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第11話
ケイシーの野望というか目的は、俺と結婚するためだった。俺の抑制剤というアイデアを聞いたときは、完成させては自分が無用となってしまうと焦ったそうだが、交渉に使えばいいと思いつき利用することに決めたのだという。
ただ、俺が完成させては元も子もない。ケイシーは密かに急ぎ研究を進め、一年ほど前に完成することができた。そのとき協力してくれたオメガたちは志があっただけでなく能力も特殊だったようで、交渉の材料に彼らも使えるとして討伐隊までもを陰ながらに編成していたとの話だった。
「エルネストという名の平民が癒しの力を持っていたのです」
「癒しの力? ……しかもエルネストって……まさか主人公のことか?」
「……主人公、でありますか?」
「いや、なんでもない。それで父上は納得してくれたというのか?」
「ええ。自国の力で魔物を討伐できるのであれば他国に従属する必要はありません。マチューという名の平民は他者の力を増幅する能力でしたので、エルネストの力を高められます。もう一人は危機を察知できる能力でしたので、彼ら三人がいればわが軍の力だけで十分制圧できると考えました。陛下もそれならばとご納得していただき、さらには抑制剤の権利も含めて献上いたしましたので、大変ご満足いただけたご様子でした」
「……その褒章として俺との結婚を?」
「フレデリク殿下はいたく残念なそうでいらっしゃいましたが、抑制剤と引き換えであればとご納得いただけた次第であります」
「しかし、俺本人が不在であっても納得してもらえたのか?」
「ええ。あなた様は現在ヒートの時期であるとご説明いたしました」
「おまえ……勝手に俺がオメガであることをバラしたのか?」
「申し訳ございません。ですが、陛下はお気づきでいらっしゃったようです」
「なに?」
「ピエール殿下が長いこと疑念をお持ちでいらっしゃいましたが、どうやら殿下だけに留まらなかったご様子でありました。あなた様が定期的にご不在になられる点を、少なくない方々が不審に思われていたようです」
言われてみずとも確かにそうだ。オメガの生態を誰もが知っている世界で、周期的に姿を消すなんて打ち明けているのと変わりない。ヒートを目撃されなければバレることはないと安易に考えていたものの、時間の問題だったようだ。
ひと息つきたくなり、近くにあったソファへ行って腰を下ろした。するとケイシーも隣に腰を下ろして、労るかのようにそっと抱き寄せてきた。
「あなた様のお望みは、政略結婚の駒にされないことでいらっしゃるとお聞きしておりました。オメガであることをお隠しになられるのは、そのための手段として最も容易だからと。……間違っておりますでしょうか?」
「…………いや。そのとおりだ」
「抑制剤の完成を急がせたのは、わたしの立場をお気遣いくださっていたからでありますよね?」
「…………それも、おまえの言うとおり」
「わたしとの結婚はそのどちらも解消できる唯一の手段なのです。出過ぎた真似をした自覚は無論ありますゆえ、二度とあなた様の許可なく勝手なことはしない所存であることは誓わせていただきます。これからもこれまでと同様に、あなた様のおそばに仕えさせていただくだけで、立場をわきまえぬ振る舞いは絶対に致しません」
「これまでと同様にって、伴侶として過ごさないってことか?」
「おっしゃるとおりであります。ヒートも変わらず起きますゆえ、わたしがお鎮め致しますが」
「ヒートなんて、結婚したら起きることはないんだろう?」
「正確に申しますと、結婚ではなく番となったら、であります。結婚は必要措置として陛下の許可を得たものですが、番になるかまでのご判断は、無論あなた様のご意思に従う所存です」
だとすれば、本当になんの変化もない。俺がオメガであることを知られたのと、抑制剤が全世界へ広まることを除けばだが、結果としては現状となんら変わらないようだ。危惧していたこともいっさい起きないまま、いいとこ取りになるだけ。
「おまえはそれでいいのか?」
これまでどおり俺のそばにいて世話をすることが、望みだというのか? 結婚して地位を築くなりするとか、抑制剤を利用してのし上がるのではなく、単に現状を維持するだけで満足するというのか?
「わたしの望みどおりであります。なにか問題でもございますか?」
問題は……ない。俺の願いはキリアン国の王家へ嫁がず死を回避すること、そしてケイシーを幸福にしてやることだった。本人が心から望んでいるというなら、解放してやる必要もないわけで、俺にとっても願ってもないことだ。
「だけど、なんでこそこそと勝手に進めたんだ? 俺に相談してくれたらよかっただろう?」
結果はよくても手段が不服だ。望みどおりになったとしても騙し討ちのような方法を取られてはすんなり飲み込むことができない。
「わたしの望みはまだひとつ残っておりますので」
やはりなにか思惑があるようだ。それも当然だろう。ケイシーにとってなんの利にもならないのだから。
「なんだ?」
「あなた様のお心をもわたしのものにすることであります。そこだけはわたしひとりの力では如何ともし難い点でありますので」
お心って、俺がケイシーのことを好きになるかどうかってことか? そんなの一目瞭然だろう?
「ですので、少しでもわたしのお気持ちをお伝えすべく、ここへお連れいたしました」
あまりのばかばかしい理由に呆然としていると、ケイシーはカンテラを掲げて壁のほうへと動かした。すると所狭しと並ぶ絵が見えてきて、拙いものから満足できたものまで、懐かしき絵を改めて見たことで描いたときの感情や情景がつぶさに浮かび上がってきた。
俺がケイシーを好きなのは聞くまでもない。ルイ・アルトワとして転生する以前から彼にばかり見とれていたし、生まれ変わってからも彼を幸福にしたいとそればかりを考えてきた。俺にとっては今さらとも言える問いだが、ケイシーはわからず不安で、だからこそ騙すような真似をしたらしい。
なんてバカなやつだ。
俺がケイシー以外の男の絵を描いたことがあるか? ずっとそばにいたおまえならわかるだろう? 四六時中そばにいて、いないときもこうやって絵を描き進めていたくらい、おまえのことで頭をいっぱいにしていたのだから。
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