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39 イェレミアス
宮殿は迎賓館の目と鼻の先にある。
貴賓が一旦外に出なくてもいいように配慮されているそうで、入ってきたのとは反対側の出入り口から直接宮殿の敷地内に入れるようになっていた。
門の前では、眩く乱反射する上下に身を包んだデアーグと、恐らくは借用したのであろう従者用の正装をしたアルフォンスが待っていた。
『遅いよ! もう随分待ったんだからね!』
デアーグは可愛らしく頬を膨らませているが、キーニは一瞥をくれただけですぐに隣のアルフォンスを見る。
「求愛する孔雀を思い起こしたぞ」
アルフォンスが申し訳なさそうに答えた。
「清楚な方がいいのではと進言はしたのですが」
デアーグのことなので、意見など聞き入れなかったのだろう。
「行くぞ」
キーニの言葉を合図に、四人で宮殿前にある広大な中庭を進んでいく。横に広がる宮殿の中央部分が謁見の間になっているそうだ。かなりの距離がある為、辿り着くだけでもひと苦労だろう。
すると謁見の間がある付近の扉から、人が飛び出してくるのが見えた。こちらに気付くと、突然駆け足になって向かってくる。
「キーニ!」
男性の声だ。手を大きく振りながら、キーニの名を呼んでいる。次第に距離が近付き、姿がはっきりとしてきた。満面の笑顔で手を振りつつ駆け寄ってきたのは、立派な体躯の美丈夫だ。髪は黒いが肌は白いから、部族の人間ではないようだ。落ち着いたゆったりめの黒衣に身を包んでいる。
「今か今かと待ち侘びていたのだぞ!」
男はどんどん近付いてきた。近寄れば寄るほど、男らしい端整な顔立ちであることが分かる。真っ青な瞳は、楽しそうに輝いていた。年は自分たちよりは上のようだ。三十路に入ったあたりだろう、とディーウィットは推測する。
キーニが笑顔になり同じように手を振る。
「久しぶりだな、イェレミアス!」
「久しぶりにもほどがあるぞ! リャナンもお前にとても会いたがっていた!」
イェレミアスと呼ばれた男性はキーニの前に立つと、バンバンと力強くキーニの肩を叩いた。かなり親しげだ。
だがディーウィットは、リャナンという名前で気付いた。リャナンは帝都に嫁いだというキーニの姉の名前だ。ということは、この人がリャナンの伴侶なのかもしれない。だとしたら親しげなのも納得である。
キーニの姉の伴侶に会ったら『ムウェ・ラデ』の意味を教えるとキーニに言われていたが、そうかもしれないこの人と『ムウェ・ラデ』に一体どんな関係があるというのだろうか。
不思議に思いながらも、この場で突然しゃしゃり出るほどディーウィットは無配慮ではない。なるべく息を潜め静かに二人の様子を見守っていると、突然イェレミアスがディーウィットの方を見た。
青空のような鮮やかな青い瞳を大きく見開き、これまた大きな笑みを浮かべる。
「そなたがキーニの『ムウェ・ラデ』か! おい、これは予想以上だぞ! すごいじゃないかキーニ!」
イェレミアスという人がとにかく喜んでいるのは伝わってきたが、何に対し喜んでいるのかがさっぱり理解できない。
「しかもこの姿――そうだ、知らせにあったな! ということは、『アーベライン王家の至宝、夜の光石の化身』がキーニの『ムウェ・ラデ』なのか!? どういうことだ!?」
大はしゃぎのイェレミアスを見て、キーニが苦笑した。
「落ち着け、イェレミアス。ディトが驚いている」
「ああそうだったな! これは失礼した、はじめまして! 私はイェレミアスだ。是非イェレミアスと呼んでほしい!」
サッと差し出された手を慌てて握り返そうとしたディーウィットは、その中指に嵌められた金属だけでできた大きな指輪を見てギョッとする。
嘘だろう、という言葉が思わず漏れそうになったが、必死に押し留めた。
ディーウィットの驚愕の視線に気付いたのか、イェレミアスが大きな笑顔になると、強引に握手をしてきた。
「はは、正体をバラす前にバレてしまったな! さすがは『アーベライン王家の至宝、夜の光石の化身』だ!」
「え、ええと、それは……ぼ……私のこと、なのですか?」
「そなた以外に誰がいる!? 年々『夜の光石』の採掘量が減り国庫の状態は逼迫気味しつつあると聞いていた。それが数年前から徐々に回復傾向にあると知り、聞けば博識で多国語をいくつも操る若き王子があるというではないか!」
イェレミアスは実に楽しげに続ける。
「王子と会うことができた者は皆口々にその聡明さと『夜の光石』と見紛う美しい濃紺の瞳が印象的だったと語った。私はもうそなたに会いたくてそなたを我が臣下として迎え入れたくて堪らなくなり、親書をしたためたのだ」
するとフ、と目線を落として暗い表情に変わった。
「だが、到着を待ち侘びていた私の元に届いたのは、そなたが船から落水したという訃報だった。なのにまさかキーニの『ムウェ・ラデ』になって現れるとは! やはり私は幸運だ!」
「え、ええ……?」
語る言葉は理解できても、内容がさっぱり理解できない。ディーウィットは唖然としてこの明るいイェレミアスを見上げるしかなかった。
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