66 / 67
第66話 発火
「貴殿の献身と挺身に敬意を評して、
魔力譲渡開始の合図のための魔道具をここに。
不許可の場合は三回叩いて合図されたい
ローグ・オルブライト」
ごく小さな、真っ赤な石の、ピアス。
合図のための魔道具といえば、先日の遠征で師団から貸与された共鳴魔道具を思い出したが、
それとは作りも大きさも全く異なる、小さな、小さなピアス。
ローグの署名のすぐ隣に留められたピアスの石が、暖炉の火をキラキラと跳ね返した。
「めちゃくちゃ、目立つじゃん……」
ごくごく小さいのに、やたらと鮮やかで。
もしも、それがローグの目に止まりでもしたら。
あれがノアだったと、気づかれでもしたら。
毛皮を引き寄せて、脚を体に引き寄せて、
それから、ピアスごとローグの書き付けを額に押し当てた。
「ばか。ローグさんのばか……」
静かな火の音が、かすかに手の中で震えていた。
その後は結局眠れなかった。
寝台の上で毛皮にくるまって転がったり、起き上がってうろついたりしながら、ピアスをどうするべきかを考えていた。
扉のノックの音。
「ノアさん?」
「起きてるよ。入って」
ヘイデンが扉の向こうから顔を覗かせて、ヘラッと笑った。
「顔色良くなったね」
そう言われてみて、体のだるさがずいぶん取れていたことに気づいた。
「うん、楽になったかも」
窓の外はほんの少しだけ明るくなりかけていて、夜が明けつつあるのにも気がついた。
「リオネル先生から、明け方が一番熱が上がりやすいって言われてたから、ちょっと安心した。
起きてたら飲ませてって言われてるから、お薬淹れるね」
「げっ」
寝てればよかった。
そう言ったノアに笑い声を立てたヘイデンが、思いの外手際よく薬湯を準備してくれた。
暖炉の前にしゃがんで、沸かした湯をカップに移すヘイデンを見て、ふと耳元の飾りに気がついた。
「あれ。ヘイデン、ピアスつけてるの?」
チラとこちらに目をやったヘイデンが、にこっと微笑みを浮かべた。
「うん。リオネルとお揃いなんだ」
「へえ……。え、今までも付けてた?」
立ち上がったヘイデンを見上げると、もうすっかりピアスは見えなくなっていて、今まで見えていなかったのだと気づく。
「うん。でも俺騎士でしょ。なくしそうだから、邪魔にならないとこにつけてるんだ。下からだと見えにくいよね」
「全然気づいてなかった」
あまりの驚きに、手渡された薬湯を何の気なしに口に運んでしまった。
「――っ、まっず……」
「ためらいなく飲むなあって思ってた」
言ってよ!
何とか薬湯を飲み干し、施療院から戻ってきたリオネルから「もう一日休み」と言われて、寝台に転がって。
ピアスのことを解決できそうな安心と、薬湯の効果のせいか、ノアはそのままぐっすりと眠り、その晩にはすっかり回復していた。
目の前。
テーブルに置かれたローグの書き付け。
そこに留められた小さなピアス。
ずいぶんと軽くなった体を椅子に預けて、膝を抱えて頭を乗せた。
熱が出ていた。とはいえ、あの日は、どうかしていた。
耳元に手をやって、道の場所をなぞる。
それから手のひらで覆って、隠してしまいたかった。
――ビイィィィ…………ン
急に、室内に鳴り響いた小さな音に、ぴくりと体を震わせて頭を上げる。
見れば、書き付けに留められたピアスが小さく震え、紙が音を立てていた。
慌てて書き付けからピアスを外すと、小さな音は消え、ピアスは手の中で静かに震えていた。
「――び……っくりした……」
手のひらの中、震えるたびに暖炉の火を跳ね返して、ピアスはきらきらと輝いていて、
その小さな体いっぱいで、ノアにローグからの合図を伝えていた。
やがてピアスの震えが止まり、ふと北方でのことを思い出す。
「あ」
そうか。
「これだ」
ルベルたちが言っていた。
おやすみ替わり。
「――――っ」
思い出した途端なぜだか体中の熱がお腹の中心に集まって、
思わず息を止めて体を固くしたノアの中、ぱっと弾けた。
ローグのかけてくれた「おやすみ」の声が耳元でよみがえって、
そんなことを思い出す自分が嫌で、
どうしようもなく恥ずかしかった。
ともだちにシェアしよう!

