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15-限界の優越感 ※18

「されるがままになって、恥ずかしくないんですか?」 わざと首筋にささやきかけられて、上半身が震えた。 「ちょっ……ちょっと、待て、佐倉……」 「そんなだらしない顔して、厭らしいことされるの期待してたんですか。大好きですもんね、服従させられるの」 佐倉が膝をソファに突いて、スプリングが軋む。後ずさりしたくても俺は桔梗さんにもたれかかっているので逃げ場はない。 酒のせいか煽られたせいか、頬がカッと熱くなる。 「さすがに、見境なく誰でもいいとは思いませんでしたが。躾け方を間違えましたかね」 「うぅ……」 声を殺す俺の鎖骨を、佐倉の舌がなぞる。押し返す手に力が入らない。ぞくぞくとなんとも言えない感覚が肌を走り抜ける。 続くのはカシャリ、と乾いた音。 「もう一度、教え込んであげましょうか。ほら」 「んっ!」 噛み付くように唇を奪われる。熱い口の中を舌が動き回って、きゅうっと下腹辺りが甘ったるくうずく。与えられるまま、全身が痺れていく。奥まで犯すように侵入してきた舌を伝う唾液を、一生懸命飲み下した。 「大丈夫?苦しそう」 桔梗さんが俺の後ろ髪をあやすみたいに優しく梳いた。大丈夫なんかじゃない。でもこんな歳になって涎を垂らしているところを写真に収められる方が嫌だ。 「舌の真ん中あたり、絡めて甘く噛んで吸うと、期待しちゃうんですよね?びくびく震えて」 「ちが……ちが、う……っ」 「苦しくなるくらいの長いキスも好きでしょう?何度でもしてあげますよ」 イツキくんは被虐嗜好がありますもんね、と言う佐倉は愉快そうに目を細めた。俺がマゾじゃなくて、お前がサドなだけだろうと、言おうとするとまた深く口付けられる。 酸素を奪われる度に潤む瞳、濡れる口元。佐倉の言う通り、言うことをきかない全身はびくびくと期待に震える。 「そんなわざわざ、“俺の方が知ってる"みたいに言わなくていいってばー」 背後から桔梗さんのふてくされたような声がする。俺は乱れた呼吸を整えるのに必死だった。 「自分でけしかけといて、羨ましくなったか?」 「っていうか、つまんない。俺だけ蚊帳の外じゃん」 「俺の犬だしな」 「お膳立てしてやってるのは俺だもんねー!」 「……唯は挿れるの無し」 「えっ、ひどい、俺は生殺しなの?」 「当たり前だろ」 淡々としたやり取りの後、ちぇっと子どもみたいに舌打ちする桔梗さん。 すぐ耳元で繰り広げられる二人の会話は、淡々としているけれどそれはそれは凶悪だった。人を一体なんだと思ってるんだ。 全身から血の気が引いて、俺は反射的に右足を地面につける。ソファから立ち上がろうとすると桔梗さんが「おっと」と言って、俺の腕を引き戻した。 「じゃあせめてイツキくんが好きなトコ教えてよ。恥ずかしいことさせちゃったお詫びに、気持ちよくするの手伝ってあげるから」 「お詫びになってねえって……あ、うああっ!?」 後ろから顔を寄せられて気づかなかった。桔梗さんの酔っ払って熱を持った舌が、耳を軽く食む。 「さっきから見てたけど、耳感じやすいよね。かわいい」 ちゅ、ちゅ、とわざとリップ音を立てて舐められたり吸われたりする。優しく頭を撫でられて、責められているのか宥められているのか錯綜して脳が混乱する。 「耳もですけど、最近はこっちがお気に入りなんですよね」 「ひっ!?」 いつの間にか片手でシャツのボタンを外されて、顕になった肌を佐倉の指が這う。さっきは偶然桔梗さんに触られたが、今度は確実に目的を持って乳首を弄られる。 「ん、ぐ……うっ!」 「指で捏ねてから引っ掻くと、上も下も喜んで固くなるし」 「ひゃ、あああっ!?や、やら……そこ、いやだあっ」 「そこって?」 言葉にするのは恥ずかしい。痛みにも似た刺激を与えられて、目の奥でチカチカと光が弾けた。反射的に背中がのけぞる。 「ち、乳首。さわんな……あっ」 「キスしながらだとこのままイけるんですよね。こういうところばっかりは、本当に良くできてると思いますよ」 俺を支えていた桔梗さんが嬉しそうに声を跳ねさせた。 「わあ。創介が褒めるなんてめずらしい!」 そんなことを言われても、嬉しくもなんともない。 「ふ、ううぅっ」 塞がれた口で悲鳴を上げた。ぎゅう、と佐倉が乳首をつねったからだ。阿呆みたいに開きっぱなしになる口の端から唾液がだらだらと溢れて、それを佐倉の長い指がすくいとる。わざわざ胸の先に塗りつけるようにして、ぬるぬるといじめられる。 潰して、捏ねられて。耳は桔梗さんからぴちゃぴちゃと遊ぶみたいに責められて。酸素を奪っていく深いキス。同時に与えられる感覚に頭がおかしくなりそうだった。 否、もうおかしくなっている。 「ん、んんっ、もう、許して……。やだ、わけわかんないの、嫌……!」 逃げたくて、逃げられなくて。震える膝でどうにか腰を上げた。欲しくない快楽を発散させるためだ。 「ふっ、自分から腰上げるなんて。本当に犬みたいですね」 「う、あ、あー……っ」 僅かにソファから浮いた股の間に、佐倉の膝が差し込まれる。膝頭がそこにぴたりと当てられる。俺は息を飲んだ。 「あ、や……あああああああぁぁぁっ!?」 ぐりぐりと潰すように押し付けられて、圧迫感と想像を越えた刺激に息ができない。生理的な涙で霞んだ視界、カメラのフラッシュが僅かに映る。 失神してしまいそうに、気持ちいい。そんなのあり得ない。 「うわ……容赦なさすぎ。身体びくびくしてるけど、もしかして出ちゃったんじゃない?」 桔梗さんが心配するように言った。そんな体裁を取るなら今すぐ助けてほしいのに、彼は言葉とは裏腹に楽しんでいる。 「腰上げてないと、もっと辛くなりますよ」 ジーンズになんとも言えない、じんわりとした嫌な感覚が広がる。先走りをだらしなく零してしまっている自分に気がついて、恥ずかしさと情けなさでおかしくなりそうだった。 わかっている。自重で沈み込めば圧迫感はより強くなる。膝から力が抜けた。重力に従って、絶望的なほどにゆっくり、ゆっくり。 ヒイヒイと細切れの呼吸を繰り返して、俺は自分の身体を抱きしめて耐えるしかなかった。 「ちょっと、イツキくん。アンアン言わされてる場合じゃないよ」 桔梗さんが呆れたように言った。ぴくぴくと震える身体。俺はゆっくりと首だけを彼の方に向ける。 「そんな顔してもだめだって。泣いちゃうくらい恥ずかしいことしてる目的忘れちゃったの?創介に自分を選ばせるんでしょ」 「んなこと、言ったってぇ……」 びっくりするほど弱々しい声しか漏れなかった。そもそも話をややこしくしているのはあなただろうと、不満を込めた視線をぶつけてみるが酔っ払った桔梗さんは相変わらずだ。 むり、むり、と譫言のように繰り返して頭を振り続ければ桔梗さんが溜息をついた。 「そうやって拒むフリして流されておけば、ただの被害者で済むもんね」 「なんだよ、それ……?」 佐倉に聞こえないように、桔梗さんが声のトーンを落とした。この間にも佐倉はからかうように膝を押し付けてくるから、もう必死だ。 「イツキくん、ずっと被害者でいるつもり?それで満足?……求められるには、こっちから仕掛けなきゃ」 佐倉に対して感じている劣等感、言い様もない不安と焦り。全て見透かすみたいに桔梗さんは笑った。 くた、と桔梗さんの身体にもたれかかる。ぱさりと前髪が視界を覆った。もうどうにでもなれ。 「ずっと焦らされてきついでしょ。創介イジワルだもんね。……この後どうしてほしいか、ちゃんと言おうよ」 「言う?言うって……」 「……さっきから何、こそこそやってんだよ。唯」 不機嫌そうな佐倉。熱い。視線や、触られたところが、内側まで熱い。羞恥が度を越えて死にたくなる。 「む、無理。言えない」 「じゃあイツキくんが言うまで、寸止めし続けるね」 「えっ?……う、あっ、ごめっ、ごめんなさいいいいぃ……あああぁっ!」 さっき佐倉が示した通りに、後ろから回した手で両方の乳首をつねる桔梗さん。決して高ぶり続けた感覚が解放されるわけではなく絶妙に調節された力加減。叩きつけられるような快感に、正常な思考は追いつかない。 佐倉はじっと俺を見つめていた。今まさに、喘がされている俺を。いつか余裕を失くさせてみたい。そんな欲望が脳裏を掠めた。 「さ、佐倉……」 「はい?」 そろ、と桔梗さんの膝が動く。俺の膝裏に添えられたそれは、ロックするようにぐぐっと外側へ力を込められる。されるがままに俺は、佐倉に向かって足を大きく開いた。ボタンが外されたジーンズが、腰下までずり下がる。 「も、がまんできない……い、いますぐ、触って、ください。服の外から、だと、気持ち悪いから……」 「触ってって、どこを?」 「お、奥まで。お、終わらせて」 えっ、と耳元の後ろで桔梗さんが驚くのが聞こえた。 「そっち!?奥までって、なんでナカ前提なの?」 ぶはっと桔梗さんが吹き出した。恥ずかしくて俺は俯く。足腰が立つようになったら絶対に殴ってやろうと心に決めた。 佐倉は何も言わない。深みを増した濃い茶色の目に観察されながら、俺は必死に佐倉に向かって手を伸ばした。返される愛撫をに縋り付く。体温が、少し強引な指の動きが、気持ちよくて堪らない。 「ありがとう、は?」 「あっ、やっ、さ、触ってくれてありがとう、ございます……っ!」 有無を言わさない気圧され方に、自然と溢れるのは敬語。俺は馬鹿だ。 佐倉の指が、べたべたに濡れた先走りをすくう。桔梗さんによっていつの間にかずらされたズボンを捲るようにして、俺の後ろの穴へと塗り込められた。 ぴちゃぴちゃ、ぬちゃぬちゃ。みっともない音が感覚という感覚を全ておかしくする。 「俺にこうされるの好きですか?」 「やだっ、すき、好きだから、佐倉ぁっ……」 「嫌と好きって矛盾してますよね」 「あああああぁぁっ!?」 指を二本、一気に突っ込まれて目の奥がスパークした。それでも痛みや恐怖よりも快楽が打ち勝ったのは、それだけ俺が期待してしまっていたから。身体は嫌になるくらい正直だ。 ::: ひたり、と明らかに指より大きい質量のものを肌に押し当てられて戦慄した。「やだ」「まって」「おねがい」といった舌足らずの言葉はものの見事に無視されて、俺は佐倉とつながってしまう。 他人の目の前で。だらだらといろんな液体を身体中から垂らしてしまって。こんなみっともない姿を見せて、それでも萎えない自分が嫌になった。 「ちょ、ちょっと、イツキくん。危ないってば。落ちちゃうよ」 ソファに座る桔梗さんに正面から抱きつく。ちゅ、と軽いキスが与えられた。それが気に入らないのか、後ろから俺を責める佐倉の動きが激しくなった。右腕を手綱のように後ろへ引かれて、理性が飛びそうになる。 「膝、力、入らないぃ……」 「終わるまでちゃんと支えてろよ、唯」 「なーんで俺にはそんな無愛想なの?」 ダメだ、これ。絶対にダメだ。 追い詰められて暴発しそうな快楽の波が、緩急をつけられてうごめく。ダメだ。へたりこみそうになると、尻の辺りを容赦なく叩かれた。ひゃんっと犬みたいに屈辱的な声が漏れる。 「悲鳴あげてないで、膝立てて。もっと頑張れますよね。……俺を満足させて、誘ってくださいよ」 熱に包まれて、身体が散り散りになってしまいそうな強烈な感覚。 いやなのに、つらいのに、こわいのに、ほしい。 俺はこの完璧な人間から、求められたい。ぼたぼたと涙が溢れてこぼれた。 桔梗さんに助けを求める。彼は苦笑いをして首を振った。 「無理、もう止めらんないよ。創介怖いもん」 答えるように、佐倉が零す。 「俺じゃなきゃ駄目って身体に作り変えてとお願いされたので」 「い、言ってな……」 「創介ってば大人気ないよねえ。俺のせい?」 こくこく、と責めるように思い切り頷いた。 桔梗さんが俺を見つめて、頬に流れた涙を指先でぐいっと拭う。優しい動きと激しい動き。ぴいんと足が張った。 「でもこんなに余裕ない創介、滅多に見られないよ。良かったね。成功だ」 桔梗さんに促されて、俺は絶え絶えになりながらゆっくり後ろを振り向いた。佐倉の表情を見ることはもちろん許されなくて、振り向きざまにキスをされる。 「ほらね」と嬉しそうに囁かれて、俺は意識をゆっくりと手放した。

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