1 / 12

第1話

 絵を描くことが好きだった。  幼い頃からアニメや漫画に夢中になったあげく、感動を自分の手でも表現したい。そう感じたのがきっかけだった。物語を書くというより、絵でどこまで表現できるのかを試したいという衝動だったのだと思う。  有名なアニメーターが言ったことに、誰でも最初の何万枚かは下手くそだけど、そこを乗り越えたら変化が起きるという話があった。頭から信じこんだ俺は、昼も夜もなく空いた時間があれば絵を描き続けた。社会に出ても続けて、ようやく納得のいくものが描けるようになってきた、そんな矢先だった。  対価として金を得る行為は、ただ享受するだけの学生とはまるで比較にならない。義務に追われて時間と労力を食う。それでもと絵に時間を割いたことで、生命に必要な手間と時間を削ってしまったらしい。気づかぬうちに蝕まれていた病魔によって、志半ばに人生を終えてしまった。  そのはずが、俺は別の世界で生まれ変わることができた。神のいたずらか、なぜなのかは皆目見当もつかない。しかし俺は前世の記憶を保持したまま、ゼンダント王国第二王子、ルイ・アルトワとして、王城の中を現に歩いているのである。   「ルイ様、そろそろお時間になります」    並んで歩いているのは、シルバーに輝く柔らかな髪をやや長めに切りそろえた美丈夫だ。ケイシー・エインズワースという名の伯爵家の令息で、前世ではイラストのモデルとして、現在は絵のモデルとして、さらには実務的にも世話になっている。   「もう、そんな時間か」   「一時間ほど後にはダイニングへ向かわねばなりません。お召し替えのためにも部屋へ戻られたほうがよろしいかと」    仏頂面なのにクールと形容できる端正な顔立ちは、描きがいがあるだけでなく、気を抜くとうっとり見惚れてしまう。   「……そうだな」    じろじろと観察していたいところだが、あまり注視していると彼のほうも俺を見つめてくる。   「なるべくお近くに寄らぬよう、目を光らせておきます」    ケイシーはまるで従者のように俺の側から離れず、甲斐甲斐しくも世話を焼いてくれているからだ。俺の望みをいち早く察して、本職の従者より先にと気を張ってくれているのである。だから目を光らせているというのは常態のことで、よくよく見ようとすると気まずい思いをすることになってしまう。   「あのエマニュエル王子は、どうにかならないのか」 「ええ、困ったものです。あなた様がオメガであるとなれば、求婚する勢いですから」 「……キリアン国に嫁ぐなど死ぬより酷い目に遭いかねない。勘弁してもらいたいものだ」 「ご安心ください。わたしが全力を以てルイ様の安全をお守り申し上げます」    ケイシーの俺に対する忠義心は揺らぐということを知らない。なぜそこまでと理解不能なほどに、時間の許す限り仕えてくれているのだ。  ありがたいことだが、ケイシーは貴族令息である。仕事でもないのに護衛騎士のごとく四六時中側にいては、人生を台無しにしかねない。  ケイシーといると安心できて心地よくいられるものの、彼の将来を案じてやまず、俺にとっては悩みの種となっていた。   「おお、俺の麗しい弟じゃないか」    噂をすれば、兄のピエール・カンブルランとかち合ってしまった。廊下で会うなり強く抱きしめられて、吐き気がこみ上げてくる。   「……ごきげんよう、兄上」    失礼のないように押しのけると、ピエールは嬉しげに緩ませた表情のまま、舐め回すように俺の頭から足まで視線を滑らせてきた。   「今日は輪をかけて美しいな」 「とんでもないことであります。兄上こそまるで太陽のようだと評される凛々しい方ではございませぬか」    こんな歯の浮くようなことは言いたくないが、形容としては事実だった。ピエールは雄々しく勇ましく、剣技の腕も一流ときて、ケイシーとはまた違った端正な顔立ちをしたイケメンだ。第一王子として次期国王の立場にあり、国民から絶大な人気を誇っている、彼もまたケイシーと同じくゲームの攻略対象者であることが理由なのだと思う。   「互いに上手いこと母親の美貌を譲り受けたな。ただおまえは珍しくも第二の性のほうは父親譲りときている。一般的に母から受け継ぐものであるというのに、さすが『至高のアルファ』は類稀な運を持っているようだ」 「……それは母上の二つ名であると存じますが」 「エミリ前王妃の二つ名は『至高のオメガ』だろ? おまえはアルファなんだから『至高のアルファ』に相違あるまい」    ピエールとはいわゆる異母兄弟の関係にある。母はどちらもすでに病死しているのだが、ピエールの母はアルファで、俺の母はオメガだった。母はこの世の美の頂点と評され、極上の美を表して『至高のオメガ』と謳われていた。若くして亡くなったことを嘆いた国民たちは、俺が母の美を受け継いだこと、そしてアルファであったことが奇跡であると言って、ピエールと人気を二分するほど讃えてくれている。おそらくそれが、この兄が俺を敵視している一番の理由なのだと思う。なんとも厄介で、かつ忌々しい。   「それより今夜は離れにエマニュエル王子を招待するから、おまえも来るんだぞ」 「……わたくしも、でありますか?」    あんな下卑たパーティに俺もとは、まさかのことだ。ふざけるなと拒否してやりたい。   「そうだ。エマニュエル王子たっての希望でな。賓客の求めに応じるのは王族として当然の礼儀だろう?」    内々のこととはいえ、王子から望まれては断る選択肢はない。しかも、ここ三年断り続けてきたせいで、かなり疑念の芽を育ててしまっている。   「承知いたしました」 「おまえがどんなふうにフェロモンの前で乱れ狂うのか、今宵は見ものだな」    不敵な笑みで言うピエールは、傲慢な性質が見るからにあらわだ。  ケイシーなら当然といえるのに、なぜ精力旺盛な俺様野郎も攻略対象者なのか、いまだにまったく理解できない。  俺は生まれ変わったとき、赤子だというのに前世の記憶がはっきりとしていた。身体は動かせずとも話すことはできたし、国王と王妃が驚く知識を披露することもできた。しかし、不気味な子だと思われては生きづらいと判断して、ひどくませた知性の高い王子として振る舞い続けてきた。  そして、鏡のなかの自分が日に日に見覚えのあるイラストに近づいていたことから、ここが見知らぬ世界ではないことに気がついた。  記憶を手繰り寄せた末に見当をつけたのは、「バーティカルソード~オメガの悲運をぶちやぶれ~」というBLゲームだった。  ゲーム自体をプレーしたことはなかった。ただ、ルイ・アルトワというキャラが一時期絵師界隈で流行したことがあり、描くとバズるのでよくネタにさせてもらっていたのだ。何十枚と描いてきたキャラに転生したとわかって、俺は驚くと同時に絶望することとなった。  ルイが人気だったのは、美貌もさることながら、オメガとしての運命があまりにも悲劇的だったことが理由だった。  ゲームの主人公は平民のオメガで、ルイの悲劇的な結末に触発されて立ち上がることになるのだが、その運命というのが、キリアン国に嫁がされたあと、残虐非道な夫によって凌辱のすえに殺されるというものだった。  噂にも悪辣だと聞くじじいの元へ嫁がされたあげく、そんな結末を迎えるなんて冗談じゃない。  だから俺はアルファであるように振る舞うことを決意し、オメガというのをひた隠しにしていた。  知っているのはケイシーただひとり。ケイシーは俺の世話をしてくれているだけでなく、命をも守っていてくれている、この世で唯一の忠実なる友なのである。

ともだちにシェアしよう!