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14-よいこの練習 ※R-18

「や、やだっ……」 「なんで?もう慣れたでしょ?」 「この格好が嫌、なんですって!桔梗さん……っ」 焦りのせいかアルコールのせいか、前髪がじんわりと汗で濡れて額に貼り付く。それをゆるやかに梳く桔梗さんの手つきは、眠ってしまいそうなほど心地良い。 こんな酷い体制でなければ。 「……ひゃっ!」 ぢゅ、っと水音を立てて桔梗さんに強く首筋を吸われる。くすぐったいような痛いような感覚に震える身体をよじるが、俺の両手首はしっかりと桔梗さんに掴まれていて身動きが取れない。 恐る恐る目を開けると、正面には部屋の壁にもたれかかった佐倉がいた。 「み、見てないで助けろよっ!佐倉!」 「自業自得でしょう。それに……」 吸っていた煙草をローテーブルの灰皿に押し付けて、佐倉は「楽しんでるじゃないですか」と言った。くらりと目眩がしそうだ。 俺は今、ソファに座っている桔梗さんの脚の間に収まるようにして座らされていた。それも彼と向かい合わせではなく、あえて佐倉の方を向かされている。 首や耳を這い回る、酔った桔梗さんの熱を持った舌や指先。無駄に器用な桔梗さんの手つきは優しいのに意地悪で、俺は女みたいに高い声を上げて刺激に耐えていた。 潤む視界のなか、いまだに佐倉は俺を静かに見つめていた。いつもみたいに怒っているわけでも咎めているわけでもないのに、どこか後ろめたくなる感覚に苛まれるのは何故だろうか。 「創介、どう?」 桔梗さんがふいに尋ねる。 「どうとは」 「イツキくんのこと、惜しくなってきたんじゃない?」 あえて俺の耳元で話し出す桔梗さん。酒の匂いが混ざる吐息が肌を撫でる。漏れてしまいそうになる声を抑えるために、唇を噛んでぎゅっと目を瞑った。 早くこんな時間は過ぎてしまえと、切実に願う。 「イツキくんがこのまま、俺に夢中になっちゃったらどうする?」 「な、に言ってんスか……」 挑発的な桔梗さんに対して、佐倉が鼻で笑った。 「言いつけを守れない犬なんて、面倒見る道理は無いからな」 「ふうん。じゃあ好きにしちゃっていい?」 異常だ。なんでこの大人たちは、こんな状況下で他人の尊厳を弄ぶような会話を平気でしているんだろう。片方は酔っ払っているが、片方は紛れもなく素面だ。 俺を差し置いて談笑している佐倉と、ふいに視線が噛み合った。薄い唇を皮肉げに歪め、嘲笑じみた言葉を俺に浴びせかける。 「助けてほしいんですか?」 「あ、当たり前だろっ!こんな悪酔いに付き合ってらんねーよ」 「じゃあ俺をその気にさせてください」 「……は?」 「助ける価値があるってところ、ちゃんと見せろってことですよ」 そう言い捨てて、佐倉はリビングの隅にあるウォールナットのキャビネットに近寄り、引き出しに手をかけた。取り出された黒色の物体を捉え、俺は目を見開く。 嘘だろ。ふざけんなよ。罵りたいのに上手く言葉にならない。 「わーお。面白くなってきたね」 背後で、絶望的なほど弾んだ声がした。 ::: カシャッ。 「ちょっ……」 乾いた音。こんな場所でなければ耳馴染んだはずの音。 「本当、悪趣味だよね。昔から知ってたけど」 桔梗さんが苦笑いする。 「人の家に上がりこんで、飼い犬に手を出して、どっちの台詞だよ」 「でも創介にタダで撮ってもらえるなんて、ラッキーかも。女に自慢してやろ」 「唯が映らないように構図取ってる」 「ひどいなー」 愉快そうな桔梗さんの笑い声に混じって、またカシャッと音が鳴る。佐倉が俺に向けてカメラを構えていた。仕事用で使用するよりずっと小さくて価格も低い、エントリーモデルのそれ。きっと遊びか趣味かで使っているのだろう。 画面をチェックしながら佐倉は「しばらく使ってないし、慣れるまで厄介だな」と不満げに呟いた。 俺はと言えば、あれから二回、桔梗さんから口移しで酒を流し込まれていた。解放されたはずの手はどうにも力が入らず、だらんと横に垂れ下がるだけ。桔梗さんにまるでダンスでも踊るみたいに手を回されて、今度は桔梗さんと向き合うように座らされていた。 「イツキくん、結構腹筋あるね。なにかスポーツやってた?」 「……ハ、ハンドボール」 「撮影の現場も結構大変でしょ。体力あるんだ」 いつの間にか桔梗さんの手によって、前開きのシャツのボタンは全て外されていた。はだけているそこに手が差し込まれて、俺の腹あたりを撫でていく。息を飲む瞬間を捉えるように写真を撮られた。やめろと何回言っても、佐倉は止める気配すら見せない。 佐倉から口で言って聞かされるよりも、睨まれるよりも、ずっとずっと後ろめたくなる。されるがままに身体を預けて、グズグズになっている醜態を見せつけるみたいに撮影されているのだから。 「イツキくん」 鋭い声に呼ばれた。振り返る。レンズ越しに俺を見下ろしている、冷たい瞳がそこにあった。 「あっ、そこで動くと危ないかも」 「え……ひゃ、あっ!?」 身体を動かしたせいで、桔梗さんの指が滑って動いた。俺がそうさせてしまったのだ。あろうことか胸の先、面白くもなんともない男の乳首に、桔梗さんの指を触れさせてしまう状況になる。予想もしていなかった刺激に思わず大きな声を上げてしまった。 桔梗さんは「俺のせいじゃないからね。セクハラで訴えないでよ」と苦笑いした。セクハラで訴えるとしたら、もうこのシチュエーション自体が一発アウトだ。 「そのまま。首を右斜め後ろにまわして、腰をひねって。こっち見てください」 「なんで……」 「見返り美人、って言葉があるでしょう。ガサツな君には程遠い表現ですが、ちょっとはマシに見えるので」 桔梗さんにも促されて、言われるがままのポーズを取る。カメラの画面を見た佐倉は面白く無さそうに溜息をついた。 「くそっ、後でぜってーあのカメラぶっ壊してやる」 「ふふっ、遊びでも創介に撮影してもらえるなんて滅多にないんだからさ。楽しもうよ。それに、自分で被写体やるのもアシスタントとして良い経験になるかもよ」 新しい遊びを覚えた幼児みたいに、胸の周りを人差し指と中指でぴたぴたと軽く叩く桔梗さん。その悪ふざけの何がそんなに面白いのか、俺には全く理解ができない。 「でも多分、イツキくんが思ってるほど、あいつの注文は甘くないよ」 ぼそっと桔梗さんがこぼした言葉。意味深な響きに寒気がした。 「力入って強張ってますね。マネキンみたいで何一つ良くない」 「素直にどうにかしてくれって言ったら?」 佐倉と桔梗さんの会話の後、胸に衝撃が走った。決して弄られるように作られたわけではない胸の先を、今度は故意に摘んできた。 「あ、あああっ!?」 痛みを感じないように、力加減がされているとは言えそんな行為をされた経験はない。優しく捏ね繰り回してくる桔梗さんに抵抗するように、ぶんぶんと首を横に振ると、自然と溢れた涙が散ってチカチカした光が拡散した。 「ごめんね、イツキくん。でもきっと気持ちよくなるから」 ソファに手をついて這いずるように逃げようとすると、あっさりと腰を掴まれて桔梗さんの方へと引き寄せられる。 片手で胸を触りながら、桔梗さんは俺の耳に舌を差し込んだ。ぐちゅぐちゅと例えようもない水音が俺の耳に響き渡った。 きっとひどい顔をしていたと思う。力が抜けて、顔が真っ赤になって、グズグズになってたはずなんだ。それなのに佐倉はシャッターを切る手を止めない。 「ああ、良い感じですね」 耳を疑った。桔梗さんは嬉しそうに「ほらね」と言った。 彼の望む被写体に近づいたからと言って、嬉しくもなんともない。俺は脱力するように桔梗さんの肩口に額をつけた。こんな狂った空間から早く抜け出したかった。嘆願を込めて、彼のシャツの肩口に涙をこすりつける。 桔梗さんは困ったように、俺の髪の毛を何度もなでつけた。 「つらいよね。だけどイツキくん、思い出してよ。ここで創介に求められるにはどうするか考えなきゃ」 子どもをあやすように優しい声色で言われると、もはや洗脳だった。承認欲求を満たすためには、見返してやるためには、佐倉に求められなきゃいけない。意味のない涙の雫が、心臓が脈打つようにとくとくと流れていく。 「創介もこっちおいでよ。それ持ったままでいいからさ」 それ、と桔梗さんが顎で示すのはカメラだ。 「前向ける?ゆっくりでいいから、こっちに手をついて……そう。良い子だね」 桔梗さんにゆっくりと腕を引かれて、俺はまた向かい合わせから、佐倉の方を向く姿勢になった。 身体はさっきよりも熱を持って、力が入りづらい。たったそれだけの行為なのに桔梗さんがニッコリと笑って「えらい、えらい」と褒めてくれるものだから、馬鹿になった頭は素直に喜んでしまう。 「創介、左手出して。片手でシャター切れるだろ」 「俺にオートで撮れと?」 「その代わりすっごくいい表情撮らせてあげるから」 「……本気で酔っ払ってるな、お前」 「楽しくなってきただけ!」 すっと、俺の顔面の前に差し出される佐倉の手。俺よりも大きくて骨ばっている。一体何を強いられているのかがわからなくて、俺は恐る恐る首を傾げた。 「口開けて」 「口……って、無理!それは無理っ!」 桔梗さんの楽しげな命令口調。一瞬で内容を汲み取った俺は、全力で拒絶した。目の前には佐倉の手とカメラ。最悪のシチュエーションは想像に難くない。 「無理じゃないよ。俺が教えてあげるから。……創介の焦った顔、見たいでしょ?」 ごくり、と俺は唾を飲み込む。確かに、それは少し見たい。 躊躇していると耳の淵にそっと歯を立てられた。この酔っぱらいは何をするかわからないと身体を震わせた俺は、たっぷりと時間をかけて観念したように唇を開いた。 桔梗さんが目で合図をする。 躊躇なく、佐倉の左手の人差し指が滑り込んできた。唇の浅いところ。倒錯的な状況に戸惑って固まっていると、ぐいっと舌の先まで差し込まれた。 「ふあ、んんっ!?」 そのまま唾液を絡めて、歯列をなぞられる。もう一本指を増やされて、今度は舌を絡め取られてしまった。甘噛をするみたいにそれを弄られる。 「こーら、好きにされちゃってどうすんの。イツキくんが主導権握らないと」 「ふ、ふいっ……」 む、無理。 そう言いたいのに、口から漏れるのはだらしない嬌声ばかりだ。佐倉が器用に片手で、シャッターを切った。情けない姿ばかりが収められていく。 「指、舌で捕まえて。上顎にこすりつけるように持っていくんだ」 苦しさに支配される中で、聞こえてくる桔梗さんの優しい声は救いのように錯覚してしまう。俺は好き勝手暴れまわる佐倉の指をなんとか捉えて、言われた通りにした。 「う、ぐ……っ」 「できた?そしたら一本ずつ、指の裏を舌でなぞって。上から舌にゆっくりね」 ぴちゃ、ぴちゃ、と今度は自分で立てた水音がする。酔った身体に佐倉の冷たい指が気持ちいい。まるでアイスキャンデーを舐めるみたいに気がつけば指を追っていた。味なんてしないのに。じんわりと温度が移っていく。 息苦しくて、すがるように佐倉の腕に自分の手を添えた。 「舌の奥に唾ためて。飲み込んじゃダメだよ。……そしたら指の又のところまで、頑張って口に入れよっか」 「ふる、ひい」 「苦しい?ゆっくりでいいから」 ゆっくり頭を動かして、指の根本までくわえ込む。えづいてしまいそうになって、低く喉を鳴らした。 俺が苦しそうな顔をすると、待ち構えていたようにまた写真を撮られる。こうなったらなりふりなんて構っていられなかった。破れかぶれになったなら、この狂った大人たちに負けるわけにはいかない。 「できるだけ音鳴るようにして、指を押し出して」 口の中を支配していた異物が、ずるりと引き抜かれていくような感覚。爪先に達した頃、このまま解放されるのかと俺は安心して力を緩めた。 「じゃあもう一回」 「……っ!?」 後頭部をぐっと押されて、また目の奥がチカチカとした。外気に触れて乾いてしまったそれは擦れると痛くて、俺は口に溜まった唾液を塗りつけるように指を舐めた。水音がさっきよりもずっと大きくなる。じゅぽっ、じゅぽっと頭を前後させる度に激しい音が抑えきれなくて恥ずかしい。 目の前の指に、俺は夢中になっていた。 「……そう。けっこー上手いね。イツキくん、本当にこういうのはじめて?」 桔梗さんが俺の髪の毛を耳にかけるようにして、緩やかに撫でた。こういうのって、一体なんだ。こんな行為に名前があるのか。意味があるというのか。 「創介にどういう顔させられたかは、自分で見たらいいんじゃない?」 どことなく満足げな桔梗さんの声で、俺は初めて佐倉の顔を見ていないことに気がついた。ふと見上げようとしたら、口から指を引き抜いた佐倉の手で両目を覆われる。上から覆われてしまったら俺には抵抗する術がない。 唐突な佐倉の身動きに、俺の頭の中は疑問符で埋め尽くされた。 「なっ……!?」 「あはは、恥ずかしがらなくてもいいのに」 「誰が。こんな雑な前戯は初めてだっての」 佐倉が静かに言った。 「それがいいじゃん。一生懸命で健気でさ、不意打ちで気持ちよくなっちゃっただろ?」 気持ちいい?佐倉が? 覆われた目では何も見えない。いつも意地悪な刺激と無理矢理の快感を与えられてばかりの俺にとって、それは不思議な感覚だった。 「……なんか腹立つな」 「えっ」 「やられっぱなしは性に合わないので」 視界がぼんやりと明るくなる。目の前には、見慣れた笑顔を浮かべる佐倉がいた。

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