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第14話(修正版)

 日暮里駅前のカフェ。  待ち合わせ時間は10時半。  10分遅れて、その人物はやって来た。 「不動産屋に行くんじゃなかったの?」  そう声をかけられて、俺は顔をひきつらせた。 「キャンセルしましたよ」 「なんで? いっしょに不動産回ってあげてもよかったのに」  その人物――北小路部長は飄々とした笑顔で俺の向かいに座る。 「それともいっしょに住む? ボクたち、番らしいじゃん?」 「部長!」  俺は慌てる。  部長はコートを脱ぎながら、けらけらと笑う。 「番なんだから、先達って名前で呼んでもいいよぉ?」 「こら、おっさん!」 「おっさん呼ばわりはオジサン泣いちゃう」  カフェのテーブルにつっぷしてさめざめと泣くふりをする部長。  彼は今朝別れたときの上下黒のスウェット姿から一転、ド派手な赤地にひまわり模様のニットを着ている。  これを着てもなおかっこよく見えるのは、彼の海外のロックミュージシャンのような雰囲気と、スタイルの良さゆえだ。  とはいえ、そんなド派手な服装の人物が泣きまねをしていると、目立つ。どうしても。  俺は慌てる。 「もう! 真面目な話をしに来たんですよ」  額の汗を拭く。  昨夜、彼は雅と通話をしたことになる。  しかも、「俺の番」として。  俺は声を落とす。 「昨日、雅と、その、何を話したんですか」  部長は首を傾げる。 「その前にさぁ、まず訊くけど――榎原雅くんって、君のなんなのさ?」  俺は息を吐く。 「話すと、長くなるんですけど」 「いいよぉ。あ、パフェ食べる? 冬季限定いちごパフェだってさ。表に看板出てたよ。藤堂甘いもの好きじゃん?」  話の腰を折られて、俺は眉間を抑える。  落ち着け。  この人相手に怒ったら思うつぼだぞ。 「……食べます」  部長が手を上げて注文をはじめる。 「お姉さーん、フライドポテトとコーラ、期間限定いちごパフェと……飲み物はアイスティーでいい?」 「はい」 「んじゃあ、それでヨロシク~」  パフェは思っていたよりもずっと大きかった。  俺は目の前のそれに圧倒される。 「おおう……」 「豪華だねぇ~。いっぱいお食べ。ボクの奢り」 「遠慮なく」  一番上のいちごとクリームを、スプーンで掬って口に運ぶ。 「うま」  甘酸っぱいいちごに甘いクリーム。  最高のハーモニーだ。  部長は笑う。 「それはよかった」  土曜日の午前中ということもあって、カフェの前には席が空くのを待つ人の姿もある。  そういえば、部長とはよく飲みに行くが、こうしてプライベートの昼に会うのははじめてかもしれない。  ちらと部長を盗み見する。  彼はポテトにケチャップをたっぷりつけて食べている。  伸びた髪をひとつに結んで、そこから遅れ毛が落ちている。  それを払う様子は、なんとも色気があって、昼間のカフェに似つかわしくない。 「そんなにジロジロ見ないでよぉ」 「すみません」  半分ほど食べすすめたところで、俺はやっとスプーンを置いた。  本来の目的を果たさなくては。  俺は「聞いてくれますか」と切り出した。  部長はポテトをくわえて、にっこりと笑う。 「もちろん。愉快な話を聞きながら食べるポテトは、格別だからねぇ」  俺は順番に話はじめた。  もともと部長は、俺が顔も知らないアルファにうなじを噛まれたことを知っている。  そのアルファが、雅だったということ。  そして、彼がオメガを怖がっており、父と関係が悪かったこと。  彼に恩を返すために番であることを隠して、番ごっこをはじめたこと。  雅には、俺の首筋を噛んだアルファの名前を「北小路さん」と伝えていること。  雅の父に会い、ひとまず和解させたこと。  そして、いま雅と期間限定でいっしょに住んでいること――。  話せば話すほど、我ながらとんでもないことをしていると改めて痛感させられる。  部長はこの話をどう思うだろうか。  「馬鹿なことしたねぇ」と笑うだろうか。  それとも、「よくも巻き込んだな」と怒るだろうか。  すべてを話し終えると、沈黙が落ちた。  俺のアイスティーの氷がからりと音を立てる。  部長はやっと口を開いた。 「番ごっこ、ねぇ」  彼は遅れ毛を払って、長い足を組む。 「ボクもやりたいなぁ」 「は?」  なんだって?  てっきり、勝手に名前を使ったことを責められると思っていた俺は、肩透かしをくらった。  部長は続ける。 「ずるいよぉ。そんなおもしろそうなことを独り占めするなんて」 「は、はぁ」 「昨日雅くんから電話かかってきてさ。もうびっくりしたよ。泰斗さんの番さんですよね、お名前伺ってますって言われちゃって」 「……はぁ」 「思わず、そうだよって返したけど、ボクってほんと、機転が利くよねぇ。藤堂、ほんとうにラッキーだよ。こんな上司を持てて。ほら、いつもの台詞は?」 「……俺はラッキーヒューマン」 「そうそう。ね? ボク、こんないい上司なんだから、仲間に入れてよ。ほんとうにボクと番ごっこしよう。嘘から出た誠って言葉もあるくらいだし?」 「いや、でも」  俺がためらうと、部長は身をぐっと乗り出してきた。 「雅くんに言っちゃうよ? ほんとうのこと。いいの?」 「ええと」  脅しだ。  俺は目を泳がせる。 「ね、今日からボクが君の番。ああ、おもしろいねぇ?」  彼は上機嫌だ。  だめだ。  この人に弱みを握られてしまったいま、断るすべは、ない。  カフェの外を、人々が足早に通り過ぎていく。  今日の午後から雪が降るらしい。  空には厚い雲が立ち込めている。  俺は頭を抱えた。 「俺に、どうしろと……」  うめくと、部長はまたけらけらと笑う。 「嫌なら、さっさと終わらせればいいんだよ」 「終わらせるって、なにを」 「番ごっこだよ」 「え?」  顔を上げると、彼のけだるそうな瞳と目が合う。  彼は指を組んで、その上に顎を乗せた。 「雅くんだっけ? その子のオメガ恐怖症を治してあげれば君の恩返しも終わりで、番ごっこは終わり、本物の番も解消、でしょ? そしたら、ボクとの番ごっこも終わり。――ボクにいい案があるよ」  けだるそうな瞳が、あやしく揺れた。

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