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第20話

「元気がありませんね」  帰り道、モーテスは俺にそう声をかけた。  俺はモーテスが牽く車の中で横になって、ぼんやりと天井を見上げていた。  車の外から聞こえてきたその声に、俺は「んー」とつぶやいたあと、こう返した。 「フィーダーくんのこと、教えてよ。どんな子?」 「……いい子ですよ」 「真面目な子?」 「はい。いつも家族のために、あの時間に水汲みをしています」 「そっかぁ……」  俺はふう、と息を吐く。勝ち目がない、というやつだ。 「いい子だなぁ」 「はい」 「モーテスは、あの子のどこが好きなの?」  俺が訊くと、車がその場で停まってしまった。  俺が窓から顔を出すと、モーテスが真剣な顔をしてこちらを見ていた。 「におい、ですかね」 「におい」  俺は意外な返事にあっけにとられた。 「いい匂いなんだ?」 「はい……。あ、もちろん、ハルさんもいい匂いですよ」 「いや、別にそういう言葉がほしいわけでは……。他は? 性格とかさ」  俺がさらに問うと、モーテスは首を捻った。 「健気だと思います」 「けなげ? どういうこと?」  モーテスは「おそらくですが」と前置きしたあと、言葉を選ぶようにして言った。 「彼は友達がいません」 「え」  これもまた意外な言葉だ。真面目で、いい子で、でも友達がいない。どうにもそれがつながらない。 「なんで? なんで友達がいないのさ?」 「さあ……ご両親以外の人間といっしょにいるのを見たことがないので」 「へえ。ちょっと変わった子なんだ?」  俺はちょっと元気になる。俺だって変わった子だろうから、フィーダーくんもそうであればうれしい。  しかし、俺の期待は次のモーテスの言葉ではかなく消える。 「井戸のまわりは、あの時間帯は誰もいないんですよ。彼はそこで、人間の友達を作ろうと、話す練習をしています。……健気ですよ」 「う、うん……」  なんだか雲行きがあやしい。  なんというか、いじめとか村八分なんていう言葉が出て来そうな雰囲気だ。  俺は努めて明るい声を出す。 「でもさ、それって、モーテスが話しかけてやればいいじゃん。仲良くなれる機会だぜ?」  冗談交じりの言葉に、予想通り、うぶなモーテスは顔を赤く染めた。 「……そんなの……簡単には……」 「いやいや~やってみなきゃわかんないだろ~?」  モーテスは体こそ立派だが、心は思春期男子だ。  俺はにやにやと彼の百面相を楽しむ。  案の定、彼は首をぶんぶんと振って、それからにやけたり、赤くなったり、青くなったりを繰り返した。  そうしてしばらくしたあと、彼の顔色は青色で固定されて、ぽつりと言った。 「私が近づいたら、もっとフィーダーは人間と馴染めなくなりませんか?」  唸る。俺なんかよりずっと、モーテスの方が人間社会を理解している。  獣人が人間に追従しているからといって、彼らは人間ではない。人間ではないものははじき出したくなるのが、人間の性だろう。  俺は肩をおとした。 「そうかも……」 「ですよね」 「むずかしいねぇ、人間社会」  精霊の庇護のもとでのびのびとした18年を過ごした俺はそういうしかない。  フィーダーくんの苦しみも、俺の苦しみも、けっきょくは個人のもので、他の誰とも重ならない。  俺は窓から顔をひっこめる。  しかたない、と口の中でつぶやく。  そんな俺に、モーテスがまた声をかけた。  腹を割って話したからだろうか、心なしか口調が親し気になっている。 「あなたはもとは人間ですよね」 「もとも何も、人間以外のものになった覚えはねぇよ」 「では、聞きたいのですが」 「うん?」 「獣人の村は、人間から見て、どうですか」 「どうって?」  俺はまた窓から顔を出す。  モーテスは今までにないほど真剣な顔をして、それでいて、耳はへちゃりと倒れている。 「村は、人間にとって過ごしやすいですか」  俺はすぐにぴんと来た。  思春期のモーテスの考えなど、大人の俺には簡単に読み取れる。  俺はモーテスの考えていることを言い当てる。 「……フィーダーを連れてきたいのか?」  言い当てられた彼は分かりやすく動揺する。 「あ、いや……! そんな、それは……、ほら! 彼の意思もあるでしょうし……!」  俺はまた悪い大人の顔になって彼をからかう。 「なるほどね~。そのために村長を目指してるわけだ?」 「…………はい」  素直な彼に俺は息を吐いた。  幸せになってくれよ、と願いを込めて彼の欲しい言葉を返す。 「ちゃんと見たわけじゃないからわからないけど……生きていけないってことはないんじゃないか?」 「そうですか……!」 「お前の他の兄弟たちも、お前のその考えを知っているのか?」 「ええ。いえ、全員ではなく、その、ダットだけ」 「ダット。ああ……」  モーテスの五人兄弟のひとり。  獣の耳がきれいな茶色をしていた人物だ。  彼の睨みつけるような目を思い出す。  なぜかずっと俺を見張っているあの目。  俺は思い切ってモーテスに尋ねる。もうモーテスとは腹を割って話せる仲のはずだ。 「俺、なんかダットに嫌われてない?」  モーテスは俺の杞憂を笑いとばす。 「ダットは変わり者ですから」 「そうなの?」 「獣人といえば体を使うことは好きなのですが、頭を使うことは……しかし、ダットは頭がいい。なにか別のことを考えているんですよ、きっと」 「ふうん」  答えになっているような、なっていないような。  俺は適当に唸って、それから思考を放棄した。  ダットのことよりも、大切なことがある。 「まあ、いいや。モーテス。さっそくで悪いんだけどさ、今夜だけ泊めてくんない? 明日の朝、俺は帰るよ」 「え? あ、はい。すみません、こんなお見合いになってしまって……」  モーテスはぺこりと頭を下げる。  俺は鷹揚に手を振る。 「いいよいいよ。それより、明日もゲンセンに送ってくれないか? そこからなんとかして帰るからさ。あと、食料もわけてもらえると嬉しい」 「え? ワイバーンが迎えに来る手筈では?」 「まあ、ちょっと変わったんだよ。自分で船か馬車で帰るよ」 「……それなら、港から船が出ていますよ。ほんとうに大丈夫なんですか?」 「なんとかなるよ」  俺は胸を張った。何を隠そう、俺の中身はいい歳の大人なのだ。  船くらい乗れるはずだし、家にも帰れるはずだ。

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