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第2話
館の正門をくぐってやってきたヴァンパイア一行は、丁寧に腰を折ってあいさつをした。
「お初にお目にかかります。シャラス様、カリマ様」
彼らの容姿は人間そのものである。ただ太陽を知らない青白い皮膚だけが彼らが人外であると告げていた。
父は朗らかに笑って彼らのリーダーと思われる高齢のヴァンパイアと右手で握手を交わした。
「ああ、よく来てくれたね。紹介しよう。息子のハルだ」
父の左手は俺の首根っこを掴んでいる。俺は手足をばたばたとさせながら叫んだ。
「俺は! 人間だから! 結婚できないよ!」
俺の抵抗の声を無視して、父は紹介を続けた。
「見ての通り、息子はとても元気だ。君たちの里でもやっていける」
父と握手を交わしたヴァンパイアは首を傾げた。
「……あの、ご子息、嫌がられて、いらっしゃいますか?」
「初めて見るヴァンパイアに興奮しているんだ」
父は俺のことを無視して話を進める。相手は咳ばらいをひとつすると、後ろにいた男を紹介した。
「こちらが我が一族長男・ボリスです」
「ボリスです。お会いできて光栄です」
その男は赤い瞳に金色の髪をしていた。青白い肌とは対照的に、広い肩幅と上背のある逞しい体躯をしている。
父はボリスに手を差し出して握手を交わす。
「遠路はるばるようこそ。こちらが息子のハル。ふふ、初めて見るヴァンパイアに大喜びだ」
「……」
「こら、ハル、緊張しないで」
沈黙していると、父に腕を捻りあげられて「はじめましてっ!」とあいさつをしてしまった。
とはいえ、さすがにこんなにいやいややってます感が出ていたら、相手も気を悪くしただろう。
ちらっとボリスを見ると、彼はにこやかに笑ってこちらを見ている。
彼は言った。
「かわいらしい方にお会いできて、私もとても緊張しています」
190センチはあるだろう彼が丁寧に腰を折り、小柄な俺に目を合わせてくれる。優雅な所作だ。ひとつに束ねた金色の髪の後れ毛から色気が立ち上がっている。
俺は思わず「へ、へへっ」と変な声をあげてしまった。
そつのないボリスと、挙動不審な俺だが、ひとまず話は進むらしい。
「では、移動は明日の夜ですね。一族が護衛をしますので」と老いたヴァンパイアは言った。
「移動?」
俺は思わず声を出した。父が答える。
「聞いてなかったのかい? 私たち精霊は相手の家に嫁ぐことになるんだ。だから、求婚者の住んでいる場所を実際に見て、その種族の生活を知って、そしてお互いを理解しないと、ね?」
「ま、待って、じゃあ、俺、これから……」
「私たちヴァンパイアの里にご案内いたします」
ボリスは笑う。その口端から鋭い牙がのぞいている。
俺は首を振って全力で叫んだ。
「嫌だー!!」
*
その夜、ヴァンパイアたちをもてなす食事会があったらしいが、俺は欠席した。
だって仕方ないじゃないか。
あのボリスの立派な体型を見てほしい。ゲームとかに出てくる英雄の体型だ。ずばーんって感じの足だ。俺はどっちかというともっとぼんできゅでぼんが好きだ。属性としてはドジっ子が好きだ。
――頑なに拒否すればさすがの父も無理強いはしない、という甘い目論見は外れた。
父のこのお見合いにかける熱意は高いらしい。
出発の時間になると父の命令を受けたワイバーンが俺の部屋の窓に「ちょっとだけ」火を噴いてきた。
燻され、逃げ場のない俺は門前に這い出るしかなかったのである。
門前に出ると、月の下に馬車のようなものが用意されている。この谷のものではない。ヴァンパイアが用意したものである。馬車、と表現したが、牽くのは馬ではない。巨大な蝙蝠である。地面を進むのではなく、空を飛ぶのだという。
俺はあまりにも安全性に問題があると思える乗り物に乗ることを拒否し続けたが、最終的に父に物理的に押し込まれてしまった。父は精霊らしく非力であるが、反撃しようものなら後ろにいるワイバーンに丸焼きにされる可能性がある。事実、俺の髪はちょっと焦げた。
こうして俺は強制的に楽しい見合い旅行に出たのだった。旅のお供はスライムのファだけである。
その乗り物は風で揺れ、蝙蝠の機嫌でも揺れる。夜で地面との距離が見えないのが唯一の救いではあるが、恐怖のフライトであることにかわりはない。
俺はシートベルトもなにもない座席で体を硬直させ続け、1時間もするとぐったりしてしまっていた。
「ハル様、怖がらせてしまって申し訳ありません」
ヴァンパイアの里への道中、俺の見合い相手であるボリスは窓越しにこう謝罪した。
俺の馬車。もとい蝙蝠車の周りをヴァンパイアたちは飛んでいた。彼らにも蝙蝠のような羽が生えているのだ。
ヴァンパイアは群れで暮らし、下級魔物を使役して暮らすと聞いた。人間の血を好むが、あくまで嗜好品としてであり、普段の食事は人間と変わらない。性格は温厚で、人間と交易をするという。
人間に友好的な種を選んだのは、父なりの配慮なのだろう。
ボリスに真摯な顔つきで頭を下げられて、俺は俺の非礼を恥じた。
「いえ、こちらこそ、すみません」
「……里の外に出るのははじめてですか?」
ボリスの声は低く、それでいてやさしかった。
「はい、そうですね」
俺はようやく、自分が夢にまでみた谷の外に出たことに気がついた。
「少し、外に出ますか?」
「ええ?」
俺が是否を答える前に、ボリスは蝙蝠車のドアを開けた。同時に、蝙蝠と車体をつなぐ鎖がきしむ音が響き、車体が傾く。
「えええ!」
俺はバランスを崩したが、ボリスが支えてくれた。彼は器用にバランスをとり、硬直して動けない俺を抱き上げると、そのまま夜空の真ん中に飛び立った。
「目を開けてください。怖がらないで。――今夜は月が明るい」
思ったような浮遊感はなかった。風が頬を撫でた。目を開けると、一面に星が見えて、それから地平線まで続く広大な大地が見えた。
――美しかった。
「あ……」
「美しいでしょう? 精霊は成人するまで親元を離れないと聞きました」
俺を抱えて、ボリスがほほ笑む。
「う、うん。外を見たの、初めてだ」
その言葉に嘘偽りはない。
俺は赤ん坊のころに精霊の父に誘拐されてから、ずっとあの谷に住んでいた。そこが俺の世界のすべてで、外に出たのははじめてだった。
見たことのない木、尖った山々。雄大に流れる川。
そして、まんまるの月を背後に笑う夜の貴公子。
いまはじめて、俺は俺が転生した世界を見た気になった。
俺は蝙蝠車に戻されるまで、この世界を目に焼き付けた。
*****
ヴァンパイアたちは巨大な山をくりぬいて作った城の中に住んでいるらしかった。
見た目は巨大な岩石の山だが、中腹のあたりに豪奢な紋を掘った門扉があり、中に入るとすぐそこに煌々とシャンデリアに照らされたエントランスがあった。
俺たちがそこに立ち入ると、下級の魔物たち——人の姿をしたもの、猫の姿をしたもの、いろいろいる——が一斉に頭を下げた。
「おかえりなさいませ」
羊の頭をした魔物が恭しく一行のマントを預かる。
「ハル様を部屋へご案内しろ」
「かしこまりました」
「あの」
俺は何かを言わねばならないと思ったのだが、何を言えばいいのかわからない。ひどく疲労していた。
夜通し飛んで、ヴァンパイアの一行も疲れているらしい。
「ハル様、また次の夜に。あなたを乗せて飛んで、思ったより時間がかかりました。もう日が昇ります。我々は眠らなくては」
ボリスにそう言われて、俺は引き下がった。
通された部屋は水色と白を基調とした美しい部屋だった。金の調度品がずらりと並び、うっかり転んでしまったら一生をかけても返済できない賠償金を支払うはめになりそうだと思った。
「ふう」
俺は案内に従って風呂に入り、部屋着に着替えるとその大きな寝台に横になった。天蓋つきの寝台だった。天蓋には精緻な刺繍が施されている。門扉にあった紋と同じである。おそらく、これがボリスたち一族の家紋なのだろう。
鳥の羽と、それから獅子のような生き物が複雑にからまっている。
「何がモチーフなんだろ」
そこまで考えて、俺は何もボリスたちヴァンパイアのことを知らないことに気が付いた。
いやだいやだとごねるのに必死で、父やファたちの言葉に耳を傾けなかった報いである。
揺れることのない場所で体を温め、ひとりになって俺は冷静になっていた。そして自分の置かれている立場のまずさを感じた。
「会社調べをしないまま、インターン来ちゃいました、みたいな」
事実は、お見合いの釣書を読まないまま相手の実家に乗り込んだ、である。事実の方が深刻だ。
俺はさっさと布団をかぶった。
現実逃避である。
ヴァンパイアの布団はやわらかく、軽く、あたたかかった。
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