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2.月夜の誘い:6

 ラウロが側にいない夜は不安だったが日中に色んなことが起こりすぎたのもあり、ベッドに入るとニコラはすぐに眠ってしまった。 「――おい、この部屋だ」 「生意気なあの男は睡眠薬でぐっすりだったぜ」 「こっちも寝てる間にヤッちまうか」 「俺は起きてるほうがよかったけどなぁ」  眠りについてからしばらくして、ニコラは数人の男の話し声で目が覚めた。宿屋に泊まっている他の客が騒いでいるのかと思って薄く目を開けると、ニコラの部屋の中に三人の男がいたのだ。 「え――?」 「おい、起きたぞ」 「薬が効かなかったのか?」 「え、ちょ、なに……っ!?」  どうやって入ってきたのか、三人の男はニコラを見てニヤリと笑う。起きたばかりで何も状況が分からないニコラの目に入ったのは、右手首が逆さに折れている男だ。小太りなその男を見て、昼間に森の中でニコラたちに絡んできた三人組だと思い出した。 「昼間はよくもやってくれたァ」 「守ってくれる奴隷騎士様は助けに来ねーぜ」 「主人のピンチだってのに、アイツは外でスヤスヤ寝てるからな」  どうやら男たちは昼間のことで復讐しに来たようだ。あまりに突然のことに硬直しているニコラの体を一人がベッドに押さえつけ、ラウロから手首を折られた男が馬乗りになった。 「恨むなら馬鹿な奴隷を恨むんだな」 「……やめっ、助けて……!」  二十六歳にもなって、抵抗する術がなく情けない声しか出てこない。知らない男たちに襲われるという初めての恐怖に体が震え、涙が溢れてくる。  何かあれば叫べとラウロから言われたが、まるで声を奪われたかのように大声が出せなかった。 「――わざわざ殺されに来るとは、物好きな連中だな」  ガシャンっと激しい音がしたかと思えば、部屋の窓が割られていた。そこから中に入ってきた人物の剣が月の光を浴びて光っていて、フードを被った奥に見える瞳は青い炎を宿しているように見えた。 「なんだよお前、寝てたはずじゃ……!」  ニコラに馬乗りになっている男が声を荒げた瞬間、彼は床に張り倒されていた。ニコラの体を押さえつけていた男も一瞬のうちに床に沈んでいて、ドアの前で見張りをしていた男も鳩尾を殴られて膝をついている。 「主のご命令とあらば、コイツらの首を一気にはねます」  とてつもなく、冷たい声だった。床に倒れた三人を一列に並べ、剣の切先を突きつけるラウロの後ろ姿しか見えなくて、ニコラは怖くなった。本当に目の前にいる人がラウロなのか、信じられなかったのだ。 「ラウロが、手を汚さなくていい……そんな価値もないから……!」  できるだけ、ラウロに人を殺してほしくはない。そんな思いでニコラが声を振り絞ると、ラウロは深くため息をついた。 「……忘却魔法を使って、解放します」 「忘却魔法……?」 「主と俺に関する記憶を消して、村の自警団にでも突き出しましょう。それなら主も満足しますか?」  チラリ、ラウロがニコラを振り返る。フードを被っているので彼の口元と高い鼻先しか見えなかったが、少し穏やかな声色に戻っていた。 「そ、それでいい……」 「では、魔法をかけている間に荷造りを。ここをもう出ます」  ラウロが男たちに手をかざすと、青い光が額から体の中に入っていく。しばらくするとその光が再び額を通って外に出てきて、ラウロの手のひらで光の破片になって消失した。それがまさしく記憶の欠片か何かだったのか、魔法を使い終わったラウロは三人の体をロープで拘束した。 「おっと……もう一人を忘れてた」 「え?」  部屋を出る間際、ラウロはクローゼットの中から宿屋の受付にいた女性を引っ張り出した。まさかそんなところに人が潜んでいるとは思わず、ニコラは小さく悲鳴を上げた。 「わ、私は何もしてない! ただ頼まれただけで……!」 「言い訳は聞いていません」  喚いている女性の額にも手をかざすと、彼女は気を失った。男たちと同じようにロープで拘束し、ラウロはずるずると引きずって宿の階段を降りる。宿屋の前にあった荷車に四人を乗せ、村の自警団の拠点の前に四人を放り出した。 「真実だけを口にする魔法をかけておきましょうか」 「でも、今夜あったことは忘れてるんじゃ……?」 「手口が慣れていたので、初犯じゃないと思います。俺たちのことではなく、今までのことを洗いざらい話すでしょうね」  気絶している四人にラウロは手をかざし、ぶつぶつと呪文を唱える。先ほどは青い光が額から出てきたが、今度は白い光が四人の口元から体内に吸い込まれていった。 「……宿屋の女性もグルだったのかな」 「料理に薬を仕込んでいましたよ。匂いで気づいたので、手をつけませんでしたが。泊めた部屋の鍵を渡したり、自分で開けたり、協力していたんでしょうね。女のほうは金品が目的だった可能性も」  ラウロは忘却魔法だけではなく、真実だけを口にするという魔法を最後に四人にかけていた。気がついたら空が白んでくる時間になっていて、夜が明けたことにニコラは安堵した。 「……行きましょう。ここから離れたほうがいい」  ぐいっとニコラの肩を抱き、ラウロがゆっくり歩き出す。彼に触れられたことで安心したのか、ニコラは足の力が抜けてしまった。 「わ、ご、ごめ……っ」 「抱き上げても?」  ニコラが小さく頷くと、ラウロは軽々とニコラを抱き上げた。恥ずかしいのと安心したのとでニコラの頭の中はぐちゃぐちゃで、フードを被って表情を隠したままラウロの胸元に顔を埋めた。 「……事態を防げずに、すみませんでした」 「そんな、ラウロは悪くない! 僕たちが悪いわけじゃないよ……」  村を出てしばらく歩くと、蔦に覆われた廃屋がぽつんと佇んでいた。周りにも中にも誰もいなかったので休憩するために入ると、古びたテーブルやソファ、ベッドなどが放置されている。幸いなことに雨漏りするほど屋根は劣化していないのか、室内は思っていたほどよりは綺麗な状態だった。  ソファに降ろされてからやっと、ニコラは自分の体が震えていることに気がついた。小刻みに震えている両手をぎゅっと握りしめると、ラウロの大きな手がそっと触れた。 「……主が許してくださるのなら、ああいう事態を防ぐ方法が一つだけあります」 「方法……?」 「擬似番、です。主人と奴隷にだけ許されている、もう一つの契約……俺と性行為をすることで、他の者が主に触れられなくなります」  ラウロからの突然の提案に、ニコラは息を飲んで彼を見つめた。

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