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番外編 ハニエルのひとりごと
孫が生まれたと聞いて、ハニエルはさっそく妻のエバと共にラツィエルの屋敷へ向かった。
ついひと月前には長男のザキフェルとツァイの間に第一子である長女が生まれたため、領地の方にも行ってきた。生まれてくるのを今か今かと待っていた初孫だ。
孫は小さいのに生命力に満ちていて、なんだか感動してしまった。エバが息子たちを生んでくれたときのことを思い出して、思わず涙ぐんでしまったほどだ。
ハニエルは宰相という国の重鎮ともいえる立場だ。国内外に味方は多いが、敵も多くいる。常に仕事のことが頭にあり、気を抜けないハニエルの精神を支えるのが、家族の存在だった。
愛する妻と、立派に育ってくれた息子たち。息子たちがそれぞれ選んだ伴侶と、彼らの間に新たな家族が加わった。
「一年前までは、ラツィエルに子どもができるなんて思わなかったよねぇ」
「あら。私は息子を信じてたわよ?」
「エバには敵わないな……」
かつてラツィエルがレーシュを結婚相手として連れてきたとき、ハニエルは「おや」と気づいた。息子たちには恋愛結婚を認めていたが、二人の間に恋愛感情があるようには見えなかったのだ。
貴族は政略結婚が多い。そのため周囲で疑問に感じた人はいなかったようだし、どちらにせよ本人たちが結婚を望んでいるのなら問題はない。
しかし鋭い観察眼を持つハニエルと、おそらくエバも、二人の間の矢印が一方通行なのでは……と感じ取っていた。なんならラツィエルでさえ、強い恋愛感情というよりも憧れから派生した独占欲で行動しているような気がした。
すぐに別れたりしないだろうな……? と心配していたものの、案外二人は平穏な結婚生活を長く続けていた。結局のところ結婚とは家同士の契約だから、風変わりな関係性でも利害が一致していれば続くのである。
こっそりとラツィエルの屋敷の使用人には定期的に二人の様子を報告させていたが、驚くほど変化がなかった。些細な口喧嘩はあれど、二人の距離感は十年も一定だったのだ。
彼らが完全にすれ違いの生活を送ろうとも、体の関係がなくとも、大きな問題ではないように思えた。……ラツィエルの我慢が限界を超えなければ。
ところが変化は、レーシュの突拍子のない思いつきからもたらされたようだ。後から知ったことだが、そこにハニエルの不調が重なり、麻薬の調査が重なり、うねりにうねって大きな波となった。
結果として――念願叶ってラツィエルは両想いとなり――二人の間に子どもができた。ラツィエルが子どものことを知ったのはだいぶ後だったらしいが、男というのは大抵妻に出遅れて情けない思いをするものだ。
レーシュが事件に巻き込まれたときはその後もしばらく、ハニエルはひどく落ち込んだ。国王陛下にも慰められるほどだったものの、レーシュ自身はけろりとしていて「お父様のせいだなんて考えたこともありません。むしろ|あの息子《ゲモリー》を煮たり焼いたりしてくださると嬉しいです」と言ってのけた。
言葉を飾ることの知らないレーシュだからこそ、ハニエルはほっと安堵したものだ。
屋敷について馬車を降りると、レーシュが出迎えてくれた。少しくたびれているが、それさえも影のある美貌になるのがこの子のすごいところだ。
「レーシュ、おめでとう。美人さんに隈ができてるわよ~? 乳母はどうしているの」
「ありがとうございます、お義母様。ええと……乳母はいるんですが、夜中に元気な声を聞くと僕も目が覚めちゃって」
「あら、そういうときは離れた部屋にしちゃえばいいのよ。そのために乳母はいるんだから」
エバがレーシュに母としてのアドバイスをしている。一方、ハニエルは息子の姿が見えないことが気になった。
「ラツィエルはどうしたんだい?」
「さっきラファのおむつ替えをしてたんですよ。そうしたら……あはは、服を汚されちゃって」
「なるほど。あの子も父親をやってるんだな」
さっそく子供部屋に向かうと、乳母は静かに退出していく。入れ替わりで着替えていたらしいラツィエルが戻ってきて、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「ラファのやつ、自分だけすっきりして寝やがった。レーシュのときは大人しいくせに」
「そんなことないって」
ハニエルはゆりかごで気持ちよさそうに眠る孫の顔を見つめた。名前はラファリエルという。男の子だ。
髪は淡い金色で、同じ色のまつ毛は長くてふさふさしている。薄紅色の頬はふっくらとして、まさに天使といっても過言ではない。
「エバ! ラファは私に似てない!?」
「いやねぇ、私に似てるのよ」
この可愛い赤ん坊が、どんな風に育つのか楽しみだ。それと同時に、息子夫婦の関係も育っていくのだろう。
二人の方を見やると、昔感じた違和感はどこへやら、寄り添って立つ姿はとても自然だった。成熟した夫婦の姿にはまだ遠く、この赤ん坊と一緒に成長していくに違いない。
新しい命、遅い恋をしている夫婦。彼らを見ていると、ハニエルはもっと国の未来を明るくしなければならないと思う。
自分の下の世代が国を背負っていくときのために、なるべくやっかいな荷物は減らしておきたい。
(……また働きすぎだってエバやレーシュたち補佐官に怒られるんだろうけどねぇ)
これがハニエルの性分なのだ。レーシュが攫われたときは自分ならいつ死んでもいいとさえ思ったが、あのとき死ななくてよかった。やるべきことは山積している。
ミルクの匂いをさせてすやすやと眠っている孫のことを考えると、次のそのまた次の世代の未来まで考えた施策が必要だろう。
(ああ、まだ死ねないなあ)
いまの国王陛下とは、バディのように今世を駆け抜けてきた。しかしまだまだ引退できなさそうだ。
アツィルト王国はもっと良くなれる。行けるところまで行ってみよう。
「ラファ、おじいちゃまに任せなさい」
「なに言ってるんだか。ふふふ」
これにて番外編も完結です。ありがとうございました!
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