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第12話

「すごい人だなぁ……」  夜が明けると、人間の街は大賑わいであった。  道の両側には露店が立ち並び、通行人に元気に声をかけている。 「採れたてだよ!」 「めずらしいもの入ってるよ!」    俺は「おのぼりさん」といった様子を隠しきれず、きょろきょろと忙しく周りを見てまわった。  見たことのない果物、毛皮、道具、大道芸人。  活気のある商人たちと、街の人、旅人、混雑の中、足元を器用に駆け抜けていく子どもたち。  魚のおこぼれにあずかろうと目を光らせる猫、喧嘩の声、焼いた肉の香ばしい匂い。  中世ヨーロッパを思わせる町並みである。  石畳の道に、かわいらしい煉瓦の家。  港街らしく、遠くには帆船も見えた。船から荷下ろしされる無数の樽。  俺はあっという間に街に魅了された。 「すごいな」  俺は弾んだ声で頭ふたつぶんは上にあるダーダリオンを振り仰いだ。  彼はいまフードをかぶって頭を隠している。目がどうしても人ではない印象を与えてしまうため、俺がそうした方がいいと言ったのだ。  彼は感情の読めない声で答えた。 「ああ」 「いつもこんなににぎわってるの?」 「ああ」 「どこかで朝ごはん食べてもいい?」 「ああ」 「それから、眼鏡を探して、あとは、そうだ。地図とか売ってないかなぁ。歴史の本とかも」 「ああ」  単調な返事しか返ってこないことを不審に思って、フードの中を覗き込む。  ダーダリオンは歩みを止めた。  向き合って立ちどまった俺たちに、すかさず商人たちが声をかける。串焼きの屋台のようだった。 「買っていきな!」 「どうだい、兄ちゃん」  ダーダリオンは声がしたほうをじっと見て、それから言葉なく立ち尽くす。  俺は彼の表情を見て、よく理解した。  俺は適当に肉の串を3本買って、そのまま彼の手を引いて裏路地に逃げ込んだ。  俺は尋ねた。 「緊張してるの?」  彼のガラスの目に感情が映らないことは知っているが、それでもその目はどこかせわしなく、音が鳴るたびにあちこちに向けられている。  固く結ばれた口に、組んだまま動かない腕。  彼が大陸最強を謳われる生き物であることは知っているが、それ以上に彼という個が繊細であることを、俺はもう知っていた。 「――ああ」 「大丈夫だって。2人いるし」 「ああ」 「なんだよー、もう。俺より人間の街は先輩だろ? 詳しいだろ?」 「ああ」  俺は思わず吹き出し、彼の背を叩いた。  その気になればこの街ひとつ吹きとばせる力を持っているのに、客引きに動揺する彼がおかしく、またかわいらしかった。  俺はいっきに買ったばかりの串にかぶりついた。腹が減っては戦ができない。  その肉は硬かったが、味付けはおいしかった。  食べ終わると、俺はぐいっと口元をぬぐって、ダーダリオンの手をとった。 「しょーがないなぁ。俺について来い!」  俺も本音を言えば右も左もわからないし、不安だ。  しかし、ふたりなら安心だ。さらに、もうひとりが怯えているなら、彼を安心させようと必要以上に頼もしくふるまってしまうという性質を俺は持っていた。  つまり、俺はそれから偶然見つけた道具屋で値切って値切って値切りまくって、金貨1枚で本に地図に眼鏡に傘にバッグに石鹸に櫛に着替えに……。およそ無人島生活で必要だと思っていたものをすべてそろえることに成功した、ということだ。 「やったなぁ」  俺ははしゃぐ。  最初は金貨1枚で買えるのは本と地図だけだと言っていた店主を、論破しまくってこれだけ買えた。もっとも、それでも相場より高いのかもしれないが、初戦だと思えば十分だろう。 「すごかった……」  ダーダリオンは俺の奮闘っぷりを素直に賞賛してくれた。  彼はこれまで値切ったことがなかったのだそうだ。 「次からはダーダリオンも値切るんだぞ」 「わかった」  彼が釣り竿一本の対価に金貨を3枚払ったと聞いたときは眩暈がした。  いくら正体を知らないとはいえ、「いかにも人間に化けている魔物です」といった様子の人型ダーダリオン相手に臆さずにふんだくるとは、この街の商人はあなどれない。  俺はダーダリオンの方を見て、戦利品の使い心地を尋ねた。 「どう? 眼鏡、いいかんじ?」 「ああ」  彼は買った色付きの眼鏡を装着している。度は入っていなくて、ほとんどサングラスのようなものである。これでフードを外しても目立つことはないはずだ。  ――はずだった。 「目立ってるよなぁ……」  荷物を抱えて街を歩けば、街のあちこちからダーダリオンを見てひそひそと話す声が聞こえる。  それは黄色い声が大半である。  それもそのはず。赤褐色の長髪をたなびかせた長身の男で、眼鏡で目は見えないが、鼻筋が通っていて薄い唇はきれいな形をしている。  目ざといお嬢様方が見逃すはずがないのだ。 「モテモテだな」 「も……?」 「求愛されてるってこと」 「だれが」 「ダーダリオンが」 「……それは、失礼じゃないか?」 「なんで?」 「……いま、私はお前に求愛中だ」  確かに。俺はうなる。 「ダーダリオンは、精霊とじゃないと一緒に住めないんだもんなぁ」  ワイバーンは孤高の存在だ。  どんな魔族もその存在を恐れる。  唯一、精霊を除いて。  俺はこの寂しがり屋のワイバーンをなんとかしてやれないものかと思案する。  俺の言葉にしかし、ダーダリオンは反論した。 「お前はまだ精霊ではないだろう」 「え? あ、ああ、まぁ……そうだけど」 「でも、もう私に怯えていない」 「まあね」  だってダーダリオンだ。客引きに怯えるような奴に怯えろ、という方が無理がある。  ダーダリオンが言った。 「お前は精霊になりたくないのだと聞いた」 「え? あ、それは……うん」  きっと精霊の父が伝えたのだろう。俺はそれを肯定した。そして、ダーダリオンも肯定した。 「私は、それでもいい」 「え?」 「人間でも、精霊でもいい。ハル、お前が気に入った。家族になってほしい」  急なプロポーズに、今度は俺が固まる番だった。  俺は客引きに捕まったときのダーダリオンよろしく次の言葉が出てこなかった。 「どうした」  固まらせた方は無自覚らしい。足を止めた俺を振り返る。  俺はつまりながら言葉を選んだ。 「ダーダリオンはさ……ええっと、その、俺と結婚したいと思う?」 「……ああ」 「え? 本当に? 一日三食も必要だしめんどうじゃない? っていうか俺、男だけど?」 「関係ないだろう」  ずばり俺の悩みの中核であることがらを彼はばっさりと切り捨てた。俺は次の言葉がでなかった。  ダーダリオンは続ける。 「お前となら家族になれる気がした。それで十分だろう。男、女、種族。些末なことだ」 「あ……」  家族。  その言葉は俺の胸を突いた。  ――俺、あほだなぁ……。  男だ女だと拘っていたことが急にばかばかしく思えた。  結婚が「家族をつくること」であるという視点が俺にはぬけていた。 「そう、だよなぁ……」  俺は精霊とワイバーンの両親に育てられて、スライムのファも含めて「家族」だと思っている。そこに男だとか女だとか、種族でさえも関係なかった。  ――家族になれる気がするか、しないか。そうか。  ダーダリオンの言葉は俺の胸にすとんと落ちた。 「ありがとう……ダーダリオン」 「なにがだ」 「いや、俺をちゃんと見てくれて」  男でも、人間でも、精霊でもなく、ダーダリオンは「俺」を見て家族になれそうと言ってくれたのだ。それがうれしい。 「……よくわからないが……そうだ、こういうときはこう言うのだな……どういたしまして」 「うん」 「島に帰るか」 「うん」  まるで朝とは真逆だ。  緊張がとけて話し出したダーダリオンと、どんな顔をしたらいいかわからなくて顔を伏せて黙っている俺。 「日が沈んだら、船を漕いで、また飛ぶ。そういえば、何か食べ物を買った方がいいだろう」  ダーダリオンの声が耳に心地いい。俺は黙ったまま彼の言葉を聞く。 「早いな。もうハルは行くのだろう」 「え?」  俺は顔を上げた。彼は色付きの眼鏡の奥からこちらをじっと見つめかえしてきた。  ―太陽があと3回昇ったときに迎えに来る。  父カリマの言葉が頭に蘇る。 「えっと、1回、2回……あ……」  俺はこの島に来てから見た朝日の回数を数えて、ようやく俺たちの別れが近づいてきていることに気が付いた。 「そっか、明日は迎えがくるのか」  俺が言うと、ダーダリオンは俺の手をとった。 「ありがとう」 「え?」 「楽しかった」 「……いや、俺こそ……ありがとう」  ずっと心配だったことがある。  長く人間から離れて暮らしたことで、人間に馴染めないのではないかという不安だ。  しかし、街にいる人間とも違和感なく馴染めたと思う。  俺はずっと考えていることがあった。  それで、ずっと人間の街に行きたかったのだ。 「ありがとう」  俺はもう一度言った。

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