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第3話

「ご安心ください。最後まではいたしません。不自然に思われぬよう多少の相手をする程度でありますから」    ケイシーはシャツのボタンを外しながら歩いていく。アルファがフェロモンに惹かれるのは生態的に自然なことである。しかし、ケイシーの目的は違う。欲望のためではなく、俺のためなのだ。   「待て、ケイシー」    俺はケイシーを追いかけて腕を掴んだ。   「やめてくれ。そんなことをするくらいなら、もういい。疑われても構わないから」    なにより俺が嫌だった。ケイシーが他のオメガを抱く姿なんて見たくない。オメガを隠すことの代償にそんなことを耐えねばならないというのなら、自ら触れて回ったほうがましだ。   「お気遣いいただき感謝申し上げます。ですが、あなた様の身に危険が迫る要素は、少しでも排除しなければなりません」    ケイシーは切なげに息を荒くしていた口元をひしと結んだ。決意の滲ませる凛々しさだ。  俺はそんな勇姿を見て、場違いにもごくりと喉を鳴らしてしまった。   「……いかがなされたのですか?」    ケイシーは額に薄っすらと汗を滲ませた顔で、まじまじと俺を覗き込んできた。見つめられると鼓動が高鳴り、触れている部分が熱くなっていく。今ならアルファの振りができるかもしれない。ケイシーの匂い立つほどの色香に、酔ったみたいに意識が朦朧としてきた。   「おまえには感謝している。だが、俺のことより……なにをする?」    しかしと頭を振って説得を続けようとしたところ、ケイシーはなぜか突然俺を抱き上げてきた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。   「……って、どこへ行くんだ?」    しかも、そのまま離れの玄関へと進んでいく。ケイシーはシャツがはだけているのも気にかけず、ピエールたちを気にする素振りもない。   「ご安心ください。離れの前に馬車を待機させてあります」    しかも脱ぎ捨てた上着も素通りだ。後で引き取るにしても二度と踏み入れたくない場所だというのに。俺はソファに引っかかっていたそれを、通り過ぎる隙になんとか引っ掴んだ。   「なんだ、結局は逃げ出すのか?」    ピエールが大声で呼び止めてきた。三年前の再現どころかさらに不可解な行動を取っているのだから無理もない。   「……殿下のお顔を立てたのですから、もう十分と存じますが」 「だったら、おまえひとりが出ていけばいいだろう。ルイは苦しんでいるではないか。早く鎮めてやらなければ、憐れ極まりない」    ピエールは膝の上に乗せたオメガの娘を撫で回しながら言うと、煽るように彼女のうなじを舐めてみせた。   「ルイ様はお心を痛ませていらっしゃるだけです」    ケイシーは焦っているのか、珍しくも苛立ちを声に滲ませている。助け舟を出してやるべき場面だが、俺は不甲斐なくも気を回すどころじゃなかった。火照ってたまらず、手元の上着に顔をうずめたいとそれしか頭の中にない。   「心だと? 身体が疼いているだけだろう、誤魔化そうとするとは甚だ無礼なやつだ」 「殿下に対して虚言を申すなど、愚かなことは断じて致しません」 「はっ! だったら、オメガのフェロモンがひとり分強くなったのはどういう了見だ? ここには三人のオメガしかいないのに、四人分のフェロモンを感じるんだがな」 「鼻の通りがお悪いようでしたら、カモミールが効くという話でありますよ。殿下」    ケイシーは言うと、まるでそれが捨て台詞だと言わんばかりに、俺を抱いたまま離れから出ていった。   「ルイ様、もうしばし堪えてください」    ケイシーの低い声が頭上に降ってくる。この声は匂い以上に俺を安心させてくれるのだが、みるみる高ぶる衝動はこの程度では収まりがつかないところにまできてしまっている。   「……普段どおりなら来週に来るはずだったのだが……」 「時期が近づいていたからかもしれません。大量のフェロモンにさらされたことで、刺激をお受けになられたとも考えられます」    ケイシーは本当に馬車を待機させていたらしい。離れの外にはエインズワース家の家門の入った馬車が停まっており、ケイシーは器用にも俺を抱きかかえたまま中へと乗り込んだ。   「どちらへ行かれますか?」    御者のジョンは、主人が王子をお姫様抱っこで連れてきても眉ひとつ動かさない。さすがは王城の使用人より忠誠心が厚く、口の堅い男なだけある。   「シュタットの邸宅だ」 「承知いたしました」    応えるが早いか馬車は動き出した。これでもう耐える必要はない。俺はほっとしたとたん衝動に駆られて、はだけているケイシーのシャツの中へ指を滑らせた。   「このような事態になってしまうとは、どうにか上手い言い訳を考えてお断りするべきでありました」    悔いの滲む声とともに喉仏が動く。俺はそこをめがけて舌をはわせ、次に耳を食んだ。   「……屋敷までお待ちになることはできないのですか?」    目の前にご馳走があるというのに、俺を苦しめるつもりなのだろうか。  かちんときた俺は、ケイシーの膝の上で対面になるよう座り直し、煽るために下半身を擦り寄せた。   「おまえはできるのか?」    ひとたびヒートの起きたオメガは、性的渇望に支配される。アルファを惹きつけるためのフェロモンを放ち、子種を注いでもらおうとあの手この手で誘惑するようになる。   「……あなた様のためならできます」 「ならば、俺が求めたらどうする?」 「あなた様のお望みを、わたしが聞かないとでもお思いですか?」    ケイシーは応えると、俺のうなじを掴んで引き寄せ、荒々しく口づけてきた。

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