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38 最後の給餌
その日の夜は、まだ色々と聞きたいことがあったにも関わらず、「明日は支度があって早い。早く寝ろ」と言うキーニの温かい腕の中に抱き込まれている内に寝てしまった。
朝になりキーニにキスで起こされると、「朝食が来る。起きるぞ」と当然のように抱え上げられ膝の上に座らされる。給仕係が寝台脇に用意した朝食は、これまた当然のようにキーニ手ずから食べさせてくれた。
その間に、アルフォンスからの伝言が届いた。残念ながら説得は失敗したらしい。デアーグはアーベラインに帰らず、今日謁見をしてアーベラインの為に皇帝の寵を得てみせるのだそうだ。
「憐れなほどの自信だな」
キーニの言葉には、何も返すことができなかった。
キーニが一体何を考えているのかは、不明なままだ。ディーウィットが尋ねても「後ほど分かる」で終わってしまい、話にならない。だが皇配になるにしろ皇帝を謀ろうとした罪人になるにしろ、こうしてキーニに給餌されるのはこれが最後の機会になることだけは分かった。
デアーグが皇配になってしまった場合、デアーグが暴走しないようディーウィットが傍で見守る必要が出てくる。どう転んでも、もうキーニとはいられないのだ。
あれだけ恥ずかしかった行為が今はただひたすらに名残惜しく感じるのは、頭では分かっていた筈の別れに心が追いついていないからなのかもしれない。早く切り替えねば、とディーウィットは自分に言い聞かせた。
「宮殿に行くのに森の格好では色々とうるさく言う奴もいるらしいからな」
ということで、迎賓館が貸し出している謁見用の貸衣装に着替えることになった。キーニは赤を基調とした肌の露出が少なめな帝国の正装に身を包んでいる。赤は首長の家系が身につける色で、太陽神ジュ・アルズの色なのだとか。
威風堂々といった言葉がしっくりくる姿で、ディーウィットは思わず見惚れてしまった。
ディーウィットはというと、ほぼ白に近い淡い黄色の衣装を用意された。赤を着た者の隣に立つものはこれと決められているのだそうだ。下衣はゆったりとふんだんに布を使用しているものだからか、もう長いことぴったりとした服を着ていなかったが、そこまでの違和感は覚えなかった。
衣装係がディーウィットの髪をどうするかとキーニに尋ねる。キーニは「俺がやる」と言うと、濃紺のリボンを選び、淡い金色の長髪にリボンを巻き込みながら大きなひとつの三つ編みに結いていった。
「キーニは本当に手先が器用ですよね。僕の靴もあっという間に作ってましたし」
ろくに三つ編みすらできないディーウィットが感心していると、正装して更に雄臭い強者の雰囲気を増したキーニが、いつもの調子で歯を見せて笑った。
「当然だ。器用でなくば、伴侶の面倒を細やかに見られないだろうが」
「は、はあ……」
なんとも返しにくい返しに、ディーウィットは曖昧な笑みを浮かべる。もしや給餌行為を含む様々な行為は、本来なら全てキーニの伴侶となるべき人が受けるべきものだったのでは、と気付いたのだ。
脳裏にキーニが見知らぬ女性を膝の上に乗せディーウィットにしていたのと同じことをする姿が浮かび上がると、胸が勝手にジクジクと痛んだ。
だが、今日でキーニとはお別れだ。彼が未来の伴侶をたっぷり甘やかす場面を見なくても済むのは、ある意味幸せなことなのかもしれない、と前向きに考えることにした。
結局、恩返しなど何ひとつできなかった。だから最後に誠心誠意で謝罪でなく礼を述べようと決めた。優しいキーニなら、きっと笑って許してくれる。そう思いたかった。
キーニは髪を綺麗に整えると、最後に額飾りをディーウィットの頭に乗せ満足げに頷く。
「綺麗だディト」
「有難うございます」
思えば、ディーウィットを手放しに褒めて甘やかしてくれたのはキーニが初めてだった。そしてきっと、キーニで最後になるだろう。ディーウィットは自分の分というものは弁えているつもりだ。たとえ罰せられず皇配になれたとしても、寵愛されることなどはまずないだろうから。
だから、全部これで終わりだ。
「ディト、手をここに」
「はい」
キーニが差し出した腕に手を乗せ、二人は迎賓館を後にした。
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