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第15話

 その日の夜。  俺がもろもろの用事を終えて家に戻ると、雅が待ち構えていた。  テーブルにはもう夕飯が用意されている。  俺は雅に促されるまま席について、ナイフとフォークを手に持つ。  テーブルに並ぶ、見事な料理。  おしゃれなキャンドルまで置かれて、テーブルは煌びやかだ。  しかし対面に座る雅から醸し出される空気は、重い。  俺はテーブルの一皿を示した。 「……なぁ、雅」 「なんです」 「これ、なんていう料理?」  一部の隙も無い盛り付けの、知らない、たぶんフランス料理。  俺としては静かすぎる場をつなぐための質問だったのだが。  雅はつんと答える。 「なんでもいいでしょう」 「おう……」  心なしか、彼の声が冷たい。  眉間にも皺が寄っている。  俺は沈黙した。  なるほど、雅って、こういうふうに――。 「雅」 「なんですか」 「……何か言いたいことがあるなら、ドウゾ……」  俺はゆっくりとカトラリーを置くと、雅と目を合わせる。  しかし、その目はすぐに逸らされてしまう。 「なんにもありませんけど?」 「怒ってるよな?」 「怒ってません」 「悪かったって」  彼はこっちを見ようともしない。 「雅」  呼びかけると、少しだけ彼の指先が動いた。 「……心配しました」 「ごめん」 「別に、私が口を出すようなことではないのかもしれませんが」  彼はワインをあおる。 「泊まるなら、連絡くらいしたらどうなんですか」 「ごめん」 「いいですよ。北小路さんにもご挨拶できましたし」 「わかった、わかった。ほんとうに俺が悪かったよ。ひとり暮らしに慣れ過ぎてた」  雅はちらと俺を見る。  そしてため息をつく。 「昨日は……」 「ん?」 「……いえ、なんでも。私が口を出すようなことではなかったです」 「ええと、昨日はさ、北小路さんが酔いつぶれた俺をタクシーで家に連れてってくれたそうなんだけど」  雅の眉根がぎゅっと寄る。  しかし、なんとなく続きを聞きたがっているような感じがしたので、俺は続けた。 「ほら、俺ら一週間前に引っ越したじゃん? それを伝えてなかったからさ。俺の前の家に連れていって、そこが空き家になってて……それで仕方なく泊めてくれたんだよ。俺と北小路さんは、ほら、番ごっこであって、そういう関係じゃないからな」  俺が一気に言ったあと、長い沈黙が落ちた。  雅は目を伏せて、じっと一点を見つめている。  しばらくしたあと、やっと雅は口を開いた。 「……酔いつぶれるのは社会人としてどうかと思います」 「し、仕方ないだろ。こっちだって飲みたい夜はあるんだよ」 「飲みたかったんですか」 「北小路さんが奢ってくれるっていうから、つい……」  雅はワインのボトルを俺にずいっと差し出す。 「はい」 「ん?」 「僕の奢りですけど」 「あ、ああ……さんきゅー」  雅が、俺のグラスにワインを注ぐ。  今日は白だ。  フルーティーな香りがあたりに漂いはじめる。  かっこつけて、グラスをまわしてみる。  舌にのせると、ぴりりと辛い。  雅はワインを飲む俺をじろじろと見ている。 「……」 「み、雅?」 「あなた、けっこうお酒強いのに、ほんとうに酔いつぶれたんですか?」 「へ」 「最初から北小路さんとお泊りするつもりだったんでしょう。はっきり言ったらどうなんですか」 「いやいや! ほんとうに! 誓って酔いつぶれたんだよ!」  俺は全力で首を振る。  なにやら、あらぬ疑いをかけられている気がする。  いや、別に俺は自由なんだし、酔いつぶれて予定外にお泊りしようが、最初からお泊りするつもりでもどちらでもいいはずだが。  一応部長の名誉もかかっている。 「泊まったのは予定外! しかも、ふつうに泊まっただけ! 終わり!」 「よくこうやって人の家に泊まるんですか」  俺は思わず言葉に詰まった。 「な、なんでそんな風に思うんだよ?」  雅は躊躇ってから「だって」と言う。 「経験豊富なんでしょう?」 「うっぐぅ……」  言外に、先日の名古屋で彼を誘ったことを引き合いに出された気がした。  俺はもごもごと言う。 「いや、ほら、ええと……さすがに、あんまり最近は、ナイヨ?」  どうしても目が泳いでしまう。  これではまるで俺が昨日北小路さんと楽しんできたと言っているようなものだ。  嘘を付いているのはそこではないというのに。  俺は胸に手を当てて、ばくばくと跳ねる心臓を落ち着かせる。  もう雅と同居中には朝帰りしないようにしよう。  いや、朝まで飲むのは20代で卒業したはずなんだが。  雅の様子を伺う。  彼の怒りはまったく落ち着く気配がない。 「北小路さんとは」  雅は言葉を切ってから尋ねる。 「どうして番ごっこをすることに?」 「いや、だから、俺が働きたくて……」 「あなたが大学の頃にはもう番ごっこをしていたんでしょう」  そういえば、そんな設定もあったな。 「ええと、まぁ、自由っていいことだろ?」 「いつ知り合ったんですか」 「は、20歳かな」 「どういうきっかけで?」  まずい。  俺について設定が増えるのはいいが、北小路さんに関わることで設定が増えるのは、非常にまずい。 「な、なんで、そんなことが気になるんだよ?」  俺が問うと、雅ははっとする。 「……」 「雅?」 「……なんででしょう……」  眉をハの字にして、困惑の表情を浮かべる雅。  自分の言葉に、雅自身が戸惑っているようだった。 「なんだよ、俺のこと、好きになっちゃったのかよ~」  軽口を叩く。  いつもの雅なら「違います!」とぎゃあぎゃあ言ってくるだろうに、今日の雅はノッてこない。  顎に手を当てて、じっと考え込んでしまう。  俺は慌てた。 「雅?」 「……なんでもないです」 「そう?」 「はい」  ならいいけど。  俺は咳ばらいをした。  本題を切り出すなら、雅がちょっと落ちついた今だ。 「北小路さんに、お前のこと話したら、会いたいって言ってたけど、どうする……?」  俺は唾を飲み込んで、雅の返事を待った。  午後から降り出した雪が、窓の外を静かに白く染めていた。

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