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第12話

「……ここは、どこなんだ?」    それはそれとして、この部屋がどこなのかが気になっていた。王城ではないし、シュタットの屋敷とも考えられない。   「シュタットであります」 「シュタットだと?」    信じられない。シュタットの屋敷で知らない部屋はないはずだ。ここへ来るのはヒートのときだけだが、外へ出られないこともあって暇を持て余した俺は、散々歩き回って知り尽くしているつもりだった。   「出ていただければ場所がおわかりになると存じます」    促されたため部屋を出てみると、そこにも部屋があった。なぜ?とカンテラを持ちながら部屋の中央へ向かうと、滞在中最も多くの時間を過ごす主寝室であることに気がついた。   「寝室のチェストの中だったのか」    振り返ると出てきたドアはこちらから見て扉の形状となっていた。一見してわからぬよう隠された部屋だったようだ。   「隠し部屋のように見受けられると存じますが、鍵はかけておりませんでした。自室からいつでもあなた様の作品を堪能できるよう、もともとあったからくり部屋を利用しただけであります」    なるほど、ケイシー的には隠しているつもりはなかったらしい。暇つぶしにでも開けたら見つけてしまえたようだ。  中は貴重な絵画や宝石などを隠しておくための部屋だったそうで、他の部屋より湿度や日当たりなども計算されているため、展示室として使用するにもうってつけだったのだという。   「……宝石の類と同等に扱ってくれるとは、絵描き冥利に尽きるな」    確かに幼い頃に描いた絵も保存状態がいい。いま一度隠し部屋へ戻って見てみると改めて驚かされた。管理してくれているのもあるのだろうけど、年月を感じさせないくらい状態が保たれている。   「宝石などあなた様の作品と比べては道端の石に等しい存在です」 「大げさだな」 「とんでもない。わたしにとっては人生を変えてくれた宝物なのです。あなた様の作品を見たことで、ようやく自分という人間を肯定できるようになったのですから」    ケイシーは初期の頃の作品を眺めながら、なにかを思い出すように目を細めた。   「あなた様の描いてくださるわたしは実に人間らしい。喜怒哀楽を持っているように見えて、最初は妬みの感情すら抱いておりました」 「なにをいう。おまえは感情豊かな男だ。確かに表情に乏しいというか、よく見もせずに冷淡だと言うやつもいるが、少なくとも俺にはわかる。筒抜けだよ」    らしくもない憂いを帯びたような表情を見て、慰めてやりたくなってしまった。するとケイシーはふっと口元を緩めて嬉しげな目を向けてきた。   「ありがとうございます。あなた様は何年経ても変わらずわたしを感情豊かに描いてくださいました。そのことでわたし自身も自分を信じるようになり、わたしは救われたのです。如何に社会で生きていくに相応しくない人格でも、生きていてもいい存在なのだと思えるようになりました」    喜びを表現したい気持ちもわかるが、なかなかに大げさなことばかりを言ってくれる。   「おまえほどしっかりしたやつはいない。おまえが相応しくないというなら社会のほうがおかしいと俺は思うぞ」 「……ありがとうございます。そのようにおっしゃってくださるのはあなた様だけです。……ですからわたしは……」    ケイシーは俺の腰に手を回してそっと抱き寄せてきた。  俺より背は高く体格も大きいというのに、まるで庇護を求める子のように俺の肩に顔を埋めている。稀にこんなふうにして甘えてくるケイシーは、年下らしさが垣間見えて可愛く思えてくるのだ。   「わかってるよ。おまえの忠義は言われずともわかってる」 「忠義心ではありません。わたしはあなた様を愛しているのです」    むきになったように言われて、吹き出しそうになった。よほどの忠義心を向けてくれていると考えていたが、そのすべてが愛という情熱によるものだったとは今もって驚かされる。というか、くすぐったくも、にやついてしまいそうだ。   「……それもわかった。伝わってるから」    頭をぽんぽんと軽く叩くと、ケイシーは感激したように身体を震わせてキスをしてきた。   「できることなら、ヒートのとき以外にもあなた様に触れたいのです」 「……ああ。俺も同じ気持ちだ。好きなときに触れてくるといい。俺はおまえの伴侶となるんだろう?」 「ルイ様……」    ケイシーは驚いた顔をして、熱烈なほどに抱きしめてきた。ケイシーの声は涙まじりだし、体温は発情しているごとくに熱くなっている。痛いほどに気持ちが伝わってきて、いよいよにやけるのを抑えられなくなってきた。   「では、今からベッドへお連れしてもよろしいですか?」 「今から?」    さすがにぎょっとしてしまった。気を失う前は俺が求めてしまっていたが、あれは薬のせいだった。抱き潰してくれるほど抱き合ったというのにまだ足りないとは、アルファの体力は計り知れない。というより、それほど俺を好きということなのだろうか。   「あなた様の許可なくば決して勝手なことは致しません」    すがるように言われては頬までも熱くなってしまう。愛を告げてくれたせいか、あれもこれもが愛らしく見えてくるようだ。   「おまえは俺ばかりを抱いていて飽きがこないのか?」 「飽きるなど、死を迎えたとしてもあり得ません。あなた様がオメガであったらと、どれほど懸想していたかをご存知でいらしたらおわかりいただけると存じます」    ケイシーは熱っぽく言うと俺のうなじに鼻をすり寄せてきた。  強引な手段をとったことには憤慨したものの、致し方なかったのかもしれない。貴族令息であっても伯爵家は下位のほうだから、王子を娶るには力不足だと感じていたせいだったのだろう。これほどまでに俺に好意を持っていて従順なのだから、俺の反応を不安に感じるのも無理はない。   「ケイシー……番うためにはヒートのときじゃなければならないのか?」    ならばと提案すると、ケイシーはこちらが驚くほど身体をびくつかせてまさかという顔で覗き込んできた。   「よろしいのですか?」 「俺にもおまえ以外にいないんだ。婚姻まで結ぶのだから番になったって構わぬだろ?」    ケイシーの幸福が俺といることにあるのなら、俺もまた然りだ。騙されたことなどほんの些細なことでしかない。ケイシーがこれまで俺に尽くしてくれたこと、どこまでも忠実に愛を向けてきてくれたことと比較したら余りあるほどだ。   「……ルイ様」    目に涙をたっぷり溜めるほどの喜びようを見て、こっちの口元も綻んでしまう。ケイシーを幸福にしたいと願い続けてきたのはある意味で徒労だった。俺が必死に抑えてきた願いと同じだったのだから、幸福にするのはあっけないほど簡単なことだったのだ。   「今からでも、ひとつになろう」    こうして、俺は転生した先でも早世することなく、生き延びる道を見つけることができた。  抑制剤の効力は確かだったようで、国内外問わず商品として売りまくった国王は、国庫を潤すことになってこの上なくご満悦だった。ゲームの主人公であったエルネスト率いる討伐隊も、期待以上の活躍を見せたらしく、なにもかもが無事にケイシーの絵図どおりに運んだ。  俺はといえば気ままに絵を描いて過ごすだけでなんら苦労をすることもなく、王子であったとき以上の暮らしをさせてもらえている。対外的にエインズワース家に輿入れした形となったが、国王はケイシーに公爵位を叙爵したうえに大公の土地を分けてやるまでしたため、幸福と言うにも上手く行き過ぎて怖いほどだ。   「ルイ様、もう一度してもよろしいですか?」    唯一苦労しているといえば、伴侶が絶倫すぎることくらいだろうか。   「ん……そろそろ寝かせてくれよ」    ケイシーが俺を何度抱いても飽きないと言ったのは事実だった。ヒートがくることはなくなったというのに、毎日太陽が登る寸前まで求められて、以前以上に大変な日々となっていた。   「もう一度だけですから」    ケイシーはいまだ興奮冷めやらぬ声で言うと、のびていた俺を横臥位で抱き寄せて、片足をあげてずぶりと性器を埋め込んできた。   「あっ、ちょっ、いいって言ってないのに」 「気持ちよくさせておあげになりますから」    どうしようにも愛が多い。セックスだけでも大変だというのに日中もつきっきりで、正直なところ最近は不自由さを感じ始めていた。   「んっ、確かに気持ちいい、けど……」    俺の姿が見えなくなると大騒ぎで探し回ったり、どこかへ行くときには必ず帯同する徹底っぷりで一人きりになれることがない。   「ご不満があればなんなりと申し付けてください。あなた様の望むことならどのようなことでも致します」 「あっ、あっ、ん……じゃあ、久々に城にでも」    ともに暮らし始めたことで、王城へ行く機会もなくなっていた。ケイシー以外はエインズワース家の使用人くらいしか顔を見ない。あれほど不愉快だったピエールを懐かしく思う日が来るほど、誰とも会えていないし、外にすら出られていないのだ。   「承知いたしました」    ケイシーは言うと俺の顎を持ち上げて、律動しながらキスをしてきた。  こう口では言っても、本当に俺が望んでいる形にならないことは身を持って知っている。行くだけですぐ帰るという手を使ってまともに話すことはできないに違いない。   「おまえには何か予定はないのか?」    たまには一人になりたいというのが本音だった。すべて俺の自由にさせてもらえているが、ケイシーも必ずそばにいるという条件の元なのは少し息が詰まる。   「あなた様にあれば、わたしにもあります」 「そうじゃなくて、友人とか弟たちや家族に会うとか、貴族なんだから社交するとか」 「必要ありません」    即答が返ってきて脱力しそうになった。俺に友人がいないのは、オメガであることを隠していたからだ。人と関わることを避けていたせいで気安く付き合える友人なんてものができなかったのだが、思えばケイシーにもいるはずない。俺のそばにずっといたのだから。   「でも、俺とばかりいても退屈じゃないか?」 「とんでもない。せっかく策を弄してこの日々を手に入れたのですから、死がわれわれを分かつまでわたしはあなた様にお仕えする所存です」 「なんだって?」    策を弄してって、どういう意味だ?   「ご安心ください。わたしは生涯あなた様から離れません。アルファとして、いえ伴侶としてあなた様を生涯お護りし、お慰めいたします」 「そっちじゃなくて、策がどうって、それはなんなんだ?」 「この日々を手に入れるため、わたしが労力を注ぎ込んだことであります」    ケイシーは言うとにやーっと口角を吊り上げて、激しく腰を揺さぶってきた。   「んっ、そんな、あっ」 「ご安心ください。これから先、誰一人としてあなた様には近づけさせません」    あんな恐ろしい笑みは前世を含めて一度として見たことがなかった。なにもかも知っているはずのケイシーを見てぞっとするとは、なにやら不安をかきたてられる。   「んっ、あっ、ちょっと待て」 「もう少しでありますから……ルイ様、愛しております」    ケイシーは情熱的に言うと俺を強く抱きしめて、突き上げをさらに激しくしてきた。ケイシーは何度セックスしてもまるで初めてのときのように荒々しい。まだ足りないというように深く俺を感じようとする。比喩ではなく実際に食べられてしまうのではとの恐怖が起きるほどに。   「んっ、んっ、気持ちいっ……いきそう」 「感じてください。何度でも、わたしで……あなた様は、わたしのものなのですから」    俺は幸福で、不安なんて感じる必要はないはずだ。それなのに、言いようのない恐怖が常々腹の底にあり、どうやっても消えてくれない。  ケイシーは生涯護ってくれると言ってくれた。俺は死を回避することもできた。ただ、檻に囚われているような、まるで自分の人生を生きていないような、そんな錯覚があるだけだ。   「あっ、あっ、ケイシー、もう、いくっ」 「わたしもです。愛しております。ルイ様っ……」    これは錯覚なんだよな? 俺はこのままで、なんの問題もないんだよな?  自問自答しながらも、俺を決して離そうとしない男の腕の中で、快楽の絶頂を感じていた。

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