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第24話
それから一週間。ルーカスとバートンは邸宅に引きこもって過ごした。
ルーカスは早々に体調が戻ったのだが、大学に行くのも、家庭教師の講義に出るのもバートンが許さなかった。
「せっかくだから、いっしょに過ごそうよ」
そんなことを言われたら、頷く他にないだろう。
バートンは休みを全力で謳歌しようと、使用人たちにあれこれと道具を用意させた。
それはルーカスが見たことのないものばかりだった。
バートンは得意顔で、それらを使った遊びを説明した。
球を突く遊び、球を投げる遊び、カード、ルーレット……。それらはダン帝国の若者が好む遊びである。
ルーカスは、ロイから聞いた、バートンは十代のころに遊びまわっていたという話がほんとうなのだろうと思った。
バートンはそれらの遊びをよく知っていたし、慣れていた。
ルーカスはこの一週間で、ダン帝国の遊びをひととおり網羅した。
バートンは手加減してくれることもあれば、本気で負かしにくることもあった。そして、偶然にもルーカスが勝つと本気で悔しがっていた。
この一週間、ルーカスはほんとうに楽しかった。バートンも、仕事を忘れて楽しく過ごした。
*
ルーカスは二週間ぶりに大学に向かった。
二週間前と同じようにルーカスはケイと並んで哲学入門講義を受ける。
唯一違うのは、やたらとダン帝国人の学生に声をかけられるようになったことである。
ルーカスの急病によってバートンはすべての公務を取り止めて邸宅にこもった。そして、その話はダン帝国人の意間に広まった。バートン総司令官が大事にしている子ども――ルーカスという存在が公になった。
そして、ルーカスは一躍有名人になっていた。
あわよくばバートンに取り入りたい連中や、バートンのゴシップに興味がある連中、とにかくいろいろな思惑を持ったダン帝国人がルーカスに寄って来るようになったのだ。
ルーカスはどの声掛けにもあいまいに笑うだけでまともに答えなかった。ルーカスはバートンとの関係を問われてもあいまいに笑うだけであった。
反対に、ケイ・タムはいつも通りであった。
「なんだ、健康そうじゃないか。二週間も休むなんて尋常のことではないから、死にかけているのかと思ったが」と彼は笑ったあと、まわりに寄って来たダン帝国人をうまいことかわしてくれた。ルーカスは友人の存在に感謝した。
講義が終わると、ケイはすばやく荷物をまとめ始める。今回はルーカスもそれに追随する。
「ケイ、このあと物理学の講義を受けに行くんだよね? 僕も行っていい? 僕も受けようと思って」
ルーカスがそう言うと、ケイは肩をすくめた。
「物理学、ねぇ……」
「なに? どうしたの?」
「俺は受けるのをやめて図書館で勉強しようかと思っていたんだ。でも、まあ、君が行くならもう1回くらい受けてやってもいい」
ため息交じりのその言葉を聞いて、ルーカスは不安になる。バートンといい、彼といい、一体何だというのだろうか。
ルーカスが首を傾げていると、後ろから声をかけられた。
またダン帝国人が寄ってきたのかとルーカスが身構えながら振り向くと、そこに立っていたのはカントット人の学生であった。
「あのさ」
彼は真面目そうな顔つきに、ぼろぼろのシャツを着ている。
「はい?」
肩透かしを食らったルーカスはどこか調子はずれの声で返事をして、肩の力を抜いた。
そんなルーカスとは対照的に、カントット人学生は緊張した目でこちらを見ている。
彼は口を開いたが「匂いが……する」とまで言うと黙り込んでしまった。ルーカスは彼の顔をまじまじと見た。彼の目は虹色の虹彩――αの証――をもっている。バートンと同じ虹色の光彩だ。
カルヴァ大学にはαが集められているとは聞くが、実際に会うのは初めてである。ルーカスはしばしその瞳に見とれた。
αは言った。
「君って、もしかしてさ」
「う、うん」
ルーカスは緊張して次の言葉を待つ。
少しの沈黙のあと、αは言った。
「いや、やっぱり、なんでもない。新しい時代だし……そういうことは言いっこなしだ」
そう言い残して彼は踵を返して去っていった。残されたルーカスとケイはぽかんと口を開けてその背中を見送る。
ケイも意味がわからない、という様子でルーカスに尋ねた。
「……? なあ、総司令官と仲良くなりたいダン帝国人ならわかるけど、なんでカントット人も寄ってくるんだ?」
「さ、さあ?」
ルーカスも首を傾げることしかできなかった。
次の時間、ルーカスは物理学の講義に参加した。ケイは途中で頬杖をついてうたたねをはじめ、ルーカスも途中でメモをとる手をとめてしまった。参加している学生は少なく、全員カントット人である。彼らには覇気がない。彼らはただじっと席に座って講義終了の鐘が鳴るのを待っている。彼らを前にして、教壇に立つ教授は疲れ切った占い師のような顔をして教書の内容をなぞっていた。
――講義は非常に退屈だった。
待ちに待った鐘が鳴ると、学生はいっせいに席を立った。話の途中であったはずの教授も教書を閉じてさっさと退室してしまう。
ルーカスは教授が立ち去ったのを確認してから、ケイに小声で尋ねた。
「この講義、中等学校の内容じゃない?」
ケイは大あくびをしながら起き上がると「ああ」と言った。
「中等学校の内容だ。言っただろう? 受けるのやめようかと思っている、って」
「なんでこんな簡単な内容を大学で教えているの?」
ケイは目をぱちぱちさせると、それから自虐的な笑いを含んでルーカスを試すように言った。
「物理学を学んだら、何ができるようになると思う?」
「え? それは、いろいろ……飛行機を作ったり……」
「そうだ。戦闘機、潜水艦、ようするに武器が作れるようになる。敗戦したカントット人には武器を作る学問を学ぶ権利はないんだとさ。去年は開講されてなくて、俺も知らなかった」
「ええ!?」
予想外の言葉を聞いて、ルーカスは思わず大きな声を出してしまった。入り口に向かっていた学生の何人かが振り返ってルーカスを見た。
あわててルーカスは声を落とした。
「ほんとうに?」
ケイは肩を竦める。
「一回目の講義で教授がそう言っていた。でも、単位がほしい連中にはちょうどいいだろ。俺は聴講生だから関係ないけど」
「ああ……」
ルーカスはちらりと教室の中に目を走らせる。教室の隅にはぐっすりと寝ている学生が何人かいた。彼らはこれで単位がもらえるのだ。ルーカスはようやくこの講義にカントット人学生しか参加していない理由がわかった。卒業のために単位が必要な正規生はカントット人が多く、反対に、単位を集める必要がない聴講生はダン帝国人が多いのだ。ルーカスは唸った。
ケイはルーカスがメモしていたノートを覗き込んだ。ルーカスは真面目に教書の問題のいくつかに取り組んでおり、そのすべてで正解していた。ケイは意外そうな声をあげた。
「中等学校中退したって言っていたけれど、ちゃんと理解しているじゃないか」
「ああ、えっと、家庭教師をつけてもらっているんだ」
「物理学の?」
「うん」
「へえ」
言ってから、ケイは天を仰いだ。
「羨ましいよ、大事にされているんだな」
彼はその言葉を誤魔化すように、机の上に広げた筆記具たちを片付けはじめる。
「……あ」
何かを言う機会を逃してしまって、ルーカスは黙った。
ルーカスは心臓が速く脈打つのがわかった。目の前の光景がどこか遠くに見える。ゆっくりと足元に視線を落とす。そこにあるはずの自分の足も遠くにいってしまったように感じた。
ゆっくりと息を吐く。思わず身震いする。
ルーカスの動揺に気づかず、ケイは言葉を続ける。
「隠し子って噂だけど、やっぱりそうなのか?」
ルーカスの心臓がまた跳ねる。ルーカスがバートンの子どもであるという話はまことしやかに広まっていた。今度はルーカスが誤魔化す番だった。
「うーん……わかんない」
「なんだ、それ」
「難しい時代なんだよ」
そう答えるほかになかった。そうでなければいい、とルーカスは願っているのだから。
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