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32 味方

 デアーグのあまりに自己中心的な考えに、頭がくらくらした。  だが、なんとしてでも最悪の事態は止めねばならない。 『待ってくれデアーグ! 落ち着いて今後の話を――』  だがデアーグはくるりと背中を向けると、船舶から下りてくるところだった見覚えのある佞臣の元に向かって駆け出してしまう。 『今日はどこに泊まるの!? 綺麗な所じゃないと嫌だよ!?』  佞臣はディーウィットの姿を見てギョッとした様子だったが、すぐにデアーグに目線を戻すと「勿論、迎賓館にお泊りいただきますよ。ご心配なく」と答えた。 『ちょ、ちょっと待て、デアーグ……!』  拙い。迎賓館などという高貴な場所に行かれてしまっては、身分を証明するものが何もないディーウィットは、追いかけて説得することが叶わなくなってしまう。  慌てて追いかけようとしたが、キーニにひょいと抱き上げられてしまった。ジタバタと暴れる。 「キーニ、離して下さい! 追いかけないと、話をしないと、迎賓館に行かれたら全てが遅くなってしまう!」 「迎賓館? あいつらは迎賓館に泊まるのか?」  ディーウィットはブンブンと首を縦に振る。 「そうらしいです! 僕は何もかも船に置いてきてしまったから王族の証明がないんです! だからデアーグを止めるのは今しか……っ」 「そうか」  キーニは縦に持ち上げていたディーウィットをくるりと横抱きに抱え直すと、にこりと笑った。 「迎賓館なら割と顔が利くから問題ないぞ」 「え……? あ、次期首長だからですか?」 「まあそんなところだ」  キーニは言葉を濁したが、これは朗報だった。迎賓館にさえ入れれば、デアーグを説得する機会を得られるかもしれない。 「よかった……!」  ひとまず最悪の事態は先延ばしにできた。安堵の息を吐くと、キーニが横目でデアーグが去っていった方向を睨みつける。 「ではディト。俺の質問に答えてもらおう」 「は、はい?」 「あの小うるさいのはなんと言っていたんだ」  あの小うるさいの。どう考えてもデアーグのことを指している。これまでずっとディーウィットを悩ましてきた存在のことを小うるさいのひと言で片付けたキーニがおかしくて、思わず小さく笑ってしまった。すると、強張っていた身体の力が抜けていく。  やはりキーニはディーウィットにとって安らぎを与えてくれる愛しい存在なのだと、改めて実感した。 「あの……あれが例のデアーグなんです」 「成程、あれがか。言ってる言葉は分からなかったが、裏表が激しそうだということは見てすぐに分かったぞ」 「ふ……ふふっ」  淡々と感想を述べるキーニに、今度こそ毒気を抜かれてつい吹き出してしまった。こんなこと、祖国では誰ひとりとしてディーウィットに言ってくれなかった。許せない自分が優しくないのか、悪いのは自分がいけないからかと考えさせられる日々は、ディーウィットの神経を削り続けてきた。  だが、ろくに事情を知らないキーニは、素直な印象を伝えてくれた。ずっとずっと、ディーウィットは味方が欲しかった。ディーウィットが不快に感じるのはディーウィットのせいではないのだと言ってくれる存在を求めていた。  それが今、自分の隣にいてくれる。こんな幸せなことが他にあるだろうか。 「ふふ……そうですね、僕の前では裏の顔ばかり見せてくれますが、確かに二面性がありますよ」  ディーウィットがデアーグに対する素直な感想を口にできたのは、今が初めてだった。言ってみたら、簡単なことだった。祖国ではデアーグに逆らうことは王家に逆らうことだった。王家に逆らうことは、家族に捨てられるという意味だった。  最初から家族には捨てられたも同然だったというのに、何を恐れていたのだろう。  キーニが肩を竦めた。 「あれに騙されるのがいるとしたら、お前のところの家族は随分と脳みそが足りないのだな」 「ぶ……っ、ちょ、ちょっとキーニってば、笑わせないで下さいよ」  家族のことを貶されているというのに、ディーウィットの心には爽快な風が吹いていた。  するとキーニが今度は、こちらを睨みつけながら立ったままのアルフォンスを見て顎をしゃくる。アルフォンスはギッとこちらを睨むと、背を向けて駆け足で去っていってしまった。 「……ふん。で、あれが例のお前の部下だとかいう男か。アルフォンスという名が聞こえたぞ。随分と嫌な目つきで見ているが、どういうことだ? あれも騙されている口か? だからといってあの目つきは臣下としてあり得ないと思うが」  穏やかな口調ではあっても、有無を言わさない雰囲気だった。眉尻を下げながら、ディーウィットが呟きを返す。 「……聞いても不快になるだけだと思いますよ」 「構わない。あの小うるさいのが言っていた言葉を通訳しろ。隠し立ては許さない」 「……はい」  こうしてディーウィットは、先程デアーグがディーウィットに投げつけた言葉をひとつひとつ訳して伝える羽目に陥ってしまったのだった。

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