2 / 12

第2話

 キリアン国の第一王子であるエマニュエルは、ゼンダント王国へかなりの頻度でやって来る。国交は緊張関係にあるというのに、表向きには友好国として振る舞っているせいもあって、半年と空けずに来ては一月ほど豪遊していくのである。   「さてエマニュエル、ここからが本番だ」    深夜になろうという夜も更けた時分だった。ピエールとエマニュエル、そして俺とケイシーの四人は王城の敷地の端にひっそりと立つ離れへとやってきていた。   「しかし、三人だけというのは聞き捨てならないな。二週間もかけてやってきたというのに、少々侘しい歓迎ではないか?」    国賓を歓待する際は、国王夫妻を交えての夕食会を開くのが通例だ。終えたら紳士だけ別室にてブランデーを楽しむなどして、それぞれの部屋へと落ち着くことになる。しかしエマニュエルがゼンダントへ来る目的は、ピエールから振る舞われるおもてなしにあった。   「無論その程度で済ますはずがなかろう。遅くなるが一時間後にもう二人くる。しかも今宵はすべてが初物だぞ」    ピエールが言うのはオメガのことである。しかも、ヒー卜を起こして発情真っ只中のオメガたちだ。そして行われるのはアルファとオメガによる乱交という、グロテスク極まりないものなのである。   「……初物か。悪くはないが、初日は手慣れたオメガのほうがよかった」 「なんだエマニュエル。不服だとでも言いたいのか?」 「冗談だ。本気に取るな。今までにない歓待だよ。なにせ、ルイ王子まで呼んでくれたのだからな……」    ちら、とエマニュエルの目が俺のほうへ逸れてきた。暖炉の灯りだけでも、情欲をたたえた瞳がありありと見える。アルファであるとわかっていてもなお、この隣国の王子は俺に色目を使うのをやめてくれない。アルファとしての嗅覚か、はたまた三年前にこのパーティを逃げ出した疑念からか、会うたびに獲物を見るような目を向けられて不愉快極まりない。   「そもそもが不満など口にしてもらっては困るよ、エマニュエル。貴国では叶わない思いをさせてやっているのだから」 「ほんと、絶倫のクソが独占しているせいで、わざわざ隣国にまで来なきゃならんとは迷惑極まりない」 「しかし、いつかはおまえがその立場に取って代わるんだろう? それまでは、我が国のオメガで楽しんでいたらいい」    これ以上聞いていたら胸が悪くなる。俺は込み上げてくる吐き気に耐えかねて、二人から距離を取ることにした。   「ルイ様、こちらでご気分をお鎮めください」    窓際のほうへ向かうと、ケイシーがワイングラスを手に追いかけてきた。ケイシーは面白いほど無表情を貫く堅物だが、十五年以上もそばにいるせいか、多少の感情を読み取ることはできる。   「……腹が立つのはわかるが、手までは出すなよ」 「心得ております。……ですが、もしルイ様のお身に触れようものなら──」 「どうするというんだ?」    遠くからピエールが口を挟んできた。離れたというのにしつこい男だ。   「……どなたもルイ様には近づけさせません」 「ほう。さすがの忠義だな、エインズワース。しかし、アルファはオメガと番うものなんだぞ? おまえが熱を上げたとて、許されることではないのは承知しているのか?」    相手にしたくないはないが、指摘は正論といえる。ピエールが暗に含ませたのは、ゼンダント王国に昔からある訓戒だ。  オメガはアルファのものであり、アルファはオメガのもの。ベータは手を出してはならず、オメガはアルファから種を得るべしというものだ。  この世界では男女とは別に第二の性というものがある。三種に分かれているのだが、オメガは最も希少でアルファよりも数が少ない。しかも、オメガは生まれながらに特殊な能力を持っているのである。オメガの子を成せるのはオメガだけというのもあって、少しでも多くの子を生むよう推進されている。  おそらくゲームの設定なのだろう。ゲームは主人公が特殊能力を用いて攻略対象者たちと魔物を打ち倒していくのがメインストーリーとなっている。プレーしていないので主人公の能力は知らないが、俺の能力は『芸術的才能』だった。嬉しいやら悲しいやら、前世で磨いた腕とさほどの違いはない。もしかしたら、記憶を持って転生したのはこの能力に関係しているのかもしれない。   「ルイ様は婚前交渉というものに後ろ向きな考えをお持ちの方でありますから」 「はっ! 王族のアルファが性に淡白だなどと、むしろ国民の不興を買う話だぞ?」 「わたしは美徳だと存じますが」 「ほう。つまりは俺を否定しているということか?」    気に入らないという様子で、ピエールは余裕の笑みを消してケイシーを睨みつけた。   「……どなたかの徳を持ち上げたとしましても、他の方の徳を下げる意図など含ませてはおりません」    次期国王から睨まれては震え上がりそうなものだが、ケイシーは相手が誰であっても怯むことはない。堂々として、絶対に流されない気概は友として誇らしくなる。   「ふん。伯爵令息風情が城の中を我が物顔で歩き回りやがって。俺が国王になったら即刻廃爵してやるからな」    一方のピエールは、同じ攻略対象者だというのに、なぜあんなにも傲慢不遜で下衆な性格をしているのだろう。惚れる要素がどこにあるというのか、今もって理解できない。   「到着したようだぞ」    エマニュエルの声がして振り向くと、離れの玄関からオメガたちが現れたところだった。ヒートが起きているというのに放置されていたのか、高熱が出ているかのようにうつろな目をして、ふらふらと足取りは危なっかしい。   「おやおや、かわいそうに」    エマニュエルは憐れむように大げさな身振りをしつつも、なだれこんできた空気を味わいたいとばかりに深呼吸をしている。恍惚とした笑みがなんとも下品で見ていられない。   「オメガのフェロモンは、最高の興奮剤だ」    ピエールのほうも不機嫌はどこへやら、ご馳走が届いたかなように舌なめずりをしている。あれほどのひどい状態を前しても後ろ暗さが微塵もないらしい。ただでさえ不快な男なのに反吐が出そうだ。   「……っ」    それはそうと、俺の隣にもアルファがいる。歯を食いしばるような声がして隣を仰ぎ見ると、ケイシーはひどくつらそうに顔をしかめていた。  ヒートを起こしたオメガは、強い性的欲求に襲われて、アルファを刺激するフェロモンを放つ。フェロモンにあてられたほうも抑えが利かなくなり、まるで発情期の獣のように、互いの身体を求め合わねば鎮まらないのである。   「おまえは先に戻れ。招かれていないのだし、俺もしばらくしたらこっそりと抜け出すから」 「あなた様を置いて一人で逃げ出せなどと、そのような非情な命はお受けできかねます」 「……いや。でも、きついだろう?」 「ええ。ですから……あなた様もわたしのように振る舞わなければならないと存じます」    ケイシーの言葉にはたと気づく。そうだ。オメガであることを隠しているというのに、アルファらしい反応を見せなければ元の木阿弥だ。   「……じゃあ、二人して気分が悪いと言って出ていこう。招待を断らなかったのだから、十分の誠意は果たしたはずだ」 「お言葉ですが、以前同様のことをしてピエール殿下からしばらく疑念の目を向けられたのをお忘れですか?」    まったくもってぐうの音も出ない。   「思えばあれが始まりだったかもしれないな」    現状俺は、ピエールやエマニュエルからオメガなのではないかと疑われている。ヒートの期間はあの手この手で行方を捜されるなどして、ひどく厄介な目に遭っているのを失念してはならない。   「ええ……ですから、本日はしばし付き合わねばなりません」    ケイシーは言うと、やおらに上着を脱ぎ始め、驚くことに肉林のほうへと向かい出した。   「なにをするつもりだ?」 「不自然に思われぬようわたしがお相手して参りますので、ルイ様はこちらでお待ちいただければと存じます」 「はあっ? おまえが……なにをするって?」

ともだちにシェアしよう!