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40 皇帝
イェレミアスは豪快な笑顔でキーニの肩を抱く。
「まあ立ち話もなんだ! とにかく中へ入ってキーニとは積もる話を、至宝とは今後についてこちらの提案を聞いてもらおうじゃないか! 私としては外交官もいいと思うのだが、そなたの希望はあるか?」
キーニが歩き出した。だが訳の分からぬまま流されるのは、決死の思いでここに辿り着いたディーウィットには許容できない。
不敬かもしれないとは分かりながら、声を張り上げ制止した。
「お、お待ちくださいませ皇帝陛下! 私には状況がさっぱり理解できておりません! 皇帝陛下は皇配を所望されたのではなかったのですか!?」
すると後ろから、アルフォンスが「こ、皇帝陛下!?」と驚きの声を漏らすのが聞こえてきた。デアーグが「え、なになに!?」と言っている声も聞こえる。
イェレミアスは目をパチクリさせてから、にやりと笑った。指に嵌めた皇帝の玉璽をクルクル回すと、ディーウィットに尋ねる。
「そなたは親書は読まれたか?」
微笑んだまま変わらず横に立つキーニの存在が、ディーウィットに勇気を与えてくれていた。人を愛すということは勇気を貰えることなのだと、ディーウィットは初めて知った。
背筋が伸びる。凛とした声で答えた。
「いえ。国王が目を通しましたが、私は見る機会はございませんでした」
ふむ、とイェレミアスが楽しげな様子で首を傾げる。
「成程、『皇配』……確かに字で書くと、『臣下』と似通ってはいるな。大方、そなたのところの国王が帝国語を読み間違えたのだろう。返信など、半分読めたものではなかったからな」
そうだったのか。蓋を開けたらなんのことはない、ただの読み間違いだったとは。内心驚きながらも、ディーウィットは頷いた。
「ということは、皇帝陛下が呼ばれたのは――」
するとその時、突然ディーウィットの肩が思い切り後ろに引かれる。思わず体勢を崩しそうになったが、キーニが腰を抱き、ディーウィットが転ぶのを防いでくれた。
「な……っ」
ディーウィットを押し除けるようにして身を乗り出してきたのは、デアーグだった。
『貴方が皇帝陛下ですか!? 僕、アーべライン王国の第三王子、デアーグ・アーべラインです!』
デアーグは満面の笑顔だ。頬を紅潮させて、目を輝かせている。
「デ、デアーグ! 待ちなさ……っ」
あまりの傍若無人さに慌てて引き戻そうとしたが、肘で押し除けられてしまった。
『わあ! 姿絵より全然格好いいんだけど! 僕の旦那様、宜しくお願いしまーす!』
デアーグはあろうことかアーべライン語で話しかけた上に、イェレミアスの腕に抱きつく。直後、イェレミアスの朗らかだった表情が一変し、虫ケラでも見るような目でデアーグを見た。
「なんだこの脳みそが軽そうなのは。誰が呼んだ?」
「も、申し訳ございません! それは私の弟でして――」
ディーウィットの言葉を遮ったのは、キーニだった。
「アーべライン王家の至宝といえば自分だろうと、イェレミアスの皇配になるべく遥々海を渡ったらしいぞ」
イェレミアスが不快げに片眉を上げる。
「は? 最低限の礼儀も知らぬ、帝国に来たというのに帝国語のひと言も喋ろうとしない愚かな小僧が? 頭がおかしいのか?」
『えっ、何言ってるの!? ねえアルフォンスなら分かるでしょ!?』
跳ね除けられたにも関わらず、拒絶されたことなど生まれてこの方ないデアーグはその意味に気付けなかったようだ。再びイェレミアスに腕を伸ばしくっつこうとしたところで、アルフォンスがデアーグに後ろから飛びつき羽交い締めにした。
『デアーグ様、不敬です! いい加減にして下さい!』
『ちょっと! 何するの! 僕の恋路を邪魔する訳!? ちょっと優しくしたからってつけ上がらないでよね!』
アルフォンスの腕の中で暴れるデアーグ。アルフォンスはこれまで、デアーグの裏の顔を見たことがなかった。だがデアーグは、皇帝を前にした瞬間本性を丸出しにして、アルフォンスを用なしとばかりに切り捨てたのだ。
暴れながら、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
『僕は皇配なんだよ!? お前みたいな顔だけの奴が触っていい身分じゃないんだからっ!』
手のひらを返し罵るデアーグを押さえつけたまま、アルフォンスは暫し沈黙していた。と、突然顔をディーウィットに向ける。
「……ディーウィット殿下、ここは抑えておきます! ご心配なく!」
アルフォンスが、どこか吹っ切れたような表情で言った。そのままデアーグを持ち上げ、この場から連れ去っていく。
『デアーグ様、行きますよ!』
『やだあっ、何するの馬鹿アルフォンス! やだっ、僕は皇帝のお妃様になるんだからあ――……っ』
デアーグの喚き声が、次第に遠のいていく。ディーウィットはイェレミアスに深々と頭を下げた。
「……誠に申し訳ございませんでした。身内の恥を晒してしまい、お詫びのしようもございません」
ディーウィットの肩に、温かく大きな手が乗せられる。
「アーべライン王家の話は、私の耳にも届いている。私の臣下となった暁には、梃入れすることもやぶさかではない。安心せよ」
「ほ……本当ですか!?」
帝国の支援があれば、激しい勢いで傾きかけていた祖国も生き長らえることができるのではないか。ディーウィットの願いは、ただひたすらに自分を守り育ててくれた者たちが住む地に安寧をもたらすことだったから。
イェレミアスが笑みを浮かべながら頷く。
「ああ、勿論だ。そうと決まれば――」
その時、ディーウィットに向かい伸びてきたイェレミアスの手をガシッと掴む褐色の手があった。
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