怪異を診る医者だろ。しかも、十三課の八瀬童子だ」
男が、匂いを嗅ぐ仕草をした。図星を刺されて、澪は思わず後ろに身を引いた。
(同族は匂いでわかるか。同じ半妖とはいえ、俺よりよっぽど妖気が濃いな)
情報を与え過ぎるわけにはいかない。澪は口を引き結んだ。
特に興味もなさそうに、男が澪を眺める。
「まぁ、いいさ。そろそろ見付けて欲しいと思っていたんだ。だから、準備していた」
男が白衣のポケットから小箱を出した。蓋を開くと、人魚の鱗が山のように入っていた。
(一枚で億はくだらない怪宝が、こんなに)
ごくりと息を飲む。
「賭けをしないか? お前が勝ったら、俺の存在ごとくれてやる」
色のなかった男の目に嗜虐にも似た笑みが浮かんだ。
「賭け? 状況、わかって言ってる? デッドオアアライブの逮捕状、持ってるんだけどね」
澪は払われた銃を再度、男に向けた。
「そう、気負うな。どのみち、銃じゃ俺は殺せない。お前にとっても悪くない話だよ」
澪の銃など気に留めずに、男が椅子に掛けて珈琲を啜った。
テーブルには、もう一つ珈琲が置いてある。まるで澪が来るのを知っていて、歓迎しているようだ。
「毒なんか、入っていないよ。どうぞ」
男が澪を椅子に促した。見せ付けるようにカップを傾けて、黒い液体を飲んで見せる。
澪は立ったまま、一先ず銃を降ろした。
「とりあえず、聞くだけ聞いておくよ」
男が、詰まらなそうに息を吐いた。
「不死の人魚の殺し方を見付ける。十三課の怪異医師なら可能だろ」
男の言葉に、澪は息を飲んだ。
「事実上の、投降発言だけど?」
「勘違いするなよ。軟禁されてやるのは十三課じゃない。お前にだけだ」
男が立ち上がる。澪の前に立つと、顔を見上げた。
「忘れるな。俺はいつでも逃げられる。今、この瞬間からも」
男が澪のネクタイを握った。澪よりずっと背か低いのに、異様な圧迫感がある。
「……つまり俺に、お前の殺し方を探せって、言いたいのか」
男が、薄く笑んだ。その笑みにすら、嗜虐的な色が乗る。
「死なない人魚に銃を向けるお前に興味が湧いた。ただの阿呆か、勝ち筋があるのか。どちらにしろ、お前という男が気に入ったんだ」
男の言葉の真意が、よくわからない。
「研究結果は持ち帰って構わない。十三課への土産があれば、お前にも損はない。悪くない賭けだろ」
「お前の旨味は?」
今のところ、澪にとって都合が良い賭けだ。男に利があるとは思えない。
「無為な時間を終わらせられる。それで十分だ」
男の目を、澪は見詰めた。
(あぁ……そうか。これは、捨てた目か)
生への執着も、心も総てを、この男は捨てている。だから、色がない。
心が鷲掴みにされたように震えた。この目に光を取り戻してやったら、どれだけ気分がいいだろう。そんな思いが胸を過った。
「この体は好きに刻ませてやる。ただし、結果を出せなければ、喰われるのはお前だ」
男が舌舐めずりした。ごくりと喉を鳴らす様が、洒落にならない。澪は静かに銃を仕舞った。
「わかった、乗るよ。どっちにしろ、この部屋から出られそうにないしね」
部屋にはいつの間にか強靭な結界が張ってある。入り込んだ時点ではなかった気配だ。
(捕縛しに来たつもりで、捕まったのは俺のほうか。恐ろしく頭が切れるし、強いじゃねぇの。事前情報、ガセばっかり)
澪は小さく息を吐くと、肩の力を抜いた。
「ただの阿呆ではなさそうだ。良かったよ」
男が満足そうに笑んで、澪に体を寄せた。
「満足いく結果が得られたら、帰してやる。精々、本気で俺を調べろよ」
澪の手を握ると、その指先で自分の胸を突いた。男の胸から確かに鼓動が伝う。その温かさから、想定外に人間の残り香を感じる。澪の指先が震えた。
「嫌な予感しか、しないね」
半ば諦めたつもりで、澪は男の手を握った。笑っても色が乗らないその瞳を見詰める。
(喰われたくはないけど、逃げる術も浮かばないからな)
何より男の色のない瞳が、澪を縛って離さない。
状況は最悪、どう考えても良い結果は予想できないのに。澪の心は、そこまで悲観に暮れてはいなかった。
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