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2.月夜の誘い:5

 男たちを倒してしまったラウロがじっと見つめてくる瞳に、ニコラは思わずびくっと肩を震わせた。 「時間を無駄にしました……急ぎましょう」 「あ、う、うん」  まるで野生の獣のようにおっかない雰囲気を醸し出していたラウロだが、髪の毛をかき上げると少しだけ空気が和らいだ。 「怪我はありませんか?」 「大丈夫。腕を掴まれたくらいだから」 「一応見せてください」  掴まれた右腕を見せると、うっすらと赤く痕が残っている。その痕を見た瞬間、再びラウロの空気が一変するのがニコラには分かった。 「主の命令なら、俺はアイツを殺します」  先ほど初めて聞いた、地を這うような声だった。青い瞳からどんどん色がなくなっていく様を見て、ニコラは慌てて「そんなことしなくていい!」と声を上げる。今のラウロなら、本当に殺してしまいそうな気がして、恐ろしかった。 「僕は大丈夫だし気にしてないから、もう行こう?」 「ですが……」 「ラウロ。お願い」  ラウロのローブをくいっと引っ張ると、彼はやっとニコラを見つめた。 「もう十分懲りたと思うよ。あれ以上何かする必要はない」 「……分かりました」  ニコラの命令に小さく頷いて、二人は再び歩き出す。ニコラがチラリと振り向くと、男たちはまだ気絶したまま倒れていた。 「痕が残ったら、すみません……」 「謝らないで。ラウロが悪いわけじゃないんだから」 「俺がいながら、触れられたんです。許せるわけがありません」 「僕がいいって言ってるんだから、いいの。それに、軽く掴まれたくらいだし……王宮にいた頃に比べたら、子供から掴まれたようなものだし」  ラウロを安心させるつもりで言ったのだが、彼は眉間に皺を寄せた。他人の話だとしても、あまり良い話ではないので不快に思わせてしまっただろうか。 「痛みの種類があなたにとって小さいものでも、許してはいけません」 「え?」 「自分の体や心を傷つけられることに慣れてはいけません、主。誰にも、あなたを傷つける権利も理由もない」  なぜかラウロのほうが傷ついているような顔をするので、ニコラは思わず手を伸ばして彼の頬を撫でていた。ニコラの行動にラウロはわずかに目を開いたが、次第にニコラの手に自身の手を重ねた。 「僕の代わりに怒ってくれてありがとう。これからはちゃんと、許さないようにする」 「……はい。そうしてもらえると、俺も安心します」  リンメロ王国を飛び出して一ヶ月ほどが経とうとしているが、二人の間には言葉で表しきれないような、信頼関係とはまた違うような感情が芽生えていることにニコラは気づいていた。  この気持ちや関係を何と呼ぶのか分からないが、お互いにお互いのことを『幸せになってほしい』と願っているのは間違いではない。幸せの定義がニコラとラウロの間で違っていたとしても、彼の人生の中で最後には『幸せだった』と思えるような日々を送ってほしいという気持ちをニコラは抱いている。 「目的の町まであと四日ほどかかるようです。今日はこの村で宿を取りましょう」  森を抜けると、小さな村があった。二人はフードを被ったまま村を探索していると、他所から人が来るのは珍しいのかジロジロと見られている視線を感じる。  村で唯一だと言われた宿屋に行くと、受付の向こうで葉巻を吸っている年配の女性がジロリと二人を見つめた。 「一泊したいんですが」 「あいにく、今日はあと一室しか空いてないよ」 「その一室で構いません」 「うちは一人一室のみ。二人で一室はお断り」  女性の対応にニコラとラウロは思わず顔を見合わせた。受付には『一人一室のみ可!』と書かれているので、話は間違いないのだろう。 「……では、この方にその一室を」 「待って、ラウロは?」 「俺は外でも大丈夫ですから。あなたはゆっくり寝てください」  そう押し切られ、結局ニコラが最後の一室に泊まることとなった。宿屋の一階は大衆酒場になっていて、二人はそこで腹ごしらえをすることにした。 「本当に外で大丈夫……?」 「何度も野宿してきましたし、今さらですよ。宿屋の裏側から主の部屋が見える場所があったので、そこで寝ようと思います。その距離だと奴隷契約の範囲内のようだったので」 「そう……」  正直、森での出来事もあったので今日はラウロに側にいてほしかった。先日のようにラウロに抱きしめられたら、よく眠れそうだと思ったのだ。  でも宿屋の決まりがあるので、それ以上わがままは言えない。そもそも、いい歳をした大人が年下の男性に『一緒に寝たい』と思うなんて、冷静に考えると恥ずかしくなって実際には言えそうになかった。 「何かあれば、窓を開けて叫んでください。開けなくても多分、主の声なら分かりますけど」 「叫ぶような出来事がないのが一番だけど……」 「それはもちろん、そうですね。明日は酒場で朝食を出してるそうなので、そこでまた会いましょう」 「うん、分かりました。おやすみなさい」 「良い夢を、主」  一緒に逃げてきてから初めて、ラウロの姿が見えない夜を過ごす。部屋にいてもなんだか落ち着かなくて、カーテンをそっと開けて外を眺めてみた。 「あ……」  宿屋の裏手にある大きな木の幹に体を預け、腕組みをしながらニコラの部屋を見上げているラウロと目が合った。まさか見上げているとは思わなかったのでニコラは驚いたが、宿屋の明かりに照らされた彼が柔らかく微笑んでいることに気がついて、ドキッと心臓が跳ね上がった。 「も、もう寝よう……!」  薄いカーテンを閉め、ニコラはベッドに潜り込んだ。一人用のベーシックなベッドだが、背中に感じる温もりがないことでいやに広く感じた。 「どうして僕、こんなに……」  ニコラの頭の中はなぜかラウロのことで占めていて、別々の場所で眠りにつくことを寂しいと思っている自分がいる。きっとこの感情は気のせいだと言い聞かせ、自分の体を抱きしめながら眠りについた。

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