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第13話

 島に戻ってから、俺たちは焚火を囲んだ。  ダーダリオンは俺の右隣に座っている。今日はまだ人間の姿のままだった。  取り留めのない話をして過ごした。  空、風、生まれた場所、今まで見てきた景色……話題は尽きなかった。ダーダリオンはいままでで一番よくしゃべった。  彼に紋を彫った人間の話もしてくれた。その人物は人間の国を追われて、この島に流れ着いてきたのだという。  その人間がダーダリオンに人間のことや精霊のことを教えた。いつか一緒に時間をすごせる伴侶を得られるように、と。  5年ほど一緒に過ごして、彼は去っていった。ワイバーンの放つ魔物の瘴気に耐えかねたのだ。  瘴気というのは、俺にはわからなかった。  精霊になりかけている、という父の言葉が脳内に蘇る。 「去ってくれて、よかった」とダーダリオンは回想を締めくくった。 「死ぬよりはね」と俺も同意した。  この島で死ぬより、去ることを選んだというダーダリオンの最初の友。  太陽が昇れば、俺もここを去る。――彼を残して。  俺は離れがたい気持ちを抱いた。  それで思い切って、ダーダリオンに言った。 「あのさ、ゲンセンってところに行きたいんだよね」 「ゲンセン?」 「うん。さっき買った地図に、ゲンセンって書いてあった」  俺は地図を懐から引っ張り出す。  地図をいそいそと広げる俺を見下ろしながら、ダーダリオンが尋ねた。 「なぜ?」 「……俺の生まれた場所なんだ……たぶん」 「たぶん?」 「俺って、生まれてすぐに精霊に連れていかれちゃってさ、生まれたときのことはあんまり覚えてないんだけど、人間の両親が話しているのを聞いたんだ――ゲンセンって……」  ダーダリオンは「ああ」と納得して、それからまた尋ねる。 「それはどこにあるんだ?」 「ええっと、ワイバーンの谷がここで、ヴァンパイアの里がこの辺で、そこから……」  地図でヴァンパイアの里を示し、そこから西に指を走らせる。広大な人間の国の上空を通り、海に出る。  そこには島はない。しかし、海の上に小さなワイバーンが描かれていた。  ――そりゃあ、わかるよなぁ。こんなに大きな生き物が300年も前から棲んでいるんだから。  俺はそのワイバーンの印を叩いた。 「たぶん、この辺がいまいる小島」  指を北へ動かす。大陸からひょこりと飛び出した半島がそこにある。 「ここ、ここにゲンセンってある」 「……」  ダーダリオンは黙る。俺がこのあと続ける言葉に気が付いたようだ。彼は目を見開いて俺を見る。俺はちょっと上目遣いになって、言った。 「……連れていってくれない……?」 「……しかし………」 「お願い」  ダーダリオンは躊躇う。 「……シャラス様がなんと言うか……」  精霊の父の名前を出されて、俺も少しためらう。  産みの親に会いたい、という気持ちを精霊の父に伝えたことはなかった。  きっと彼は嫌がるだろうし、許可してくれるとも思えなかった。 「父さんには、あとで俺からうまく言っとくよ」 「しかし……」  俺は真直ぐにダーダリオンを見つめた。 「大事なことなんだ。家族に、会いたいんだ」 「……家族」  家族というものを思い浮かべたとき、まっさきに思い浮かべるのは日本の家族だ。  父と母と弟と俺。父は公務員で、母は看護師、弟は大学生、俺は一人暮らしの社会人2年目。  年に1度はどこかへ旅行して、そのほかの時は両親に連絡をしないのでいつも父母に叱られる――そんな、どこにでもいる普通の家族だった。  |あ《・》|の《・》|日《・》会社に向かって俺は駅への道を歩いていた。  夏の日だった。俺はネクタイを緩めながら信号を渡ろうとしているところをトラックに跳ね飛ばされた。  そして、気がついたらこちらの世界に転生していた。  ――家族に、別れを告げることもできないまま。  俺は悔いた。それなのに、こちらの世界でもおなじことを繰り返してしまった。  精霊に誘拐されて、こちらの両親にも別れを告げられなかった。  俺はダーダリオンを振り仰いだ。  大陸を一晩で駆けぬける翼。彼なら俺の人間の両親がいる場所までたやすくたどり着けるはずだ。  俺の記憶の中には、俺が生まれたことを喜ぶ両親の顔が焼き付いている。転生して、わけもわからず毎晩泣きじゃくる俺を、ずっと抱いてあやしてくれていた優しい腕をまだ覚えている。  俺が精霊に連れ去られた後、彼らはきっと嘆き悲しんだに違いない。  もちろん、誘拐された後の俺は愉快な家族を得て楽しく過ごしている。決して、彼らの子どもに戻りたいとか、そういうのではない。しかし、とにかく会いたかった。そこに理由はなかった。ただ、会って「俺は元気にやっているよ」と伝えてあげたかった。  精霊になるとか、ならないとか、それはそのあとに決めるべきことだ。けじめとして、これは必要なことなのだ。  俺の意思が固いのを察したらしく、ダーダリオンは「……わかった」と頷いた。  彼は手の甲の紋にじっと目を落とし、それから言った。 「この紋は、島を離れたら使えない」  俺は素っ頓狂な声を上げた。 「え?」 「前、お前の住んでいる谷に行ったとき、争いを避けるために化けようとして……うまくいかなかった」 「あ……」  ダーダリオンの言葉を聞いて、急に心細くなった。  ゲンセンに着いたとしても、そこのどこに両親がいるのか、そもそも本当にそこに両親がいるのか、俺にはなにもわからない。  しかし、ダーダリオンと2人で情報を探せばいいと思っていた。ダーダリオンは強く、それでいて人間を敵対視しておらず、協力者として頼りにしていたのだ。 「それでも、行くか?」  今度はダーダリオンが俺を真直ぐに見る番だった。  彼にしてみれば、俺を人間のいる場所へ連れて行ったことで精霊の父やワイバーンの父の怒りをかう可能性が高い。  争いごとを好まない彼にしてみれば、俺の願いはいい迷惑だろう。  しかし、いまが絶好の機会なのだ。  お見合いについて来ていたファも、今回はいない。  父ワイバーンの翼でも追いつけない存在と知り合って、乗せてもらえる。  俺はぎゅっと拳を握った。 「頼む」 「――いいだろう」  そうと決まれば、俺は棒きれを見つけ出すと、それを使って砂浜に文字を書いた。  精霊の父とファに教えてもらった文字だ。  ワイバーンの姿に戻ったダーダリオンに炎を吹いてもらい、その灯りを頼りに1文字1文字大きく書く――空からも見えるように。  ダーダリオンは作業する俺を見つめて、彼は彼で何事かをじっと考えていた。 「よし、できた」  俺が言うと、ダーダリオンは首を伸ばしてそれを見た。 「なんと書いてあるんだ?」 「父さんたちへ。ちょっと出かけてくる。ダーダリオンのことを叱るなよ」  ダーダリオンは唸る。これで父たちに赦してもらえるかどうか、彼にはわからないのだろう。もちろん、俺にもわからない。  俺は何か足りない気がして首を捻った。  少し考えれば、答えはわかった。  俺は自分の素直な気持ちを書き足した 「――愛してるよ、父さんたち。ちゃんと帰るから、心配しないでね」  書きながら、少しくすぐったい気持ちになった。  俺は転生する前から数えればけっこうなおっさんなのだが、精神は肉体にひっぱられるらしく、まだまだ俺の精神は子どもなのだ。  人間の家族に残してきた想いを、谷にいるときに話しておくべきだったと、今になって少し後悔した。  しかし、急がないといけない。  俺は精霊になりかけている。  人間であるうちに、両親に会いたかった。  俺が頷くと、ダーダリオンが身を起こす。 「行こうか」

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