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第1話:序章
初夏だ。
ジメジメとした梅雨が終わり、本格的に夏がやってくる。
空はジリジリと暑い日差しで肌を照り付けてきて、ムシムシしている。
セミも力いっぱい鳴いていて、俺は、ああ夏なんだなぁ…と思った。
そして俺の恋人いない歴16年に終止符を打つ季節の始まりでもあったんだ。
最初の始まり
ここは工業高校で、ほぼ男子校だ。共学だけど女子は2~3人しかいない。
オタクから不良まで幅広い人種がいるのに、なんだかんだで仲良く過ごしている。
入学して半年。
俺、唐草壮太は友達がたくさんできた。
中でも良い奴が花梅竜二だ。
気さくで面白いやつで、けど気配りもできる。
俺はバリバリのオタクで、休日はアキバに行って、家ではギャルゲーをしている。
18歳になったらエロゲーもやりたいなぁとか考えていて…おっと話が脱線した。
それはそうと、俺には恋人ができた。
とてもありえない事実だが、真実なんだ。
なんでかって?だって俺はキモイオタクだし、背だって160cmしかなくて小さい。
筋肉もついてないし、こんなの女子からバカにされて終わりだろ?
けど俺の恋人は女子じゃないんだ。
なんと、不良男子だったのである……。
「おい、唐草。帰るぞ」
学校が終わると、ソイツはカバンを持って不愛想に声を掛けてくる。
俺は、別にゲイでもなく、可愛い女の子が好きなはずだったのに、何で男と付き合ってるんだろう?
とてつもなく不思議な気持ちだが、悪い気はせず、一緒に帰る準備をするんだ。
「わかったよ、ちょっと待ってて」
「お前、もっと机の中を整理しろ。ほら、プリント落としてるぞ」
「わーったよ。あんがとな」
俺の恋人、黒木司は黒い髪の毛をオールバックにし、目つきは悪いし、ガタイも良い。
趣味が筋トレなおかげで、ガチムチ体系で明らかに強そうだ。
身長だって俺よりデカくて、175cmある。
まだまだ育ち盛りの俺たちだ。高校卒業するころには身長がいくつになっているのだろう。
高校デビューを果たし、学ランを改造して、長ランにして、腕まくりをしているコイツはまぎれもなく不良だ。
けど竜二も制服を短ランに改造してるし、この学校は結構そういうやつが多い。
規則がゆるゆるで、教師もゆるいから、竜二は金髪に染めてるし、いい加減なんだな。
俺はカバンにプリントや教科書を適当に押し込み、詰めると肩に背負い、黒木と帰る。
なんで俺の恋人は可愛い女の子じゃないのだろうか…。
クラスのちょっとしかいない女子が俗に言う腐女子だから、俺たちの関係を喜んで見ている。
あの子たち、外見も可愛いのに、趣味がアレだから俺は複雑な気持ち。
注目されるのはちょっと嬉しいかも…?
「じゃ、帰ろうぜ、黒木」
「ああ」
俺たちは特に会話はしない。最寄り駅まで一緒に歩き、お互い乗る電車が逆方向だからそこでバイバイだ。
竜二はこっそりバイク通学をしていて、学校が終わると一足先に抜け出してさっさと帰って行ってしまう。
なんでもアイツにも恋人がいるらしい。
詳しくは聞いてはいないが、年上の男の人と付き合ってるとか…。
俺も人のことは言えないけど、なんか変な感じで、ムズムズする。
隣を歩く黒木司も、ぶすっとした表情で空いた手はポケットに突っ込み、ただ無言で俺の隣を歩く。
俺も少し変に恋人として意識しちゃったから、何か話そうかと思ったけど黙ってしまった。
「じゃあ、そこ駅だから、また明日」
「おう、じゃあな」
素っ気ない会話で、俺たちは駅で別れ、また明日学校で会う。
本当に恋人同士なのか疑ってしまうような、友人みたいなぬるい関係。
それが俺と黒木司の付き合い方だった。
***
家に帰って、自室にカバンを放り投げて、制服を脱ぐ。
今の季節、暑くてとても汗ばむため、さっさとシャワーを浴びに行くんだ。
体にやや冷たいぬるい水をかけると、プールに入ってる気持ちになり、楽しくなる。
熱く火照った体に水をかけて、一息つき、考えてしまうのは、これからプレイするギャルゲーの続き…
ではなく、黒木司のことだ。
アイツと俺、付き合ってる意味あるのかなぁ…。
てか何でこうなったんだっけ?
自然な成り行きでいつのまにか付き合っているので、まだ自分は若いはずなのに記憶がうろ覚えである。
アイツが好きなのかって聞かれると困る。
俺だって自分がわからないのに、聞かれたところで応えられる脳みそはつまってないのだ。
シャワーをさっさと出て、冷たい麦茶を喉に流し込み、俺は冷蔵庫からプリンを出して食べた。
なんだか落ち着かない気持ちでソワソワしてしまい、黒木司のことばかり考えてしまう。
目つきは悪いけど、案外優しいやつで、不愛想だけど恥ずかしがりやなんだ。
俺はそんなアイツを見ていて楽しいと思うし、一緒にいて居心地が良い。
一緒にいると、あのガチムチの筋肉を触ってみたいと思ってしまうので、俺はプリンを口の中へかき込んだ。
「なんなんだよ、この邪念みたいなのは…」
ため息をつき、自室へ戻り、親は仕事でいないから夜まで好きなことして過ごす。
先日発売したギャルゲーの続きをプレイしようと思い俺は重い足取りで明日のことを考えていた。
***
唐草壮太と付き合い始めて、数週間が経った。
けど俺たちの交際は極めて素っ気なく、そしてぬるい付き合い方だ。
俺、黒木司は中学までは普通にしていたが、高校に入ったのをキッカケに不良デビューした。
制服を長ランに改造し、前髪をハードワックスでオールバックにしている。
竜二がバイク通学をしていて羨ましいと思うが、俺は唐草壮太と下校を共にしているからできない。
どうしてか、俺たちは付き合い始め、どうしてかお互いに疑問を抱いている。
それなのにお互い共に疑念を発さず、この奇妙な関係を続けているのだ。
電車で駅に着くと、俺は額の汗をぬぐい、家へ向かう。
アパートに住んでいて、俺の家は母子家庭だ。
母親が女手一つで俺を育ててくれている、だから帰ったらまずやることは家事だ。
高校デビューで不良になったくせに、親の手伝いをしている俺は他人から見たら笑われるだろうな。
朝干した洗濯物は乾いており、俺は一枚一枚畳んでタンスに仕舞い、母親が帰ってくるまでに夕食の準備をする。
今夜は暑いから、冷やし中華にするか…。
帰りがけにスーパーで買ったトマトやレタスを取り出して、冷やし中華の材料も冷蔵庫から取り出していく。
もう何年もやっているから家事にはすっかり慣れてしまい、二人前の食事はあっという間に出来上がる。
弁当も自分のと母親の分を朝早く起きて作っているのだ。
唐草壮太の分も、俺は作ったほうがいいのか?ふと頭をよぎる。
けど、我が家は経済的にギリギリで、母親は俺の学費を頑張って払ってくれている。
恋人だからという理由で、大切な食費から、あいつの弁当代を抽出するわけにはいかないのだ。
「ふっ…なにが恋人なんだろうな」
包丁で材料を切りつつ、俺はひとりでに苦笑し、つぶやく。
唐草と自分の奇妙な関係に、俺は少しドキドキしていて、それが不思議なんだ。
男同士だなんて気色悪い、そう思うのが普通なのかもしれない。
けど俺は悪い気がしないんだ、なんでだろうな。
冷やし中華と、サラダを完成させると、ラップをかけ冷蔵庫へ入れる。
母親が帰ってくるまで今日の勉強の復習をしよう。
黒木司はちゃぶ台に腰かけ、カバンから勉強道具を取り出し、明日へ向けて準備をした。
***
こうして俺たちの奇妙な関係は無駄に時間だけが過ぎていき、
何も始まらないと、そう思っていたんだ。
けどこれから始まる熱い真夏に俺たちの頭はバカになっちゃったみたいだ。
未来にこれが笑い話になるか、苦い話になるか、全然わからない。
ただ濃厚な夏を迎え、そして過ぎていっただけである。
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