7 / 40

第7話

「っ……」  雅が目を見開く。  1秒か、もっとか。  唇を離して、聖さんに向き直る。 「って感じで、俺たち、ああ、ええと、私たち、ラブラブなんで」  ご両親はぽかんと口をあけてこちらを見ている。 「ほら、雅からもなにか言えよ」  俺は彼の肩を小突くが、反応がない。 「……雅?」  顔を覗き込んで、俺は息を飲んだ。  おいおい、嘘だろ。  ――雅は、顔を真っ赤にしていた。  俺たちの様子を見て、どう受け取ったのか。  聖さんが口を開く。 「泰斗くん」 「は、はい」  彼はさっと座布団から下りて畳に正座すると、頭を下げた。 「疑って、すまなかった」 「いや、あの、やめてください、そんな……」  彼のつむじが見えて、俺は慌てる。 「雅は、オメガに触れられたら震えてしまうんだ。……そんな雅が……こんな姿、はじめて見たよ」  雅はうつむいていて、その表情は読み取れない。  しかし、彼の耳は真っ赤に染まっている。  そうあからさまに照れられてしまうと、こちらまで照れてしまう。  お互いに赤面してもじもじする俺たちを見て、聖さんは目を細めた。 「今日は疲れただろう。夕飯を食べていくかい?」 「あ、えと……喜んで」  空気を変えるように、芽衣さんが手を叩いた。 「今夜はお店にひつまぶしをお願いしたんです。泰斗さん、うなぎはお好き?」 「ありがとうございます。好物です」 「それはよかったわ。雅ったら、何回連絡してもあなたのことをちっとも教えてくれないんだもの。お夕飯の献立に悩んじゃって」 「私、何でも食べますよ」 「いいことだわ」  芽衣さんはにっこりと笑ったあと、時計を見て立ち上がる。 「ああ、もうこんな時間。早速準備にとりかからないと」 「手伝いますよ」 「いいのよ。座っていて。雅の大事な人だもの。私たちにもてなさせてちょうだい」 「じゃあ、お言葉に甘えて……」  和室の大きな一枚板の卓に、料理がずらりと並べられた。  ひつまぶしに、寿司に、それから芽衣さんの手作りだというてんぷらやサラダ。  ほんとうに、ごちそうだ。  俺が持参した聖さんが好きだというウィスキーが開けられ、グラスに注がれる。  聖さんが音頭をとる。 「それじゃあ、泰斗くんと雅のこれからの幸せを祈って」  全員がグラスを高く掲げた。 「乾杯」  なんだか、くすぐったい気がした。  でも、俺がこのいい人たちを騙しているのだと思うと、それはすぐに罪悪感に変わった。 「さあ、食べて食べて」  言われるまま、箸を伸ばす。  甘いタレのかかったひつまぶし、大きなネタの乗った寿司。芽衣さんの手料理。どれもおいしい。  俺はさっきまでの緊張を忘れて次々と料理を口に放り込んだ。  食事中、ふたりは幼い頃の雅の話をたくさん聞かせてくれた。  雅はそれを恥ずかしがったり、口を尖らせたり、笑ったりしている。  ――いい家族だ。  聖さんは少し怖かったが、理不尽ではない。  芽衣さんは明るくてやさしい。  ちょっと、ご両親は息子を心配し過ぎているところもあるが。  今日をきっかけに、雅との関係も少しはいい方向に進むのではないだろうか。  雅をちらと見る。  彼は照れたような表情をしている。  ここに来るまでにあふれさせていた悲壮感はもうどこにもない。  満足して、俺はぐいっと酒をあおった。  酒が進んだ頃、聖さんが俺に向き直る。 「それにしても君はほんとうに、豪胆な子だ」 「いやぁ、それほどでも」 「私を前にして一歩も引かなかったオメガは君がはじめてだよ」  俺は「はは」と乾いた笑みを返す。  あのときの彼の圧は壮絶だった。  いま思い返しても冷や汗が出そうだ。  雅が父親を異常に怖がるのもわかった気がする。  彼はウィスキーを一口飲む。 「私たちが若いころは、まだ抑制剤があったからオメガでも外に出て来る者がいたが……近ごろのオメガは家に縛られて。……気の毒なくらいにアルファに怯えている。番をもっても、まだアルファを恐れている者も多い。君は、ずいぶんと違うようだが」  アルファはオメガのフェロモンにあてられたときと、怒ったときに強烈なフェロモンを出すと言われている。  それは人を屈服させるようなもので、オメガにもベータにも影響を与える。  特に、それは番を持たないオメガには強烈だ。  空になった聖さんのグラスに新しい酒を注ぐ。  俺はアルファなんか、部長で慣れてしまっている。  ちっともなんとも思わない。  それに、俺はオメガの特徴が現れる前にはもう番がいて、他のアルファの影響をベータと同程度にしか受けてこなかった。  しかし、そんなことをここで言うわけにはいかない。 「まあ、性格でしょうね」  俺は適当に相槌を打った。  聖さんは酒を一気にあおる。  彼は相当酒に強いらしい。 「いいことだ。そういえば、オメガの抑制剤だが、そろそろ人体に無害のものが開発されるというじゃないか。君みたいな働くオメガには朗報だろう」 「そうですね。待ち遠しいです」 「あらやだ、泰斗さんにはもう雅がいるんだから、抑制剤だなんてもういらないじゃない」  芽衣さんに言われて、俺は苦笑を返す。 「せいぜい雅に捨てられないように頑張ります」  俺のジョークに、聖さんが豪快に笑う。 「君は、おもしろい人だ」 「ありがとうございます」  ふいに聖さんがグラスを置いた。 「泰斗くん」  名を呼ばれると、勝手に背筋が伸びる。 「はい」 「息子を、よろしく頼む」  雅が息を飲んだのがわかった。 「この子は、子どものころからフェロモンがわからない体質だったんだ。それを、私がなんとかしようと……雅から聞いているかもしれないが」 「……はい」  俺が頷くと、隣で雅がうつむいた。  聖さんは、唇を噛んだ。  その顔を見て、もしかしたら雅はどこかこの人に似ているのかもしれないと思った。 「後悔している。はやく息子に番を、と焦ってしまっていた」 「……親ですもんね」 「雅はいまは鯉だが、そのうち立派な龍になると、親馬鹿ながら信じているんだ」  俺は雅の肩を叩く。 「雅くんは真面目で、律義で、仕事熱心で。もう立派な龍ですよ」  嘘で塗り固めた俺の、これだけは本当の言葉だ。  俺の言葉を聞いて、聖さんは俺の手を取った。 「雅と出会ってくれて、ありがとう」  思わず、その肉厚の手を握り返す。  するともっと強く握られる。  あたたかい掌。言外に、彼の信頼が伝わる。  それなのに。  俺は彼を騙しているのだ。  そう思うと、胸の奥が痛んだ。

ともだちにシェアしよう!