1 / 13
第1話
空はどんよりとした灰色に染まり、立ち上る黒煙が鼻を突く。
数時間前まで穏やかな日常があった小さな故郷の村は、
今 ――音を立てて焼け落ちていた。
「――止まるな、さっさと歩け!」
敵国「ヒノワコク」の旗。その鎧を纏った兵士の怒号と、連行される村人たちのむせび泣きが響く。
ニィル村の青年「セージ」も、列に並んで歩く一人だった。
「ほら、一緒に歩こう」
「……うんっ」
「いい子だ」
セージは泥に汚れた手で、隣にいる幼い子供の肩をそっと抱き寄せた。
そうして誰かと励まし合わなければ、一歩を踏み出すことすらつらい。
耐えかねて背後を振り返れば、自分が生まれ育った家が崩れ落ちる鈍い音が、耳の奥に冷たく残った。
――ニィル村が落ちて早三ヶ月。
いまだ戦況は大きく動かず、セージの視界にあるのは相変わらず敵軍の旗と、すでに占領されていた隣町の冷たい石壁だけだった。
トルト街と呼ばれていたこの場所を拠点と定めた敵軍は、着々と生活の基盤を築きつつある。
ニィル村を含め、捕虜となった近隣の村人たちに待ち受けていたのは強制労働だった。
朝からヒノワコク兵の食事の支度、水汲み、畑の耕作……そんな終わりのない雑労働に明け暮れる日々。
「お爺さん、水桶は俺が運ぶよ」
川から街を何往復もするのは過酷な体力仕事だ。腰を痛めたと兵士に訴えている老人を放っておけず、セージは代わりになると申し出ると、細い肩を震わせながら、重い水桶を担いで川を往復した。
『物資を無駄にするな』
それが、彼らに厳しく命じられている規則だった。だから炊事場に立てば、捨てられるはずの野菜の皮まで細かく刻んで汁物の具にし、破れた布を見つければ黙々と針を動かす。
おとなしく従っていれば、これ以上酷い目に遭うことはないのだから……。
そんなふうに自分を納得させて働く最中、兵士らの高らかに笑う声があちこちから聞こえてくる。
「感謝しろよ。我が軍は寛大だからな!」 「お前たちの国に比べると、よっぽど人道的だ」と。
(人道的……か)
俺には難しい国同士の争いや、他国の陣営のことなんて分からない。
けど確かに彼らは捕虜として連れてきた俺ら村人を、よく“支配”していると思う……。
自国の現国王陛下が、先代の頃から戦好きだという噂は風の噂に聞いていた。
【無敗の戦王様】。
だからこそ……こうして自分たちのような末端の民が巻き込まれるなど、思いもしなかった。
『ここでの暮らし? そこまで悪くないだろ』
――先日、友人の一人がそんなことをぼやいた。
指示通り真面目に働いてさえいれば、一日に三度の食事が与えられて風呂にも入れる。簡易的ではあっても捕虜専用の居住区があって、そこでは賃金の出る内職が許されて、酒、ボードゲームといった娯楽さえ持ち込まれた。
「鉱山担当はキツイけど、そのぶん配給で優遇してもらえるしなぁ」
……俺は、なにも言えなくなった。
過酷な体力仕事に就けば、滅多に手に入らなかったチーズや肉、卵といった品が支給されるんだ。中には、「前の暮らしよりずっといい」、「戦争が終われば帰れるさ」と口にする者さえいた。
(けれど……俺は、やっぱり……)
一日でも早く、故郷へ帰りたい。
幼いころに亡くした両親の墓を綺麗にして、小さくても畑を耕したい。
……そう願うのは贅沢なのだろうか。
「おい、セージ! 何をしている、ユウギリ将軍がお呼びだぞ!」
「……っ、はい!」
不意に背後からかけられた兵士の怒号に、セージはハッと我に返る。
気が付けば空はすっかり夕暮れの茜色に染まろうとしていた。
ともだちにシェアしよう!

