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第67話 ほころぶ
それでも。
しばらく、自分の欲しがりな気持ちに頭を抱えたあと。
ローグが、ちゃんと魔力を預けてくれたという事実に気がついた。
これが、欲しかった。
この安心。
それに、おやすみまでついてくる。
寝台に転がって、手足を伸ばした。
頬に触れる毛皮の感触に、我知らず微笑んでいたことに気がついた。
嬉しかった。どうしようもなく。
「おやすみなさい……」
「ご迷惑をおかけしました。」
師団長の執務室で、アーネストの執務机の前に立って頭を下げる。
異動早々、師団長の期待に応えられなかった上に病欠だ。
言い訳する間もなく謝るしかなかった。
「えっ、やめてよノア。ノアは全然悪くないんだから」
アーネストが慌てたように言って、ノアに頭を上げるよう促した。
「――ですが、俺がきちんとお二人に伝えるべきだったんです。
兵站には充分余裕がありましたし、帰還を急ぐ理由もなかったはずです」
そう言ったノアを、アーネストは少し困った顔で眺めて、それから口を開いた。
「それはそうなんだけど、その期待をちゃんと二人にわからせられていなかったのは僕だし、ノアにも明確に伝えていたわけじゃないよね」
「ですが」
ヘイデンとルベルは、こっぴどく叱られたのだと聞いた。
ノアだけ叱られないのは、むしろ虚しい。
そんな思いが顔に出ていたのか、アーネストはノアの顔を見て、それから眉を下げて笑った。
「あのさ、ディッカーって、ほっとくととにかくすぐに家に帰りたがるんだよ」
「は……ぁ……?」
思いがけないことを言われて、一瞬思考が止まる。
「だからね、あいつらほっとくと、できるだけ早く自分のウルラのところに帰りたがるんだよ。
だから、事あるごとに、ウルラ以外のことも気にかけろって指導しないとダメなの。
しっかり叱っておいたから、休みの間ヘイデンちゃんと役に立ったろ?」
事あるごとに。
そんな子供のように言い聞かせなければならないものだろうか。
その感覚を飲み込めなくて、言葉を返せないでいると、執務室の扉がノックされて、騎士が一人入室してきた。
「師団長、ご承認をいただきたい書類を預かってきました」
「ありがとう、そこ置いてていいよ。確認しとく」
ノアがいることを気にも留めないでやってきたのは、アーネストの番いだというフリードという騎士だった。
書類をトレイに提出して、脇の机に座って何か書類を広げ始める。
「フリード、今主任と話してるから」
「お待ちしています、問題ありません」
何食わぬ顔で仕事をし始めたフリードに、アーネストが指先で額をかいた。
少し、困ったような仕草を見せてはいるけれども、アーネストが本気で困っているわけでもないことはノアにもわかった。
どころか、少し嬉しそうですらある。
「まあ……、こういうこと……」
なるほど……。
目の前でディッカーの性質を実演されて、
それから、それを嬉しく思ってしまうウルラの気持ちすら見せられて、
唸りたくなるほどよく理解ができた。
「だから、ちゃんと言ってても、伝わらないこともあるし。
わかってても番を優先することも、まあ、ある」
そして、それを強く叱りきれないこともまあ、あるのだろう。
アーネストの様子を見ながら、なんとなく察した。
「……大変、ですね?」
なんとも言えなくて、当たり障りのなさそうな言葉を返すと、アーネストはちらりとノアを見上げてから、薄く笑った。
「大丈夫。ノアも注意していく側になってくれるんだろ?」
「……そうですね……。」
確かに。
自分がそうすべきだったと、そう言った。
少しだけ、してやられた気は、しないでもなかった。
病み上がりに無理をすべきでない。
師団の騎士たち――アーネストを除き全員ディッカーだ――はそう主張し、ノアは勤務時間を終えると即座に宿舎へと帰らされた。
「ノアさん」
宿舎に戻ると、いくつかの書類と荷物を抱えたリオネルに遭遇した。
「わあ、大荷物だね」
思わず手を伸ばして、リオネルの手からいくつか包みを受け取ってやった。
「わ、ありがとう」
リオネルが言うのに頷いて、問いかける。
「これ、どうするの?どっか運ぶなら手伝おうか?」
リオネルが目を見開いてから笑って、首を振る。
「ううん。これだけじゃないから、まだたくさんあるんだ。キリがないよ」
その手に持つ書類を見て、そう言えば、とヘイデンの言葉を思い出した。
退室届けだ。
少し嬉しくなって、ノアはリオネルに笑ってみせた。
「何言ってんの、俺のこと誰だと思ってる?全部持ってけるよ?」
「ええ?」
本当にいいの?とそわそわするリオネルに笑って頷いて、早速荷物を運び出しているというヘイデンを呼び止めに行かせた。
その間に、リオネルが自分でまとめていた荷物を、ノアの鞄の中にどんどん納めていく。
単身者二人分の引越しくらいなら、ノアがいくらでも手伝ってやれる。
どうして言われた時に思いつかなかったのか、自分で呆れるほどだ。
宿舎は大きな家具は備え付けなので、リオネルの荷物は全部鞄に収められてしまう大きさで、ノアはあっという間に荷物を片付け終わった。
ノックに続く扉の音に振り返る。
顔を覗かせたリオネルもヘイデンも、さっぱりと綺麗になった室内に目を丸くした。
「全部終わったよ。先週まで本部付けだった俺が確認したから、引き渡しが問題ないことも請け負うよ」
「わあ、ノアさまさま……。すごい……!」
両手を組んで感動の面持ちで部屋を見回すリオネルが可愛くて、ノアは声を立てて笑った。
それから、そんなリオネルを嬉しそうに眺めているヘイデンに顔を向けた。
「ヘイデンの部屋もやっつけようか?」
「やったー!ノアさんめちゃくちゃ頼もしい!」
そのあとは、三人でヘイデンの宿舎の荷物を片付けた。
ヘイデンの部屋には、鞄に入り切らない大きな寝椅子があったので、それは二人の交渉の部屋に一時避難してもらうことにした。
元々、すぐに使わない荷物は交渉の部屋に避難していたようなのだが、
寝椅子は備え付けだったのか自分で用意したのかわからなくなってしまったのだという。
「そんなことある……?」
「多分、貰ったんだよね……。買った覚えはないんだ」
「いや、こんな贅沢な寝椅子は、備え付けでは置かないよ……」
ヘイデンの部屋はリオネルの部屋と違って雑多なものが多く、
リオネルとノアは、ああでもないこうでもないと言いながら要らないものを選別して、
捨てるためにノアの鞄にまた納めたりもした。
「先輩からもらったもの、何でもかんでも置いておくからだよ!」
リオネルから両頬をつねられて少ししょんぼりしているヘイデンを尻目に、
残った荷物を鞄に納めて、ノアは室内をチェックした。
部屋の引き渡しは問題なし。
管理課の扉も、ヘイデンの認証を解除済み。
リネン類は全て外して出し終わっていて……。
「え?」
気づいてしまった違和感に、動きを止めた。
「ノアさん、どうしたの?疲れちゃった?」
ただ鞄に荷物を納めていただけのノアには、疲れも何もなかったけれども、頬を赤くしたヘイデンを見て、リオネルを見る。
「ヘイデンとリオネルって、もう番ってるんだよね?」
「ん?うん」
首を傾げて頷くリオネルに、ヘイデンも微笑んだ。
「なんでヘイデンの扉は、部屋につながるの?
開かなくなるんじゃないの?」
ノアの言葉に、リオネルとヘイデンが顔を見合わせた。
「あの、それは……、その」
少しだけ言いづらそうにリオネルが言葉を繋げようとして、口を閉じ、それからノアの顔をまじまじと見た。
「え……?ノアさん、誰かと番ったの?」
「あ……」
しまった。
咄嗟にそう思ったけれども、ヘイデンの顔を見て、ピアスのことを思い出した。
こうなったらいっそ、リオネルに相談すればいい。
見えにくい付け方のことも、つけたことのないピアスの、手入れのことも。
自分の迂闊さに苦笑いが浮かんだけれど、ちょうどよかったと思うことにした。
「うん。あー、それで、ちょっと相談したいことがあるんだ」
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