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第1話

「今日も稼ぐぞーーー!!」  ルーカスは大声で叫んだ。  道行く人々は驚いて声の主を探し、そこに見慣れた少年がいるのを見ると、肩をすくめて笑った。  ルーカスはまた元気に声を張り上げた。 「靴磨き! 安いよ! ほらほら! 兄さん、靴、汚れてるよ! 僕が磨いてあげるよ!」  夕刻、仕事終わりの人々が駅から降りてくる時間、ルーカスはマイトレの村から靴磨きの道具を抱えてキルス街の驛前にやって来ていた。  彼はここで靴磨きの商売をするのである。  彼がここで靴磨きをはじめてもう1年になる。ルーカスは今年もう18歳だが、戦争が終わったばかりで、彼は他にいい仕事を見つけることができないでいた。  靴磨きで得られる稼ぎはお世辞にも多いとはいえないが、10人の客をとれば露店の肉入りスープを買うことができる。肉といえば孤児であるルーカスにとっては御馳走である。  彼はたくさんの靴を磨くため、懸命に声を張り上げた。 「靴磨き! どうだい! ぴかぴかの靴じゃないと、いい仕事はできないよ!」  ルーカスが客引きをしていると、いつもの客がやってきて台の上に足を置いた。 「よお、ルーカス。今日も頼むぜ」 「おっちゃん! いつもありがとう!」 「お前は仕事が丁寧だからな」 「へへ! 支払い、はずんでくれよな!」  愛想のいいルーカスは馴染みの客を何人か抱えていて、彼らは列を作ってルーカスに靴を磨かせた。  ルーカスは丁寧に丁寧にそれらを磨き上げた。  ルーカスは黒目黒髪の愛らしい顔立ちをしていて、おまけに愛想がいいということで、このあたりではちょっとした有名人であった。道行く人々も次々と仕事中のルーカスに声を掛ける。  ルーカスはそれらにも元気に返事を返した。  途中、恰幅の良い男が寄って来た。 「ルーカス! 今度俺とデートしてくれよ」  こういう類の誘いもしばしばある。身寄りのいないルーカスにとって望外ともいえる縁談もあった。しかし、ルーカスはそのどれも断っていた。  ルーカスは両手をあげる。 「だめ! 僕、運命の人がいるからさ」 「でたよ! ルーカスの運命の人!」  客たちはどっと笑う。  ルーカスは真剣な顔で続ける。 「ほんとうだよ。一目惚れ。絶対運命の人なんだ」  そう言って、彼はポケットから一枚の白黒写真を取り出す。その写真にはひとりの男が映っている。 「見てよ。かっこいいだろ?」  ルーカスは言うがしかし、周りの人間は笑った。 「もう何回も見たって。その人、かっこいいけどさ、お前、この人の名前も知らないんだろ?」 「まあね。なんか知らないけど、家にあったんだ。この写真。でもかっこいいし、俺の運命の人ってことにしたんだ」 「なんだそりゃあ」  不埒な誘いを断るための口実とも、本気ともとれるルーカスの様子を見て、人々は笑うばかりであった。  ルーカスは懸命に働き続けて、8人の靴を磨き終わったとき、街娼の客引きをしている少年がルーカスを呼び止めた。 「親父さんが驛裏に来てお前を探しているぞ」  ルーカスは耳を疑った。 「ええ? 親父さん? 僕の父さんはもう死んでるよ」 「知らねぇよ。じゃあな。確かに伝えたぜ」  そう言って、少年は去っていった。伝言に駄賃をもらったらしく、右手に一枚のコインを持っていた。 「父さんだって?」  ルーカスはひとりごちる。  ルーカスの父は一昨年亡くなっている。徴兵されて、戦闘の末に死んだと聞いた。激戦区にいたという父は骨のひとかけらも、髪のひとすじさえ帰ってこなかった。  そのため、ちらと、本当に父が帰って来たのではないかと思った。ルーカスは期待と不安がないまぜになった気持ちで驛裏に向かった。  そこには立派な詰襟のジャケットを着た2人の男がいた。どちらもルーカスの父ではない。  彼らは黒い髪に黒い瞳をしている。この国の国民の多くがこのような容姿をしていた。ルーカスと同じである。  しかし、ずっと栄養失調状態のルーカスとは違い、彼らは腕も首も太かった。  ルーカスは男たちを前にして一歩退いた。  彼らは警戒するルーカスに対して、やわらかい笑みを向けると「ルーカス様ですか?」と言った。 「ルーカス様って……」  ルーカスはもじもじした。これまでそんなに丁寧に名前を呼ばれたことなどなかったのだ。  男たちは「お迎えに上がりました」と続けて彼方を示した。そこには黒色の立派な車が一台停まっていた。  ルーカスは「迎えって?」と恐る恐る尋ねた。  彼らは外見からは信じられないほどやわらかい声音で答える。 「あなたのお父君に命じられてお迎えに」  ルーカスはまた一歩退いた。鼻奥がつんとした。父が生きていたのではないかという淡い期待が静かに溶けていくのがわかった。父は「お父君」などと呼ばれるような身分の人間ではない。 「悪いけど、詐欺ならほかを当たってよ。父さんは戦死してるんだ」  ルーカスは答えた。しかし男たちは頷いて、また言った。 「我々の雇い主は、あなた様のΩ親ではなく、α親です」 「Ω? α親? えぇ?」 「あなた様をお育てになった方は、Ωでいらっしゃるでしょう?」  突然、ルーカスの世界から音が消えた。静かな世界で、ルーカスが唾を飲み込んだ音だけが嫌に脳に響いた。ルーカスは左手の手の甲に爪を立てた。  人間は生まれたときの性器の形で第一の性が決まる。そして思春期を迎えたころに第二の性が決まる。瞳の光彩が虹色になればα、生まれたままの光彩であればβかΩだ。αは外見もさることながら非凡であることが多く、判別はたやすい。その数は極端に少ない。  ルーカスはαを見たことがなかった。αの多くは首都カルヴァに集められており、カルヴァから遠い田舎のマイトレ村に住むルーカスにとっては雲の上の存在である。  同じく彼はΩも見たことがない。Ωとβの判別は難しい。Ωはαと番うことで第一の性に関係なく子どもを成すことができるが、尋常ではないほどに「発情」するという自覚症状以外にΩかどうかを判別する方法がなかった。もっとも、その自覚症状があったとしても自分がΩであることを隠す者が大半であった。Ωはαの反対の存在――つまり劣った存在であると信じられているのだ。  ルーカスが固まっていると、男の一人が「失礼します」と言って少年の痩せた背中を押した。 「お父君がお待ちです」  ルーカスの足は縫い留められたように動かない。 「あ……その……なんというかさ」  ルーカスは大きく息を吐いてから「僕の父さんはΩだったって言いたいの?」と訊いた。  男たちは目を見開いたあと「何もご存じないのですね」と言った。  ルーカスは言葉を続けた。 「はいそうですか、って納得できない話だと思うけど? ……僕は父さんからそんな話は聞いてないし」  男の一人が答えた。 「我々の主は、あなた様のα親で間違いありません。ずっとあなた様を探していらっしゃいました」  男たちは丁寧に腰を折った。 「どうか、我々といっしょにいらしてください」  そう言われて、ルーカスは目を伏せた。  ――詐欺だ。  ルーカスはそう一人合点した。その瞬間、胸の苦い気持ちも霧散する。  ルーカスは目の前の男たちを睨んだ。一番靴磨きが儲かる時間をつぶされたのだ。ただ逃げるだけというのも癪に障る。  伏せた目に男たちの靴が映った。その靴は砂ぼこりと泥で汚れていた。  ルーカスは言った。 「靴」 「はい?」 「磨くよ」 「ええ?」 「僕、ちょうどあと2足磨けば、夜ご飯に肉入りスープを買えるんだよね」

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