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第23話

 戦後、バートンがやってきたとき、カルヴァの電話線はほとんど焼き切れてしまっていて使い物にならなかった。電話網を復旧させることはバートンが最初に着手したことのひとつである。占領から数十か月、いまではカルヴァの主要な建物には電話が通っている。  もちろん、バートンが自宅としている旧大統領邸宅にも電話がある。バートンは受話器をあげて交換手に部下の名前を伝えた。しばらく待つと、電話口から部下の声が聞こえた。  バートンは言った。 「少し休むよ。……ちょっと家に病人がいてね……ああ、わかっている。そうだな……一週間くらい……。頼むよ…………そっちはヴァンセン中尉に任せるよ……ああ……仕方ないだろう……そこをなんとか……」    長い折衝の末、バートンは一週間の休みを勝ち取り、満足げに受話器を置いた。  邸宅の奥の部屋ではまだルーカスが熱を出して寝込んでいる。彼の熱は上がったり下がったりを繰り返していた。  最初、医者の見立てではただの風邪だろうということだったが、長引いていることと、ルーカスがかつて工廠で働いているときに煙を吸い込んでからこうして寝込むことがたびたびあるという話をしてから、念のため血液検査をすることになった。結果がでるまでしばらくかかる。それで、バートンはついでに自分も休むことに決めたのだ。  後ろに控えていたマトックスが言った。 「一週間も、珍しいですね」 「私にも休みが必要だ。それに、ルーカスも心配だ」 「早く良くなられるといいんですが」  バートンは肩をすくめた。 「少し長引いてくれてもいいんだよ。その分休んで側にいられるから」  軽口に、マトックスも笑った。 「早く治っていただかないと、おおごとになりますね」  外は雨が降っていた。秋ももう終わりに近い。  ルーカスがやって来たのは初夏だった。もうふたつめの季節が終わろうとしている。バートンは長いようで短いこの時間を思った。 「冬が来て……年が明ければルーカスはもう19歳か。それにしても、体が小さいね」 「栄養不足でしょうね。カントット人の子どもはみんなそうですよ」 「心配だ……」 「……ほんとうですね」  バートンは少しだけ為政者の顔を見せる。 「学校への給食支援にはまだかかる……」  カントット国の学校に給食配備。これはバートンがルーカスの細すぎる体を見て思い付いたことである。その実現はまだ遠い。  休みをもぎとっても頭の中が仕事でいっぱいの主を見かねて、マトックスは言った。 「せっかくのお休みですから、ついでに、どうですか。お見合いなど」 「絶対にその話をだしてくると思ったよ」  バートンは苦笑する。忠実なこの使用人にとって後継者問題は深刻だ。  マトックスは言い募った。 「ルーカス様を養子にしないとなりますと、必要なことでしょう。ハヴォック家にとって」 「そうかもしれないけれど、見合いなんて……この状況だ。無理だろう」  仮にも敵地にいる身である。Ωがこんな土地まではるばる見合いにくるとは思えない。  しかし、マトックスは引き下がらない。 「なんとか組みます」 「頑張らなくていいんだよ」 「頑張りたくないですが、そうせざるを得ないようです。永遠に独身では困ります」 「でも、わかるだろう? 私に結婚は無理だと思う」 「無理かどうかはすべての手を打ってから決めることです」  強気の使用人を見て、バートンは白旗を振った。 「参ったよ……」  マトックスはしぶしぶとはいえバートンが了承の意を示したことに安堵した。  彼はいつまでも結婚しない主に業を煮やしていた。爵位は後継の男児がいる者でしか継承できない。バートンに爵位を、というのはバートンに長年仕えてきたマトックスの悲願である。ルーカスの存在を知って、一番喜んでいたのはマトックスであったといってもいいだろう。  ルーカス。その存在が頭に浮かんで、ふとマトックスは言った。 「こんなことを聞くのも妙な話ですが」 「なんだい?」 「ルーカス様はほんとうにバートン様のお子なんですか?」 「……妙なことを聞くじゃないか」 「はあ……失礼なようですが……あまり似ていらっしゃいませんので」  マトックスは代々ヒューイット家に仕えている。当然、マトックスも幼少のころからヒューイット家の屋敷に出入りして、幼い頃のバートンを知っている。  バートンは椅子から立ち上がると、肩越しにマトックスに言った。 「君も父親には似ていないじゃないか」  バートンは笑った。そしてこれで話は終わりだ、といわんばかりにバートンは部屋を出て行った。 *  バートンが向かったのはルーカスの寝室であった。ノックをして中に入ると、ルーカスはベッドの上で本を読んでいるところだった。ルーカスは顔をあげ、バートンが来たことに気が付くと、ぱっと明るい顔になった。 「バートンさん」  バートンはベッドから立ち上がろうとするルーカスを手で制して、椅子を引き寄せてベッドの傍に座った。 「熱は?」 「今は下がっています。……もう大丈夫だって言っているんですけど、ロイさんがベッドから下りる許可をくれないんです」  バートンは噴き出す。 「ロイは過保護だからねぇ」  ルーカスは困ったように言う。 「さっき、スープを口まで運ばれて」 「大事にしすぎるに越したことはないよ」  それでもまだ何か言いたそうなルーカスの顔を見て、バートンは付け加えた。 「ロイは私が子どもの頃に世話をしてくれた人でね。だから君を任せたんだ」 「へえ」  ルーカスは目を丸くする。ルーカスはロイのことをあまり知らなかった。  ちょうどそこにロイが氷を入れた袋を持って部屋に入って来た。  バートンは「休みをとったから、しばらく看病を変わるよ」とロイに声をかける。  ロイは首を振る。 「だめです。バートン様にお任せしたらどんな看病をするかわかったものではありませんからね」 「私はもう大人だから、安心してくれよ」 「だめです」  気安げな二人の会話。ルーカスは二人の顔を見比べたあと、口を開いた。 「子どもの頃のバートンさんってどんな感じだったんですか」  ロイはとろけるような笑顔になる。 「幼い頃はそれはそれは愛らしかったんですよ。奥方様の後ろに隠れているような子で」 「よくスープを口まで運ばれたな」  バートンの言葉で、ルーカスも笑う。なるほど、ロイはあまり昔と変わっていないらしい。  ルーカスはロイのバートンへの接し方と自分への接し方が変わらないことを、うれしく思う。  ロイはバートンの幼少期の様子を熱く語ったあと、肩を落とした。 「……はあ、しかしバートン様は十代で一気にわんぱくになって……」 「そうなんですか?」  ルーカスが問うと、バートンが肩を竦めた。 「子どもなんてみんなそうだろう。マトックスもそうだったと聞いているよ」 「マトックス?」  ルーカスが首を傾げると、バートンが答える。 「私の側にいる使用人だよ。ロイの息子だ」  ルーカスはしげしげとロイを見て、それからマトックスの顔を思い出す。  ロイはひときわ明るい青くて丸い目をしている。背は低く、柔和な雰囲気がある。それに対して、マトックスは丸い眼鏡をかけているが、その奥はつりあがった暗い青の目だ。背は高く、几帳面な印象がある。  ルーカスは言った。 「似ていないですね」 「そうだろう?」  バートンは声を上げて笑う。  ドアの外で、控えていたマトックスは隠れて息を吐いた。  そのため息を聞いて、ロイは控えめに息子を褒めた。 「マトックスの反抗期は大したことありませんでしたよ。少なくとも、危険なことはしませんでしたし」  バートンは今度は苦笑する。 「ロイは十代の頃は荒れていたらしいから、そういう意味でも似ていないね。似ていない親子なんてこの世にいくらでもいるのさ」

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