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第2話

兵士の後を追って――到着したのは街で一番大きく立派な建物だ。かつて街を治めていた領主の館だった場所。そこをヒノワコク第三隊の将軍――シダレ・ユウギリは己の居館にしていた。 三日に一度。セージに与えられている仕事は、シダレ将軍の夕食の支度と給仕。 それと、表向きは“話し相手”であった。 「し、失礼します……」 やたらと重く感じる扉を押し開け、おそるおそる一歩を踏み出す。 床には毛足の長い厚手の絨毯が敷き詰められ、天井からは無数の結晶が煌めくシャンデリアが吊り下げられていた。以前の領主の趣味なのかは知れないが、どれほどの金が使われているのか想像すらつかないほど豪奢な空間だった。 「お食事をお持ちしました……」 セージを連れてきた兵が去り、重い木枠が背後でぴたりと閉まる。だだっ広いこの部屋の中には、今、セージと――奥に佇む男の二人しかいない。 「遅いぞ、何をしていた?」 部屋の奥でセージを待ち構えていたのは、――シダレ・ユウギリ。 一九〇センチを超える巨躯、漆黒の髪と、凍りつくような漆黒の瞳。ヒノワコク第三隊を率いる将軍である。 「すみません、しっ、仕事を……」 「そんなの言い訳か。さっさと用意しろ」 「は、はいっ」 シダレは見下ろすように低く冷ややかな声を放つ。その圧倒的な威圧感に、セージの背中をすっと冷たい汗が伝った。 どこまでも命令し慣れている男だ。今日も二人きりの静寂の中で無事に給仕を終え、食事が片付いた頃。 「座れ」とセージに促すと、机の上に置かれた豪奢な小瓶に手をかけた。 「それは?」 「ああ。お前のために特別な果実酒を取り寄せてやった。南方の国から運ばせた年代物だ、飲むといい」 シダレが栓を抜くと、熟した甘酸っぱい果実と芳醇な蜜が混ざり合ったような、濃密で甘い香りが一気に立ち込めた。その辺りの安酒とは比べるべくもない、最高級の果実酒。 「ありがとうございます……」 至近距離で自分を射抜く黒い瞳には、拒否など微塵も許さない絶対的な権力が宿っている。セージは促されるまま、差し出された杯に恐る恐る口をつけた。 「……ん! これ、は……っ!!」 とろっとしていて、甘い…! まるで熟しきった果物を飲んでいるみたいな…。  しかし、同時に焼けるような強い熱が、喉を通して体内にじわじわと広がっていくみたいだった。 「ふっ、美味しいか?」 「はい……とっても、美味しいです」 嘘じゃない。 だけど、分かっている。―――目の前の男が、シダレが、ただの晩酌に付き合わせるためだけに自分を呼んだのではないことくらい。 「セージ」 音もなく近づいてきたシダレの大きな掌が、セージのうなじを愛おしげに撫で上げた。 熱を持った指先が、そのまま細い首筋をなぞるようにゆっくりと下りていく。 「は、はい……」 「お前にはすべての労働を免除しているはずだ。……次は遅れるなと言ったはずだが?」 いつも不機嫌そうに聞こえる低い声が、わずかに尖っていた。男はセージの細い手首を引き寄せると、その指先をじっと睨み付ける。 まるで、命令の優先順位を守らない俺を叱りつけているかのようだった。 「申し訳ありません……っ、腰を痛めたとお爺さんが、本当に困っていた様子だったので」 「それは事情を聞いた兵が対応する。それが奴らの仕事だ。お前が案ずる必要はない」 「でも……んっ、っ」 否定しようとした言葉は、熱い吐息と共にシダレの口内へと強引に吸い込まれた。   大きな手がセージの後頭部をがっしりと固定し、小さな抵抗も逃げ場も塞いでいく。 それは唇を蹂躙するかのような、容赦のない乱暴な口づけだった。 「ふ、……ぁ…っ」 必死だった息継ぎも、はじめて抱かれた頃に比べれば幾分かマシになったらしい…。 でも、そんな学習なんて、したくなかった。 (んっ、なが、い……っ) いつもより長くて、深い……。 ……なにか、怒らせてしまったのだろうか?   ようやく唇が解放されたとき、俺は力なくシダレの頑丈な胸板に額を預けていた。 「ほう?」 はぁはぁと、セージの熱を持った吐息が男の軍服の襟元を白く湿らせる。その甘えているような仕草をシダレは愉快そうに見下ろした。 「随分、俺に馴染んできたな?」 「……ち、違いますっ……そ、んなことは……っ」 「こういう時は否定するな」 「んっ、」 二度目の、深い口づけ。 掠れた声で懸命に否定してもシダレがそれを聞き入れるつもりなど微塵もない。 セージの身体を軽々と抱き上げると、すぐそばにある豪華な寝台へと運んでいく。 (なんで……っ、俺が……) 見上げる視界を覆い尽くしたのは、筋肉質で巨大なシダレの影だった。 「遅刻した仕置きがまだだったな」 「ひっ!?」 仕置き、の言葉に体が反射的に動く。 咄嗟に逃げようとシーツを掻いた腕は、あっさりと太い手首に捕まえられた。 「い、いやだっ、もう―――!!」 「セージ。 いい加減、受け入れろ」 ―――ああ。どうして、こんなことになってしまったんだろう。

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