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第66話 発火

「貴殿の献身と挺身に敬意を評して、  魔力譲渡開始の合図のための魔道具をここに。  不許可の場合は三回叩いて合図されたい  ローグ・オルブライト」  ごく小さな、真っ赤な石の、ピアス。  合図のための魔道具といえば、先日の遠征で師団から貸与された共鳴魔道具を思い出したが、  それとは作りも大きさも全く異なる、小さな、小さなピアス。  ローグの署名のすぐ隣に留められたピアスの石が、暖炉の火をキラキラと跳ね返した。   「めちゃくちゃ、目立つじゃん……」  ごくごく小さいのに、やたらと鮮やかで。  もしも、それがローグの目に止まりでもしたら。  あれがノアだったと、気づかれでもしたら。  毛皮を引き寄せて、脚を体に引き寄せて、  それから、ピアスごとローグの書き付けを額に押し当てた。 「ばか。ローグさんのばか……」  静かな火の音が、かすかに手の中で震えていた。  その後は結局眠れなかった。  寝台の上で毛皮にくるまって転がったり、起き上がってうろついたりしながら、ピアスをどうするべきかを考えていた。  扉のノックの音。 「ノアさん?」 「起きてるよ。入って」  ヘイデンが扉の向こうから顔を覗かせて、ヘラッと笑った。 「顔色良くなったね」  そう言われてみて、体のだるさがずいぶん取れていたことに気づいた。 「うん、楽になったかも」  窓の外はほんの少しだけ明るくなりかけていて、夜が明けつつあるのにも気がついた。 「リオネル先生から、明け方が一番熱が上がりやすいって言われてたから、ちょっと安心した。  起きてたら飲ませてって言われてるから、お薬淹れるね」 「げっ」  寝てればよかった。  そう言ったノアに笑い声を立てたヘイデンが、思いの外手際よく薬湯を準備してくれた。  暖炉の前にしゃがんで、沸かした湯をカップに移すヘイデンを見て、ふと耳元の飾りに気がついた。 「あれ。ヘイデン、ピアスつけてるの?」  チラとこちらに目をやったヘイデンが、にこっと微笑みを浮かべた。 「うん。リオネルとお揃いなんだ」 「へえ……。え、今までも付けてた?」  立ち上がったヘイデンを見上げると、もうすっかりピアスは見えなくなっていて、今まで見えていなかったのだと気づく。 「うん。でも俺騎士でしょ。なくしそうだから、邪魔にならないとこにつけてるんだ。下からだと見えにくいよね」 「全然気づいてなかった」  あまりの驚きに、手渡された薬湯を何の気なしに口に運んでしまった。 「――っ、まっず……」 「ためらいなく飲むなあって思ってた」  言ってよ!  何とか薬湯を飲み干し、施療院から戻ってきたリオネルから「もう一日休み」と言われて、寝台に転がって。  ピアスのことを解決できそうな安心と、薬湯の効果のせいか、ノアはそのままぐっすりと眠り、その晩にはすっかり回復していた。  目の前。  テーブルに置かれたローグの書き付け。  そこに留められた小さなピアス。  ずいぶんと軽くなった体を椅子に預けて、膝を抱えて頭を乗せた。  熱が出ていた。とはいえ、あの日は、どうかしていた。  耳元に手をやって、道の場所をなぞる。  それから手のひらで覆って、隠してしまいたかった。    ――ビイィィィ…………ン    急に、室内に鳴り響いた小さな音に、ぴくりと体を震わせて頭を上げる。  見れば、書き付けに留められたピアスが小さく震え、紙が音を立てていた。  慌てて書き付けからピアスを外すと、小さな音は消え、ピアスは手の中で静かに震えていた。 「――び……っくりした……」  手のひらの中、震えるたびに暖炉の火を跳ね返して、ピアスはきらきらと輝いていて、  その小さな体いっぱいで、ノアにローグからの合図を伝えていた。  やがてピアスの震えが止まり、ふと北方でのことを思い出す。 「あ」  そうか。 「これだ」  ルベルたちが言っていた。  おやすみ替わり。 「――――っ」  思い出した途端なぜだか体中の熱がお腹の中心に集まって、  思わず息を止めて体を固くしたノアの中、ぱっと弾けた。    ローグのかけてくれた「おやすみ」の声が耳元でよみがえって、  そんなことを思い出す自分が嫌で、    どうしようもなく恥ずかしかった。  

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