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第15話
どんどん近くなる大地を見て、俺はぎゅっと目をつむった。
走馬灯というにはあまりにも出来の悪い映像が脳内をかけめぐる。
ここのところ何度も何度も落とされすぎて、走馬灯もやる気がないらしい。
精霊の谷でのはじめての脱走、はじめての落下。
そしてヴァンパイアの里への飛行。
ワイバーンの島への落下。
ぱらぱらマンガのように脳内にそのときの記憶が浮かんでは消えていった。
これまで何度も経験したとおり、俺は地面に激突する寸前で風の力で掬い上げられた。
ふわりと体が宙に浮き、それからゆっくりと地面に下される。
俺はその場にへたり込んだ。
見上げると、豆粒の大きさのワイバーンの影が上空を旋回していた。
あの高さから落とされたのかと、頭がくらくらした。
――よく、生きてるよな、俺。毎回だけど。
そろそろ死んでもおかしくない。
俺が頭を抱えて唸っていると、すぐうしろから足音が聞こえた。
一応まわりは森ではあるが、ここはもう人間の里の近くである。
もしワイバーンから降りてきたところを見られていたら大騒ぎになってしまう。
俺は慌てて振り向く。
しかし、そこには予想外の人物が立っていた。
「え?」
こちらを見下ろす赤い瞳。匂い立つような金色の髪。
「ボリス!?」
夜の貴公子が、朝日を避けるように、木陰からこちらを見ていた。
「ど、どうして!?」
俺が素っ頓狂な声をあげると、彼は眉尻を下げた。
「すみません」
「え、ええ? え?」
「あなたに差し上げたペンダントに、潜んでいました」
「ええええ!?」
俺は自分の首にあるペンダントを見る。
オルテカの木が刻まれた陶器のビーズ。
何の変哲もない首飾りに見える。
ボリスは言った。
「オルテカの木は、ヴァンパイアが休む場所です」
「いや、でも……そんなこと……」
だめなんじゃ……? と思っていると、ダーダリオンの言葉が脳内に再生された。
それはダーダリオンとはじめて会ったときだ。
「お前|た《・》|ち《・》を歓迎しよう」
――お前たちって、「たち」って……!!
つまり、ダーダリオンはボリスの存在を知っていたわけだ。あの争いを好まないワイバーンは知っていて、受け入れたのだ。
「も、もしかして、いま風で俺を助けたのって、ボリス……?」
ヴァンパイアは頷く。
俺は眉間を押さえた。
ダーダリオンは、俺を彼に託したわけだ。
俺が唸っていると、ボリスが口を開いた。
「礼儀作法として、いけないことをしたとは思っているのですが……どうしても、我慢できなくて。ワイバーンは危険な生き物だと聞きますし……」
「いや……うん。その……」
俺は次の言葉に悩む。
命を助けられているが、一方でダーダリオンに悪いことをしてしまった。
ダーダリオンから見たら、俺は別のお見合い相手を連れて見合いに来たことになっているのではないだろうか。
それはちょっと嫌だ。
俺が次の言葉を発する前に、ボリスの姿が消えた。
「え!? ボ、ボリス!?」
霧のように溶けて霧散した彼を探して周囲を見渡す。彼がついさきほどまで立っていた木陰。そこにはもうあの美しい男はいない。
しかし、すぐに俺の首飾りから声がした。
「ここです」
「え?」
「朝が……もう眠らなくては」
「あ……」
太陽はぎらぎらと光っている。
ヴァンパイアにとってはつらい時間なのだろう。
俺は首飾りを首から外して、まじまじと見る。やはり、それは何の変哲もないただの陶器だ。
しかしその陶器からまた声が聞こえる。
「もし、ご不快でしたら、叩き割ってください」
「……割ったら、ボリスはどうなるの?」
「………」
「叩き割ったり、するわけないだろ」
俺は慌てて言い添える。しかし、もう返事はなかった。もう眠ってしまったのかもしれない。
*
俺は落下の衝撃で散らばった荷物を拾い集める。
そして足に力を入れ、ゆっくりと歩き出す。地図を信じるなら、ゲンセンは森を抜けて、川を越えたところにあるはずだ。
俺はヴァンパイアを連れて、森を北へと進む。
森は針葉樹が中心だった。大自然で、人の手のはいらない森では虫と小動物が交互に現れる。
俺は虫が出ては悲鳴を上げ、蛇に睨まれては腰を抜かした。
せめて道にでなくては、と必死に足を進めるが、闇雲に森を進んでも道にたどり着く気配はない。
太陽の光と、森の起伏にとんだ地形は俺の体力を容赦なく奪っていく。
「まずいなぁ」
昼頃、俺はついに木の陰に座り込んだ。
体力も知識もない俺ははやくも一歩も動けないほど気力も体力も限界になっていた。
自分の無計画っぷりと恨みながら、俺は地図を眺める。
「人里に近いのは確かだから……」
俺は考える。
夜になって、ボリスに飛んでもらえば、人里まであっという間だろう。
「うーん」
しかし、ボリスに頼んでいいものだろうか。
あまりにも人に頼りっぱなしだ。
仮にも家出なのだから、多少なりとも自分で頑張るべきだ。
俺は首を振って、両頬を叩く。そして自分の中の甘い考えを戒める。
「これは俺の旅なんだから」
やれるだけのことをやろう。
そう思って立ち上がったとき、遠くの木の陰に人影があった。
「おーい、どうした? こんなところで」
その人物は俺に向かって手をあげた。
人影は背中に大きな荷物を持っていて、さらに後ろにも何人かいるようだった。
――人だ!
「た、助けてください! 迷子で!」
俺が言うと、人影は何事かを相談したあと、こちらに走ってきた。
「大丈夫か?」
「はい! よかったぁ、人に会えて……」
喜んだ一瞬あと、俺はその人物に耳としっぽがあることに気が付いた。
「え?」
俺がその耳を見て固まると、目の前の人物は首を傾げた。
「なんだ、獣人を見るのははじめてか? このあたりの人間じゃないな?」
「獣人……」
俺は獣人というのを初めて見た。
彼は犬のような耳と、狼のようなふさふさのしっぽをもっていた。
そのほかは人間と変わらない。
しかし、彼は犬のように鼻をすんすんと鳴らしだした。
「ん? お前。なんか、へんな匂いが……」
彼は俺の首筋に鼻を寄せる。
俺はヴァンパイアの存在がばれたのか、と思って首飾りをぎゅっと握って守る。
しかし、一通り匂いを嗅いだ後、彼が言ったのは予想外のことであった。
「ああ、これ、精霊の匂いだ。ああ、あんたがシャラスさんの息子だね?」
「へ?」
驚く俺をよそに、目の前の獣人は後ろにいる仲間たちに向かって大声を出した。
「おーい! みんな、精霊の息子さんだ!」
遠くで待っていた獣人たちがぞろぞろと寄って来る。
「精霊? あれ? ワイバーンで来るじゃなかったか?」
「やっぱりさっき見たのはワイバーンの陰だったんだな」
「いやあ、めでたいめでたい」
俺は「へ? へ?」と戸惑う。
年長者らしい獣人がひとり俺の方に進み出た。
「今日から族長の息子とお見合いですよね。村まで案内しますよ」
「ええええ!?」
次のお見合い相手は、獣人らしい。
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