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16 星空
外に出るにはまだ早いといった話を交わしてから数日後、ようやくキーニの助けなしにも以前のように歩けるようになった。
きちんとした日数を数えられる状態でなかった為ざっくりとではあるが、ここまで回復するのにおおよそ二十日ほどかかっている。つまりディーウィットが乗っていた定期船は、悪天候などが原因で航海に遅れが生じたにしても、さすがにもう皇都に寄港している計算になる。
体力が落ちている時は頭が正常に働いておらず、そんな単純なことにすら気付けなかった。だが体力が戻るにつれ思考が明瞭になってきたことで、ディーウィットは己が置かれている状況がどんどん拙いものになってきていることに焦燥感を覚え始めていた。
相変わらず献身的にディーウィットの面倒をみてくれているキーニだが、ここ数日はディーウィットから話をしようとするとあからさまに話を逸らされることが増えた。代わりに、キーニはジュ・アルズの話をよく聞かせてくれるようになってきた。
雨量の多いジュ・アルズでは、帝国から仕入れた食物の苗は育ちにくいという。悩むキーニにディーウィットは、「雨量が多いと土壌の栄養が流れてしまいやすいからなのではないでしょうか」と考えを述べた。以前、外国からの商人と苗について話をした際、似たような話を聞いたことがあったのだ。
キーニは驚いたように目を見開いた。
「成程、土壌の問題か」
「はい、恐らくは。解決方法として、土壌に栄養を与える為に行う焼畑農業というものがありますが、これには利点と欠点がありまして――」
森林火災の危険性や、同じ場所は一度使用すると休ませねばならないことを伝えると、キーニは唸った。
「ジュ・アルズの土地を傷付ける危険は冒せないな。なら諦めるしかないか。……帝国で食せる食物を部族の皆にも味わせてやりたかったのだが」
なお、アーべラインにはジュ・アルズは『太陽の大地』という意味として伝わっていたが、キーニによれば正確には太陽が神でありジュ・アルズなのだそうだ。この地は太陽神のものであるので、ジュ・アルズが『太陽の大地』であるのも間違っていないのだとか。ややこしいが概念の違いなのだろうと納得する。
「ただ、全てを諦める必要はないかと」
「どういう意味だ?」
「土壌が肥沃でなくとも育ちやすい食物はあります。芋や大根など地中に深く根を張る種類のものなどは育ちやすいと聞いたことがあります」
キーニが子供のように目を輝かせた。
「詳しく教えてくれ!」
「はい、勿論」
このような知識の交換や議論をするのは、単純に楽しかった。しかし、これまでアーべラインという船を沈ませない為だけに歯を食いしばりながら収集した知識が、まさかこんなところで役に立つとは。
キーニとこうして話していると、かつてアルフォンスとああでもないこうでもないと議論した時間が思い出されて、懐かしくもあった。郷愁の念に近いのかもしれない。
キーニは次々と問いを投げかけてきた。
「森林火災といえば、つい先日少し離れた場所で自然火災が起きた。こちらまで届くことはなかったが、ヒヤリとしたことがあってな。何か知恵はないか?」
「僕の国は全体的に空気が乾燥しているので、元々火が燃え広がりやすいのです。その為色々と試行錯誤をし、防火の為に空間地帯を設けることで延焼を防ぐことに成功しましたよ」
「空間地帯? 詳しく聞かせてくれ!」
「はい」
前のめりになるキーニの様子が微笑ましい。ふと気付くと、ディーウィットの頬が自然に緩んでいた。まさか自分が無意識に笑うことがあるなど思いもしなかったディーウィットは、ハッとして片手で自分の頬に触れる。するとこちらも笑顔のキーニが、空いている方の頬に大きな手で包み込むように触れてきた。
「泣き顔より笑顔の方が万倍もいい」
「え、あ……っ」
顔を近付けられて、瞳を覗き込まれるように見つめられてしまう。ディーウィットは全身がカアアッと熱くなり、自分の変化に戸惑い咄嗟に目を逸らした。
するとキーニが、乞うような囁き声を出す。
「ディト、その美しい星空をもっと見せてくれ」
「え? 星空とは……っ」
尋ね返す際つい目を合わせると、愛おしげに目を細めたキーニの顔が目の前まで迫っていた。
「キ――」
くちゅ、と唇を優しく食まれた後、自然と腰を引き寄せられキスがどんどん深くなっていく。ディーウィットが酸欠になりキーニにぐったりと体重を預ける頃になって、ようやくキーニは解放してくれた。
「はあ……っはあ……っ」
「ディト、俺の『ムウェ・ラデ』」
耳元で囁かれたディーウィットは、キーニの腕の中の温かさに無性に泣きたくなり、瞼を閉じて首筋に顔を埋めた。
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