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31 デアーグ
キーニはアーベライン語は理解できない。
だからディーウィットとデアーグの会話の内容は全く分かっていない筈だ。だが「大丈夫だ、自分は味方だ」とばかりに腰を掴む手に力を込められたお陰で、これ以上逃げずに済んだ。
デアーグが、ニタニタしたまま距離を詰めてくる。少し冷静になってきて、気付く。デアーグは先程から小声でしか話してこない。その理由はひとつ。後ろにいるアルフォンスに聞こえないようにする為だ。つまりデアーグは、アルフォンスに対し本性を曝け出していないということにならないか。
『船の中でさ、毎晩アルフォンスに抱かれちゃった。あいつさ、ものすごく情熱的なんだよね。お前の時はどうだった? ヤッたらおしまいな感じ?』
『……侮辱はやめてくれないか』
抱かれちゃったという言葉が一瞬理解できなかったが、遅れてじわじわと理解していく。まさかあの真面目一辺倒なアルフォンスと一度はアルフォンスを放逐したデアーグが身体の関係を持つほどに距離を近付けていたとは意外だったが、アルフォンスと自分までそんな関係と思われていたとは心外だ。
『僕とアルフォンスはそんな関係じゃない』
『うっそ! あれだけ自分に縛り付けておいて? うわあ、やっぱりお前って勝手だよね! アルフォンスってば可哀想! お前に散々こき使われて、お前の価値なんて性欲の発散の捌け口くらいしかなかっただろうに!』
顔を歪めても、デアーグの顔は美しい。だが、語る内容はあまりにも醜悪だった。
デアーグの小声での口撃はまだ続く。
『あ、あとさあ。お前さ、皇帝の見た目が滅茶苦茶格好いいって知った上で黙ってたんでしょ? あの後、皇帝の姿絵を見たんだからね! 本当お前って意地悪だよね。知ってたら、最初から僕が行ったのに。どうして可愛い弟をそう虐められるの? 信じられない』
『……デアーグ、何を言ってるんだ?』
枯れた声が出た。デアーグが何を言っているのか、本当に分からなかったのだ。有無を言わせずディーウィットを皇都に送りつけることを決定事項として命じたのは王家の方じゃないか。なのにそれが何故ディーウィットが隠し事をしたという話になるのか。思考回路が一切理解できない。それか、デアーグにとって事実や筋などどうでもよく、全てが主観なのかもしれない。これまでずっとそうだったように。
ここでようやく、デアーグがディーウィットから距離を置いた。
後ろで控えているアルフォンスの元に可愛らしく駆け寄ると、腕にぴとりとしがみつく。甘えるような仕草で、アルフォンスに向かって言った。
『ねえアルフォンスぅ。やっぱり兄様は僕とアルフォンスにぜーんぶ押し付けて自由になろうとしてたみたいなんだ。酷いよねえ』
アルフォンスは目を見開いた後、これまで一度も向けたことのない敵意が含まれる眼差しをディーウィットに向ける。
『だから船からは落ちただけだと!』
だが、デアーグはディーウィットの主張をそよ風かのように流した。
『でも僕は兄様想いだから、アルフォンスのことは大好きだけど、泣く泣く皇帝のものにならないといけないんだ。……分かってくれるよね?』
『デアーグ様……!』
『僕が皇帝に寵愛されても、アルフォンスはずっと僕の味方のままでいてくれる? 傍にいてくれる?』
アルフォンスが、自分の腕に絡みついているデアーグのシミひとつない綺麗な手を包み込んだ。
『勿論です。このアルフォンス、どこまでもデアーグ様にお供致します……!』
あのアルフォンスから、まさかこんな言葉が発せられるとは思ってもみなかった。
『アルフォンス! 嬉しいっ!』
ひしと抱き締め合う二人を見て、ディーウィットは呆然としてしまっていた。
デアーグはアルフォンスに抱きついたまま、わざとらしく瞳を潤ませて言う。
『兄様、僕は国の為に犠牲になるから……! その人と一緒に逃げても、父様たちには内緒にしておいてあげるね! もう二度と会わないと思うけど元気でね! さようなら!』
『は……?』
ここまでくれば、いくらデアーグと会話を交わすことが稀なディーウィットだとて分かった。デアーグは最初は嫌がっていた皇配を引き受けるつもりなのだ。
恐らくは、皇帝の見目が麗しいという噂を聞きつけ、ころっと考えを変えてしまったのだろう。しかも自分が皇后を差し置いて皇帝に寵愛される前提になっている。
あまりの自己肯定感の高さに、ディーウィットは言葉を失った。
だがそうなると、祖国に残された両親や兄はどう思うのか。目に入れても痛くないほど可愛がっていたデアーグが帝国に嫁いでしまったら、あの人たちが大人しくしているとは思えない。突拍子もないことをやらかすのがあの人たちなのだから。
ディーウィットは頭が痛くなってきた。
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