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第32話
病院の待合で会計を待っていると、後ろから肩を叩かれた。
「藤堂さんですよね」
振り返ると、小柄な青年が立っていた。
女性かと勘違いするようなアーモンドのような目に、長めのショートカット。
俺は目を瞬かせた。
「……ええと、あのときの」
「水無瀬日向です」
「ああ……」
部長が雅の番ごっこの相手として連れて来たオメガだ。
確か、いま大学院生なのだと言っていただろうか。
彼は俺の横にあるスーツケースを見る。
「すごい荷物ですね? どこか行くんですか?」
「……実家に帰ろうと思ってさ」
「年末休暇ですか?」
「そういうこと」
このままホテル暮らしでもいいが、年末年始のホテル代は正直、高い。
俺の実家は八王子にあるが、雅には多摩と伝えている。
だから実家にいれば、雅と鉢合わせる心配もない。
俺の吐いた嘘も、たまには役に立つらしい。
いや、そもそも雅はもう俺のことばど探してもいないかもしれないが。
彼は俺の隣に座ると、首を傾げた。
「今日は体調不良ですか?」
俺は流れるように嘘を付く。
「風邪。日向は?」
「私は説明会です」
「へぇ……?」
彼は分厚い冊子を見せる。
ついさきほど、俺も同じ冊子を受け取った。
オメガの抑制剤の治験に関する冊子だ。
俺は片眉を跳ね上げた。
「治験、参加するのか?」
「そのつもりです。抑制剤に希望を持たないと、やっていられませんよ」
日向はやけくそ気味に笑う。
「オメガに生まれたせいで、就職もぜんぶパァですよ、パァ」
「それは……」
「北小路さんから聞いてないですか? 私、北小路さんのところで働くはずだったのに、内定取り消しです。入社時の検査でオメガって出たせいで」
「いままでオメガだってわからなかったのか?」
「わかりませんでしたよ。20歳のときの一斉検診でもベータって出てたのに」
彼は唇をとがらせる。
俺は一斉検診を受ける前に番を得たが、そういえば一斉検診では1パーセント以下の確率で誤診があるそうだ。
俺は尋ねた。
「……それってもう決定事項なのか?」
「どっちがですか? オメガであることなら決定事項です。検査を受けなおしてますから。3回も」
「そうか……。内定は?」
「番がいないオメガを雇う企業はありませんよー。北小路さんは4月までに番ごっこをしてくれるアルファを見つけてこいって言うんですけど、厳しそうです」
「ああ……」
オメガとして人生。
やるせなさが胸に広がる。
しかし、彼は明るい声音で話題を変えた。
「榎原さんは、あれからお元気になられました? 私に触ってひどく具合が悪くなったみたいでしたけど?」
「雅? 雅は、ああ、あの後、家帰ったらピンピンしてたよ」
「それはよかったです。榎原さんのオメガ恐怖症、はやく治るといいですね」
「そうだな」
雅の話題が出たので、俺はちょっと踏み込んだ質問をしてみることにした。
「雅のこと、気に入ったか?」
「榎原さん? 番ごっこの相手として、ということですよね? 私はちょっとタイプじゃないですね」
「へ」
意外な返事に、俺は目を丸くした。
日向は続ける。
「番ごっこをするなら、もっとちゃんと割り切ってくれる人がいいです」
「割り切る?」
「そうです。たとえば、それこそ北小路さんみたいな」
「……あー……言わんとするところはわかる」
雅は生真面目すぎるところがあるからなぁ、とぼやく。
番ごっこの相手である俺にあんなに親切にして。
そしてあげくに俺の匂いに惑わされて。
いや、惑わしたのは俺のせいか。
雅との夜を思い出す。
俺だって、割り切れていない側だ。
日向をちらと見る。
若いのに、よく人を見る目がある。
部長なら、きっと番ごっこをしたとしても相手に必要以上に踏み込まないだろう。
彼はおせっかいだが、一線はきっちりと引くタイプだ。
俺はふと雅が言っていたことを思い出す。
「雅はお前と手を組んだとかなんとか言ってたけど?」
日向の肩がわずかに揺れた。
「……さあ、なんのことかわかりません」
しかし、日向は静かな声で答える。
あのときの雅は様子がおかしかったから、手を組んだというのも冗談かなにかだったのだろうか。
俺は息を吐いた。
何を考えても、雅、雅、となってしまっている。
やめよう。
「なぁ、日向。番ごっこはおすすめしないぞ」
「なんでです? 番ごっこのおかげで、藤堂さんは人生、うまくいっているんでしょう?」
「……」
俺は言葉を飲み込んだ。
その言葉は正解で、いまだけは不正解だ。
黙り込んだ俺を見て、日向はなにを思ったのか。
彼は時計を確認して尋ねる。
「……藤堂さん、お昼は?」
「まだだけど」
「なら、ランチでもどうですか? 私、近くのおいしいごはん屋さん知ってます」
俺は一瞬ためらう。
こんな青年を相談相手にするほど、落ちぶれてはいないつもりだが。
「番ごっこについてちゃんとお話し聞きたいです」
”番ごっこ”だなんて馬鹿げた話を知っていて、オメガである彼にしか、話せないことのようにも思えた。
俺は頷く。
「よし、おっさんが奢ってやるか」
「わぁい」
日向は両手を合わせてよろこんだ。
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