14 / 40
第14話(修正版)
日暮里駅前のカフェ。
待ち合わせ時間は10時半。
10分遅れて、その人物はやって来た。
「不動産屋に行くんじゃなかったの?」
そう声をかけられて、俺は顔をひきつらせた。
「キャンセルしましたよ」
「なんで? いっしょに不動産回ってあげてもよかったのに」
その人物――北小路部長は飄々とした笑顔で俺の向かいに座る。
「それともいっしょに住む? ボクたち、番らしいじゃん?」
「部長!」
俺は慌てる。
部長はコートを脱ぎながら、けらけらと笑う。
「番なんだから、先達って名前で呼んでもいいよぉ?」
「こら、おっさん!」
「おっさん呼ばわりはオジサン泣いちゃう」
カフェのテーブルにつっぷしてさめざめと泣くふりをする部長。
彼は今朝別れたときの上下黒のスウェット姿から一転、ド派手な赤地にひまわり模様のニットを着ている。
これを着てもなおかっこよく見えるのは、彼の海外のロックミュージシャンのような雰囲気と、スタイルの良さゆえだ。
とはいえ、そんなド派手な服装の人物が泣きまねをしていると、目立つ。どうしても。
俺は慌てる。
「もう! 真面目な話をしに来たんですよ」
額の汗を拭く。
昨夜、彼は雅と通話をしたことになる。
しかも、「俺の番」として。
俺は声を落とす。
「昨日、雅と、その、何を話したんですか」
部長は首を傾げる。
「その前にさぁ、まず訊くけど――榎原雅くんって、君のなんなのさ?」
俺は息を吐く。
「話すと、長くなるんですけど」
「いいよぉ。あ、パフェ食べる? 冬季限定いちごパフェだってさ。表に看板出てたよ。藤堂甘いもの好きじゃん?」
話の腰を折られて、俺は眉間を抑える。
落ち着け。
この人相手に怒ったら思うつぼだぞ。
「……食べます」
部長が手を上げて注文をはじめる。
「お姉さーん、フライドポテトとコーラ、期間限定いちごパフェと……飲み物はアイスティーでいい?」
「はい」
「んじゃあ、それでヨロシク~」
パフェは思っていたよりもずっと大きかった。
俺は目の前のそれに圧倒される。
「おおう……」
「豪華だねぇ~。いっぱいお食べ。ボクの奢り」
「遠慮なく」
一番上のいちごとクリームを、スプーンで掬って口に運ぶ。
「うま」
甘酸っぱいいちごに甘いクリーム。
最高のハーモニーだ。
部長は笑う。
「それはよかった」
土曜日の午前中ということもあって、カフェの前には席が空くのを待つ人の姿もある。
そういえば、部長とはよく飲みに行くが、こうしてプライベートの昼に会うのははじめてかもしれない。
ちらと部長を盗み見する。
彼はポテトにケチャップをたっぷりつけて食べている。
伸びた髪をひとつに結んで、そこから遅れ毛が落ちている。
それを払う様子は、なんとも色気があって、昼間のカフェに似つかわしくない。
「そんなにジロジロ見ないでよぉ」
「すみません」
半分ほど食べすすめたところで、俺はやっとスプーンを置いた。
本来の目的を果たさなくては。
俺は「聞いてくれますか」と切り出した。
部長はポテトをくわえて、にっこりと笑う。
「もちろん。愉快な話を聞きながら食べるポテトは、格別だからねぇ」
俺は順番に話はじめた。
もともと部長は、俺が顔も知らないアルファにうなじを噛まれたことを知っている。
そのアルファが、雅だったということ。
そして、彼がオメガを怖がっており、父と関係が悪かったこと。
彼に恩を返すために番であることを隠して、番ごっこをはじめたこと。
雅には、俺の首筋を噛んだアルファの名前を「北小路さん」と伝えていること。
雅の父に会い、ひとまず和解させたこと。
そして、いま雅と期間限定でいっしょに住んでいること――。
話せば話すほど、我ながらとんでもないことをしていると改めて痛感させられる。
部長はこの話をどう思うだろうか。
「馬鹿なことしたねぇ」と笑うだろうか。
それとも、「よくも巻き込んだな」と怒るだろうか。
すべてを話し終えると、沈黙が落ちた。
俺のアイスティーの氷がからりと音を立てる。
部長はやっと口を開いた。
「番ごっこ、ねぇ」
彼は遅れ毛を払って、長い足を組む。
「ボクもやりたいなぁ」
「は?」
なんだって?
てっきり、勝手に名前を使ったことを責められると思っていた俺は、肩透かしをくらった。
部長は続ける。
「ずるいよぉ。そんなおもしろそうなことを独り占めするなんて」
「は、はぁ」
「昨日雅くんから電話かかってきてさ。もうびっくりしたよ。泰斗さんの番さんですよね、お名前伺ってますって言われちゃって」
「……はぁ」
「思わず、そうだよって返したけど、ボクってほんと、機転が利くよねぇ。藤堂、ほんとうにラッキーだよ。こんな上司を持てて。ほら、いつもの台詞は?」
「……俺はラッキーヒューマン」
「そうそう。ね? ボク、こんないい上司なんだから、仲間に入れてよ。ほんとうにボクと番ごっこしよう。嘘から出た誠って言葉もあるくらいだし?」
「いや、でも」
俺がためらうと、部長は身をぐっと乗り出してきた。
「雅くんに言っちゃうよ? ほんとうのこと。いいの?」
「ええと」
脅しだ。
俺は目を泳がせる。
「ね、今日からボクが君の番。ああ、おもしろいねぇ?」
彼は上機嫌だ。
だめだ。
この人に弱みを握られてしまったいま、断るすべは、ない。
カフェの外を、人々が足早に通り過ぎていく。
今日の午後から雪が降るらしい。
空には厚い雲が立ち込めている。
俺は頭を抱えた。
「俺に、どうしろと……」
うめくと、部長はまたけらけらと笑う。
「嫌なら、さっさと終わらせればいいんだよ」
「終わらせるって、なにを」
「番ごっこだよ」
「え?」
顔を上げると、彼のけだるそうな瞳と目が合う。
彼は指を組んで、その上に顎を乗せた。
「雅くんだっけ? その子のオメガ恐怖症を治してあげれば君の恩返しも終わりで、番ごっこは終わり、本物の番も解消、でしょ? そしたら、ボクとの番ごっこも終わり。――ボクにいい案があるよ」
けだるそうな瞳が、あやしく揺れた。
ともだちにシェアしよう!

